第14話 邪刻紋の少女
馬車が屋敷の前に付けられると、一人の女性が両脇をメイドに体を支えられながら現れる。
見るからに病弱そうな顔つきをしている。そしてロキシーに良く似ており、とても美しい。
おそらく、彼女は、
「母上、出迎えは不要だといつも言っているではないですか!」
ああ、やっぱりロキシーの母親だ。
王都の屋敷でよく開かれた彼女との茶会で、大病を患っている母親がいると聞いていた。そんな女性がまさか出迎えてくれるとは、誰が予想できよう。
今にも血を吐きそうなくらい顔色が悪いし、いつ倒れてもおかしくない感じだ。
俺から見てもそう思うのだから、肉親であるロキシーの慌てようは相当なものがあった。
最後の肉親なのだから、当たり前の話か……。それにても、5大名家であるハート家の地位と財力を持ってしても治せない大病か……。
「お願いですから、無理をしないでください」
「大丈夫よ、ロキシー。今日はいつもより調子が良いの……あら!?」
母親の前でオロオロしているロキシー。そんな彼女を制して、俺を見据える。
その顔はまるで……とても面白い玩具をもらった子供のようだ。
「まあまあ、この方はどなたです?」
「彼は……フェイト・グラファイト。私が新しく雇った使用人です。母上に紹介したいと思い、連れてまいりました」
俺はロキシーの紹介に合わせて、頭を下げる。
「私は、アイシャ・ハート。この度は、よくいらしてくれました。歓迎しますよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね。さあ、中に入って」
アイシャの指示によって、控えていたメイドたちが俺を半ば強引に屋敷の中へ引き入れていく。おおっ、これって歓迎されているんだよな……。
すると、ロキシーだけが外に置いていかれる羽目に。
「ちょっと、母上! 彼は私の使用人ですよっ!」
俺が無理やり連れて行かれた先は、豪華な客間だった。そこの窓辺にある小さなテーブルの席に座らされる。そして、やっとメイドたちの拘束から開放された。
俺の前席に座るロキシーの母親。アイシャは、結構強引な人だと思う。
少し遅れて、ロキシーがやってきた。頬を膨らませているところを見るに、勝手なことをする母親に少々お怒りのようだ。
「母上!」
「まあ、ロキシーもきてくれたのですか。さあ、こちらに座って」
「もうっ」
そう言いながらも、ロキシーは素直に言われた席に座る。どうやら、帰省したらまずは茶会を開くのが、ハート家の恒例行事らしい。
ロキシーの茶会好きは、もしかしたら母親の影響かもしれない。
そう思って微笑んでいるとアイシャが、
「フェイトさんは、ロキシーのことが好きですか?」
えええっ!? 飲みかけたお茶を吹きかけるところだった。というか、ちょっと吹いてしまった。
開口一発がそんな質問だったので狼狽えまくっていると、ロキシーが顔を赤くしてカンカンに怒り出す。
「いきなり、なんてことを聞いているんですかっ」
「あら、まずかったかしら。私はただ、雇用主として好きかどうかを聞いただけですよ。もし嫌々働かされていたら、彼にとって幸せとはいえないでしょう?」
ああ、そういうことか……驚いた。違った意味だと思ってしまった。平民と聖騎士だ、身分が違いすぎる。たとえ、そう想っていても、叶うものではない。
アイシャはニッコリ笑いながら、再度聞いてくる。
俺の答えはあの時から決まっていた。
「ロキシー様をとてもお慕いしています。もし許されるなら、この命が尽きるまでお仕えしたいと思っています」
「まぁ!?」
俺がロキシーへ忠誠を示すと、アイシャは両手を上品に合わせて、喜んでくれる。
これは俺の偽りのない本音だ。自分で言うのもなんだが、俺は使用人の鑑だと思う。
その言葉にお茶を飲んでいたロキシーが、激しくむせ始める。そして、俺を見て顔をみるみる赤くさせて、
「しばらく、自室で休ませてもらいます。では」
逃げるように部屋から出ていってしまった。
なにか、マズいことをいってしまったのだろうか。不安になる俺にアイシャは嬉しそうにいう。
「どうやら、ここへ来るまでの旅の疲れが出てしまったのでしょう。王都での多忙な職務もあったことでしょうし。ゆっくりと休めば、いつものロキシーに戻りますから、安心して」
「……はい」
突然のロキシーの退場によって、取り残されてしまった俺。
しかし、アイシャは話上手な人で、領地内で新たなぶどうの品種改良に力を入れているとか、ロキシーの幼少時代についても教えてくれた。
「そんなことがあったんですか」
「そうなのよ。ロキシーは幼いころ、とても泣き虫だったの。こんな小さな虫を見てだけでも、泣いてしまうくらいなの。今では聖騎士をしているのが、信じられないほどよ」
その時に一瞬見せたアイシャの顔は悲しそうだった。大切な夫を失い、その重責が残された娘にかかっているのが心配で仕方ないのだろう。
だから、俺は胸を張っていう。
「ロキシー様は立派な聖騎士様です。王都でも多くの民から信頼されています。俺はハート家の当主として、ロキシー様はとてもよくやっていると思います」
「そう……安心したわ。……ありがとうね」
アイシャは少し涙ぐんでいた。やはり、前当主を亡くしたことが、ハート家にとって大きな傷となって、今だ癒えていないのかもしれない。少なくとも、俺にはそう感じられた。
