第12話 酒場の噂話

 服を着替えて自室から出ると、俺は使用人仲間に体調が良くなったので、外出してくると伝えた。


 そしたら、ロキシー様には内緒にしておくから、しっかりと気晴らしをしてこいと言ってくれる。ハート家の使用人たちはいい人ばかりだ。


 そして、聖騎士区から商業区へ。まだ、正午過ぎなのですぐには酒場に行かずに、時間つぶしをすることにした。


 といっても、手持ちのお金は銀貨1枚と銅貨20枚。まだ、ハート家の仕事でのお給料日は来ていないので、高額な買い物はできない。


 酒場で使うお金を引くとさらに少なくなるので、俺は前回、黒剣グリードを買った蚤の市へとやってくる。


 あのときは、傲慢な露店の店主に、薄汚い服を着ていたのでまともな客として扱われなかった。

 しかし、今はハート家の使用人として、それなりの身なりをしている。そういった奴の店に入っても、あの時みたいに馬鹿にはされないだろう。


 俺は露店を覗いては、次へと渡り歩きながら、掘り出し物はないかと探していく。こんなときは、鑑定スキルが非常によく使える。品物の目利きの知識がなくても、価値を見抜けてしまうからだ。


 これをうまく使えば、良い品を安く購入して、転売とかできそうな気がする。まあ、俺には転売する先――顧客がないので、うまくはいかないか。


 それは置いても、いろいろな物がある。試しに雅な大皿を手にとって《鑑定》してみる。


「おお、これはすごい。割れた皿を綺麗に修復しているのか。これなら、わからないぞ、見事なものだ。他の皿もそうみたいだな」


 ちょうど、俺の横で店主が客と交渉中だったらしく、ものすごく険しい顔で睨まれてしまう。


 さらに、客も俺の声を聞いたみたいで怒って、買おうとしていた皿を店主へ突き返した。そして、騙された、騙してないの大喧嘩を始めてしまう。


 なんか……まずい空気。俺は巻き込まれる前にその露店から退避する。


「やあ、危なかったな」

『今度からは気をつけろ。鑑定スキルを持つ者は商売人に嫌われやすいからな』


 グリードが俺の軽率な行動を注意する。


「嘘で人を騙して商売する奴が悪いけどな」

『まあ、正論だけでは食っていけないからな。嘘も方便ってものさ』


 懐の寂しい商人が集まる蚤の市では、それくらいは当たり前なのだろう。

 気を取り直して、露店巡りを再開していると、面白いものを見つけた。


 帽子や兜に並んで、それは棚に置いてある。見た目はかなり怖いけど、惹かれるものがあった。

 俺は手にとって《鑑定》してみる。


・髑髏マスク 耐久:20

 装備した対象の認識を阻害して、他の者からは別人に見える。


 これは使えるかも!

 すると、グリードも頷く。


『良いものを見つけたな。これは大昔、仮面舞踏会用に作られた魔道具だな。骨董品だが、魔力を込めれば機能しそうだ』


 値段は銅貨40枚ほどと高くはない。俺はこの髑髏マスクを買うと決めた。

 これが必要な理由は、夜間の魔物狩りだ。ほぼ毎日行くことになるだろう狩りに素顔で行っていると、そのうち武人たちの間で噂になるに違いない。


 素性を隠して狩りをしたい俺には、髑髏マスクが持つ認識阻害は非常に役に立つ。


 年老いた露店の店主へ、銅貨40枚を渡して購入する。

 俺はボロ布に包んで懐にしまった。


 いい買い物ができた。王都だけあって、こんな蚤の市でも希少な物が流れてくるみたいだ。


 これからも、定期的に顔を出して掘り出し物を探してみるのも良いかもしれない。さて、そろそろ酒場にいこう。ここにいたら、また欲しいものを見つけて無駄遣いしてしまうかもしれない。



