第11話 一時の休息

 優美な曲線を描く黒き大弓。だが、見た目以上に手に持った感じだと、それほど重さを感じない。

 グリードはこの形状を魔弓と言っていた。


「なあ、これって矢がないけど、別途購入しないといけないのか?」

『必要ない。これは魔弓だ。魔力で矢を形作って使う。試しに撃ってみろ。おあつらいむきに、左の木々から1匹、こちらを狙っているぞ』


 そういうことは早く言ってほしい。左に振り向くと、鼻がひん曲がりそうなほどの臭い矢が俺の顔を掠めていった。もし、頭を動かしていかなかったら、糞矢が顔に刺さっていただろう。


 こんな臭い立つ攻撃をしてくるのは、奴しかいない。ホブゴブリン・アーチャー、王都の武人には糞アーチャーと呼ばれている厄介な魔物だ。


 おそらく俺とゴブリン・キングとの戦いによって、ホブゴブリン・アーチャーを呼び起こしてしまったのだろう。


 一定の距離を保って攻撃してくるので、接近戦用の武器は相性が悪い敵。ステータスも弱体化しているのでなおさらだ。

 そこで、今回手に入れたグリードの力(黒弓)の出番だ。


 またもや、飛んでくる糞矢から逃げながら、ゴブリン・キングの死体を盾にして身を隠す。


「暗がりで、ホブゴブリン・アーチャーの正確な位置がわからない」

『問題ない。およその位置さえわかれば、魔矢は追尾して命中する。初心者でも安心仕様だ。適当に放てば、勝手に当たる』


 それなら、弓を使ったことのない俺でもできそうだ。確か……糞矢はあの木々の間から飛んできた。なら、あの奥にホブゴブリン・アーチャーが潜んでいるはず。


 俺はゴブリン・キングの死体越しに、黒弓を引く。すると、引かれた弦に充てるように黒き矢が生成されていく。これがグリードが言っていた魔力の矢か。


 そして、狙いを澄まさずに、いい加減に放つ。


 黒矢は自身で軌道修正を繰り返しながら、ホブゴブリン・アーチャーがいると思われる木々の奥へと消えていく。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに体力+170、筋力+230、魔力+110、精神+110、敏捷+350が加算されます》

《スキルに暗視が追加されます》


 無機質な声が頭の中で聞こえてきた。あっけなくホブゴブリン・アーチャーを倒せたみたいだ。

 それにしても、この黒弓はかなり使える。矢を撃ち落とされない限り、百発百中なのだ。


 魔物によっては、魔法を使って遠距離攻撃をしてくるものもいるという。黒剣だけでは、近づくまでに蜂の巣にされてしまうので、黒弓のような遠距離攻撃ができる武器はありがたい。


 俺はソロで狩りをする以上、一人でなんでもこなせないと生き残れないからだ。手札が多ければ、多いほどよいだろう。


 そしてホブゴブリン・アーチャーから《暗視》スキルを得た俺は、暗がりでも昼間のように歩けるようになった。さて、目的は達したので帰るかな。


 ふと、ゴブリン・キングの死体を見ていいことを思いついた。俺はこいつの両耳を切り落とす。


 ゴブリン・キングはこの森に数匹しかいないレア魔物。王都の引き換え施設に持っていけば、討伐賞金としてかなりのお金がもらえる。


 もし、これを俺が持っていけば、いろいろとまずいことになってしまう。だけど、他の誰かに素性を隠して譲渡すれば……例えば、孤児院に寄付をしたとなれば、足がつくことはないだろう。


 俺がハート家に住み込む前に暮らしていたスラムでは、貧乏な孤児院がある。

 そこの割れた窓にでも、寄付と書いた袋にゴブリン・キングの両耳を入れて、投げ込めばいいだろう。飢えに苦しんだ俺からのささやかなプレゼントだ。


 これで孤児院の子供たちにお腹いっぱいのご飯を食べてもらいたい。


 さて、夜が明ける前にすべてを終わらせないと。

 俺は静かにそっと。ホブゴブリン森からゴブリン草原、そして王都セイファートへ歩みを進める。


 ☆ ★ ☆ ★


 朝がやってきた。俺はハート家の屋敷にこっそり帰宅して、自室のベッドの上にいる。……とても眠たい。

 結局、あれから徹夜になってしまった。


 孤児院にゴブリン・キングの両耳を投げ込もうとしたら、シスターに見つかりそうになって大変だった。なんとか誤魔化して逃げた足で、商業区にある例の高級店の様子をうかがったりした。


