第13話 月夜に潜む骸

 あれから数日が経った。俺は相変わらず、昼間はハート家の使用人。夜は暴食スキルに魂を摂取させるためのゴブリン狩りという二重生活をしている。


 それと、気になるのはラーファルたちの動向だ。あれから何度もあいつらを目撃した高級店に張り込んだ。しかし、それっきり店に姿を現わすことはなかった。


 もしかしたら、集まる場所を絶えず変えているのかもしれない。何を企んでいるのか、わからないままにただ時間だけが過ぎていっている。


 この件をロキシーに知らせてもいいが、奴らが何か悪巧みをしているだけでは、情報として価値はない。彼女だって、ラーファルたちが良からぬことを考えているくらい承知の上だ。重要なのは中身だ。


 情報がないまま考えても答えはでない。知りたいなら、もう関係者から直接聞いたほうが手っ取り早い。

 俺はこの数日でそういう結論に達していた。


 ちょうど俺が暴れているゴブリン草原やホブゴブリン森にブレリック家の次男がはぐれ魔物の調査に乗り出すという。


 だから、俺はフード付きの黒外套を着て、髑髏マスクを付け、王都の武人たちが恐れ始めているはぐれ魔物になりきることにした。


 夜に狩りをする武人のパーティーにほんの僅かだけ姿をわざと見せ続けている。

 そして集まった目撃情報から、俺のことをリッチーという凶悪な魔物ではないかと推測されるようになった。


 その魔物は黒いフード付きのボロ布を着込んで、体には肉がついていないという。まさに、俺が変装している姿に合致する部分があった。



 今日も夜空には雲一つなく、絶好のナイトハンティング日和だ。腕に覚えがある命知らずの武人たちがゴブリン草原やホブゴブリン森へと繰り出している。


 そんな中、リッチーになりきった俺は縦横無尽に月夜のゴブリン草原を駆ける。

 ゴブリンを見つけては首を落とし、武人を見つけてはわざと姿をちらりと見せる。


 それを繰り返しているうちに、段々と武人たちの間で俺の存在を問題視する声が大きくなっていくことだろう。


 俺が10匹のゴブリンを斬り殺して、一息ついていると、草むらから悲鳴が上がる。


「リッチーだぁぁ! ムクロが出たっ、みんな逃げろ!」


 厳つい顔をした武人の男が、髑髏マスクを付けた俺を見ると、顔を青くして逃げていく。


 最近、俺は通称ムクロと呼ばれるようになった。何故かと言うと、ゴブリンたちの死体(骸)の山の上で佇んでいるのをよく目撃されるという理由からだ。


 武人の中では、ゴブリン好きのリッチーさん――ムクロは、そのうち人を襲いだすと口々に言われている。なぜなら、本来の魔物は人間が大の好物だからだ。


 変わった魔物だが、あれは絶対に人を狙い出す……行きつけの酒場でも、隣りに座った武人たちがそう言って不安そうな顔をして、やけ酒を煽っていた。


 酒場の店主も、今はムクロが出現する時間帯が深夜に限定されているので、まだ物流に目立った影響は出ていないという。


 だが、噂が王都の外に出てしまえば、話は違ってくるかもしれないと困っていた。物流が滞れば、仕入れ値が上昇して、酒場の経営を圧迫しかねない。


 俺は店主に心のなかで謝りつつも、聖騎士様の登場を待っていた。


 しかし次の日、もう少しのところで、どうしても避けられない用事ができてしまう。

 ロキシーからあらかじめ誘われていた、ハート家の領地への同行だ。

 折角、後ひと押しでブレリック家の次男ハドを引っ張り出せそうだったのに……非常に残念だ。


 ★ ☆ ★ ☆


「浮かない顔をしていますね。フェイは領地へいくのが嫌でしたか……」


 馬車の中、口を尖らせたロキシーが俺を見つめてくる。この中には俺と彼女しかいない。

 なのに俺は他のことを考えてしまっていた。ブレリック家のバドをおびき出す作戦が続行できなかった件だ。


 いけない、いけない。これでは楽しいロキシーの帰省が台無しだ。


「そんなことはないです。すごく楽しみにしていました!」

「本当ですかぁ?」


 すごく疑う目で見られてしまう。そんなにさっきはつまらなそうな顔をしていたのだろうか。


「本当ですって! 今はぶどうの収穫時期なんですよね。一緒にぶどう摘みをするのが楽しみでしかたないです!」

「まあ、憶えてくれていたのですね」

「当たり前ですって」


 彼女は毎年、この時期に領地への帰った時には、領民たちと一緒にぶどうの収穫をしているのだ。ロキシーとしては、領民たちと交流できる数少ないイベントらしい。馬車に乗ったときから、ルンルン気分なのでそれをとても大切にしているのが見て取れる。


 ロキシーの領地は王都より、北に進んだ山間にある。今は秋だけど、冬の季節になったら、一面が雪景色に変わってそれなりに厳しいところみたいだ。


 しかし、領民たちと一丸となって、何世代にも渡って土壌改良を繰り返した結果、豊かな土地になった。今では厳しい冬にむけて、農作物を収穫して備蓄するだけにとどまらず、王都へ大量出荷するまでになっている。


 ワイン以外にも、いろいろな農作物で王都に貢献できることが、ハート家の自慢だという。


「ロキシー様から聞いただけで、素晴らしいところだとわかります。食べ物が美味しそう!」

「フフフッ、フェイはすぐに食べ物の話ですね。たしかに、豊かになったのはいいのですが……その農作物を狙って、この時期に魔物がやってくるようになったのです。私はそれを討伐するためもあって、領地に帰っているんです」

「魔物ですか……本当にどこにでも湧いてきますね」


 俺が眉を曲げてそういうと、ロキシーは口元に手を当てて、笑う。


「困ったものです。ですがこの時期、追い払ってしまえば来年までやってきません。一応、私も聖騎士ですから、それくらい造作もないですよ」

「流石ですね。あの……その魔物って何ですか?」

「コボルトです」


 コボルト……たしか、二足歩行する犬みたいな感じの魔物だ。体格は俺よりも大きかったはず。


 ゴブリンよりも格上の魔物で、武人でもかなりの実力者でないと討伐は無理だと聞く。


 そして、群れ意識が強くて仲間が攻撃されると、遠吠えをして次々と援軍を呼ぶ。さらに鼻がよくきくので、茂みなどに身を隠しても、すぐに見つかってしまう。あと、執念深い性格だとか。


 戦う相手としては、結構厄介な魔物だ。


 そんなことを考えていると、腹の虫がなってしまう。


 ぐぅぅぅ……。


「フェイ、どうしたんですか。お腹が空いてしまったんですか? さきほど食べたばかりなのに」


 ロキシーの前で腹を鳴らすとは……恥ずかしい。なんという、失態。

 これはきっと暴食スキルが求めているんだ。なんせ、ずっとゴブリンばかり喰わせていたから。


 そろそろ、違う魂を喰わせろと俺を促しているのだろう。


 俺は苦笑いで誤魔化しながら、


「すみません。あんなに食べたのに……またお腹が減ってしまいました」

「フェイはよく食べますね。いいことだと思いますよ。もうすぐ、領地に着きますから、もう少しの我慢です」


 そう言って、俺とロキシーは馬車の窓から、外を眺める。

 山の向こうまで広がるぶどう畑だ。どの木も紫の実がたわわに実っている。


 そして、すこし馬車が進むと、大きな屋敷が見えてきた。それは、王都にあるハート家の屋敷に引けを取らない大きさだった。

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