 行きつけの酒場へ入ると、むさ苦しい男どもで店はごった返していた。

 おいおい、こんな日中から酒を飲むとはどういうことだ。

 いつもなら、この時間帯はガラガラのはず。


 不思議なこともあるものだ。俺は指定席となっているカウンター隅へ。

 おお、何故かここだけが空いていた。そして、カウンターの上には一輪の花がコップに挿してある。

 なんだこれは? と思いつつ座ろうと、


「ちょっと、そこはダメだ。死んだ常連さんの……」


 そう言いながら、カウンター席に駆け寄って来た店主が俺の顔を見て、息を飲む。


「生きていたのか!? てっきり死んだものと」


 ああ……やっぱり、一週間ほど全く顔を出さないから、店主は俺を過労死したものと思い込んでいたようだ。

 なるほど、この花は俺への手向けだったのか。


「この通り、生きていますよ。なら、ここに座ってもいい?」

「もちろん、さあ座ってくれ」


 俺は一輪の花をいけたコップをどけて、席に座る。


「マスター、上等なワインとうまい飯を」

「おいおい、どうした? いなくなったと思ったら、急に景気が良くなって帰ってきたな」

「転職したんです。ここへ顔を出せなかったのは、いろいろ覚えることが大変で」

「そうか、よかったな……本当に」


 ちょっと涙ぐんだ店主は料理を取りに、厨房へ消えていく。

 しばらくして、なみなみとグラスにつがれたワインと、大きな魚のムニエルを持ってきた。


「ほら、転職祝だ。今日は通常の半値で食わしてやる」

「いいんですか!?」

「いいさ。長い付き合いだ」


 そんなにも俺のことを思ってくれていたとは知らなかった。ここに来てよかった。

 俺は出された魚をつつきながら、この酒場の繁盛っぷりを聞いてみる。


「それにしても、今日はどうしたんですか?」

「ああ、彼らはみんな武人なんだよ」


 へぇ、今日は狩りが休みなのかな。

 武人は普通の仕事と違って、魔物に合わせた変則なものだ。雨の日は魔物が隠れてしまうので休みとか、繁殖期で気性が荒くなっているので様子をみようとかだ。


 しかし、今回は違ったようだ。店主が理由を教えてくれる。


「なんでも、今日の早朝にゴブリン狩りへいくと、至る所にゴブリンの死体が散乱していたという。しかも、両耳を切り落とさずに放置されていたんだとさ。それを頂いて、大儲けしたらしい。おかしなこともあるもんだな」

「……ハッハハハ……そうですね……」


 原因は俺だ!! 飲みかけていたワインを危うく吹くところだった。

 まあ、悪いことをしているわけではない。と思ったが、店主の顔は冴えない。


「でもな……」

「どうしたんですか?」

「それに合わせて、じゃあ何がゴブリンたちを倒したのか、問題になっているんだ。おそらく他の地域から流れてきたはぐれ魔物がやったって線が有力らしい」

「はぐれ魔物!?」


 あそこで騒いでいる武人たちから、店主が聞いたという。

 俺がやったことが問題になっている! 俺がはぐれ魔物だって!


「ああ、10年に一度くらいあるんだよ。だからな、この件で聖騎士様が直々に動くらしい。そうなってくれると儂たちは安心できる」


 得体の知れない魔物が、王都への通り道に現れるとなれば、行商人たちも死にたくないので、控えるようになる。

 結果、王都への物流に影響が出てしまい、物価が上がり酒場の経営が苦しくなるそうだ。


 俺のせいか……でもやめるわけには……。それにしても、聖騎士様のご登場か。


「その聖騎士様って誰が担当するんですか?」

「ああ、君の嫌いなブレリック家の次男ハド様らしい。あのお方はガリアでの戦闘経験がまだないから、こういった楽な調査で点数稼ぎだろう」


 その名前を聞いて、俺は魚の中心をフォークで突き刺した。

 まさか、名家の聖騎士様がこんなことに顔を出してくれるとは、飛んで火に入るなんとやら。


 高まる感情を押さえ込むため、ワインを一気に飲み干す。

 すると、店主が今度は違う話を振ってくる。


「それとは別にな。おかしな話があるんだよ」

「どんな話ですか?」

「君が住んでいたスラムに孤児院があるだろ。そこでだな、日も明けぬうちにシスターたちが神への祈りを捧げていたんだ。すると、割れた窓から血塗られた小袋が投げ込まれたんだとよ。足元にそれが落ちてシスターは失神。なんてひどい悪戯をするんだと、他のシスターたちがそいつを追いかけたそうだ。結局は逃げられたんだとよ」


 店主は腹を抱えて笑う。

 それって、まさか……。動揺する俺を気にせずに、店主は続ける。


「これにはまだ続きあるんだ。なんてものをって怒り心頭なシスターたちは、その袋を捨てようとして、何かが書かれていることに気がついたんだ。寄付しますって書かれていたらしい。だから、恐る恐る中を開けると、なんとゴブリン・キングの両耳が入っていたんだとよ。すると、今度は一転、シスターたちは泣いて喜んだそうだ。今は寄付してくれた人を懸命に探しているってさ」


 ……これも、間違いなく俺だった。まあ、バレなければ大丈夫だろう。

 それに今の俺には、髑髏マスクがある。なんとかなるさ。


「面白い話だったよ。マスター、ワインをおかわり!」

「あいよ! また面白い話を仕入れたら教えてやるよ」


 俺は平静を装いながら、ワインを飲み、飯を食う。やっぱり、この店の料理はうまい!

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