しんみりとしてしまった茶会はそこでお開きとなる。アイシャは体調のこともあり、部屋の隅で控えていたメイドたちから、そろそろ休息の時間だと告げられたからだ。
俺はアイシャに茶会のお礼を言った後、やることもなかったのでハート家の領地を散策してみることにした。
一応、メイドの1人に領内を散歩してもいいのか確認を取ったら、迷子にならない程度にお願いねと言われてしまう。
俺は「そんな遠出はしませんよ」といって、黒剣グリードをメイドに預けて屋敷を出た。
いやぁ……それにしても、広大なぶどう畑だ。鼻孔をくすぐる甘い香りがなんとも言えない。
青い空に、緑が敷き詰められた大地は素晴らしいコントラストだ。
気持ちよく歩いていると、ぶどうをせっせと収穫している人たちが見えてきた。とても忙しそうだ。
そういえば明日、ロキシーと一緒に、領民たちとぶどうの収穫をする予定だった。俺はぶどうを収穫したことがないので、要領がわからない。ぶっつけ本番でやって失敗したり手際が悪かったら、ロキシーの使用人として主様に恥をかかせてしまう。
ここは一つ、予行演習をしておくべきだろう。俺は意を決して、ぶどう狩りをしている人々に声をかける。
「こんにちは、ハート家で新たに使用人をすることになったフェイト・グラファイトといいます。よかったら、ぶどうの収穫方法を教えてもらえませんか?」
しばらくの沈黙が続く。
もしかして、ダメだったか……やっちまったか、俺。
と思ったが、
「おおおっ、手伝ってくれるのかい!? それは助かる。さすがはハート家の使用人だ」
おじさんやおばさんたちが手を止めて、集まってきた。そして、ぶどうの摘み方や、収穫したぶどうをどこに運ぶのかを丁寧に教えてくれる。
やっぱりハート家の領民たちだけあって、気のいい人たちばかりだ。
……なんて初めは思っていたが気付けば、俺は夕暮れまで馬車馬のように働いてしまった。
みんな働き者すぎるから、途中で抜けるに抜けられなかったのだ。
畑の隅で一息ついていると、おじさんたちがやってきて、搾りたてのぶどうジュースを振る舞ってくれる。
「助かったぞ。ほら、これを飲めば疲れが取れるぞ」
「ありがとうございます」
しばらく農作業後の会話をして、俺はハート家の屋敷に帰ることにした。
夕暮れを背にして進んでいると、見慣れない少女が向かいから歩いてくる。
長く白い髪、褐色の肌。見るからにこの国にはいない人種だ。しかも子供では持てなさそうな大きな斧を背負っている。
そして、気になったのは体中に施された白い入れ墨だ。何かの儀式的なものだろうか。
すると、視線に気がついた彼女は無表情のまま、俺の横で立ち止まった。
「ねぇ、あなた」
子供っぽい可愛らしい声だ。そして、俺に向けられた彼女の目は忌避するくらい赤い。
この目は見たことがある。これは……まさか。俺は確かめるために《鑑定》スキルを発動。
ん? おかしい、何も見えない。
「ねぇ、聞いている?」
彼女は俺の思考を遮るように続ける。おとなしそうな見た目に反して、我が強いみたいだ。
「俺になにか?」
「…………いいえ、なんでもない。まだ早かったみたい」
「なにが?」
俺がなにを聞いても、すべて無視された。ひたすら一方的な会話だ。
「私、コボルトを追って狩りに来たけど、あなたにあげる。貸し一つ」
「だから、なにが?」
「そのうち、また」
それだけで話は終わったとばかりに、少女は立ち去っていく。
一体……何者なんだ。それにあの赤眼は……俺の暴食スキルが暴走して、飢餓状態になった時と瓜二つだ。
途端に心臓の鼓動が速くなっていく。やっぱり……あの少女は俺と同族なのか?
夕日の中へ消え行く彼女を見ていると、後ろから声をかけられる。
ハッとして振り向くと、ロキシーだった。
「探しましたよ。どうしたのですか、怖い顔をしています」
「えっ、そうですか。ハハッハハッ」
笑いながら気持ちを切り替える。帰ったら、グリードに相談してみればいい。
これはロキシーに関係ない俺の問題……彼女だけには知られたくなかった。
ロキシーは首を傾げながら、俺が見ていた先にいる少女をみて驚く。
「なぜ、ガリア人がこんなところに」
「ガリア人? あれが……」
今は魔物が跳梁跋扈しているガリア大陸。
だが、大昔は巨大な軍事力を持った大国があったという。栄華を誇っていた大国に住まうガリア人は、何かがきっかけで発生した魔物の大繁殖によって、そのほとんどが死んでしまったそうだ。
生き残った僅かなガリア人たちも多民族との交配が進み、あれほどの純血のガリア人に近い姿をしている者は、もういないという。
「あれほど、ガリア人の特徴を残した人を初めてみました。フェイの知り合いですか?」
「いいえ、ちょっと声をかけられただけです」
「そうですか……」
しばらく、2人でガリア人の少女を見ていた。そして、彼女が見えなくなると、ロキシーが「不思議なこともありますね」と言って笑った。
「フェイは、何をしていたんですか?」
「ぶどうの摘み方とかを教えてもらっていました。そしたら、最後まで手伝う羽目に……なってしまいました」
「ふふふっ、そうですか。明日もあるんですから、無理はしないでくださいね。さあ、帰りましょう」
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