 ラーファルたちは既に店から出ていったようで、窓のカーテンは開けられていた。たくさんの聖騎士たちと何を話し合っていたのか、気になる。


 だから、また同じ時間に張り込もうと決めている。


 そのためにもしっかりと睡眠をとらないといけない。今日はロキシーから、休みを頂いているので、このまま寝てしまおう。


 飢餓状態からゴブリン狩り、その他いろいろしていた俺はもうクタクタだった。

 目を瞑ると、吸い込まれるように睡魔が襲ってきた。




 トントン、トントン。

 誰かが……ドアをノックする音がする。


 その音で目を覚ました俺は、部屋に入ってきた人物を見て驚いた。彼女が俺の部屋にやってきたのは初めてだった。


「失礼します、体の調子はどうですか?」


 ロキシーだ。時計を見ると正午過ぎ。かなりの時間、寝ていたようだ。


 彼女は白い軽甲冑を着ているので、お城での仕事の合間を縫って様子を見に来てくれたのだろう。わざわざ使用人のために、そこまでしてくれるとは……優しい人だ。


 よく寝たので、溜まっていた疲れはすっかり取れている。


「はい、元気になりました」

「それはよかったです。でも、無理は禁物です。果物を持ってきたんですよ、どうですか?」


 さっきからずっと手に下げていたバスケットから、お皿に入ったぶどうを取り出してみせる。大ぶりの紫色の実がたわわに実っている。


「これはハート家の領地で取れたぶどうなんですよ。今朝、屋敷に届けられました」

「良いぶどうですね。ロキシー様の領地では、ぶどう作りが盛んなんですか?」


 ぶどうが有名なのは使用人たちから聞いていた。しかし、ロキシーの聞いてほしそうな顔を見るに、ここは主様を立てて知らない振りをしておくべきだろう。


「そうなんですよ。だから、ワイン造りも盛んなんです。屋敷で食事のときに出されているワインは領地で造ったものです。とても綺麗なところなんですよ。そうだ、近いうち領地に戻る予定があるので、一緒に行きましょう」

「いいんですか!?」


 こんな美味そうなぶどうが育つところだ。きっと素晴らしい領地なんだろう。

 ぜひ、行ってみたい。それに俺の主であるロキシーからの誘いなら、行かないわけがない。


 ベッドに2人で腰掛けて暫くの間、ぶどうを摘んでいると、またもやドアがノックされる。しかし中には入らず、ドア越しに声だけ聞こえてくる。


「ロキシー様、そろそろ職務にお戻りになる時間です」


 この声は使用人仲間で一番偉い――上長さんだ。妙齢の彼女はロキシーの秘書も兼ねている。普段は優しい人なのだが、時間にとても厳しいので、俺はよく叱られていたりする。


 それを聞いたロキシーは慌てて、口元を取り出したハンカチで拭く。


「ああ、もう行かないと。残ったぶどうはフェイが好きなだけ、食べてくださいね。では、お仕事に行ってきます!」


 ロキシーは胸元で小さく手を振ると、部屋を出ていってしまった。

 彼女は父親から家督をついでからというもの、目の回るような忙しさだ。


 これは上長さんから聞いた話だが。


 王都の五大名家の中で、最年少当主はロキシーだという。

 だから聖騎士としての熟練度――レベルもまわりに比べて低い、そのためいろいろと苦労が耐えないそうだ。


 これは上流階級としての苦労なのだろうが……なんの権力もない平民の俺には、住む世界が違いすぎる。できることといえば、ロキシーとああやってお喋りをして、少しでも気を紛らわしてもらうだけだ。


 もし、俺が偉くなれたら……。いや、無理な話だ。


 やるせない気持ちを発散するために、俺は久々に行きつけの酒場に行くことにした。


 ずっと顔を見せなかったから、店のマスターは俺が門番の仕事(ブレリック家による執拗ないびりと過酷な労働時間)で死んでしまったのではないかと思っているかもしれない。


 生存報告だけでもしておくべきだろう。

 そして、今日は休みだ。ロキシーに叱られるかもしれないが、パーッとお酒を飲んでやる!

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