第10話 第一位階

 いい寝顔だ。そして、さようなら。

 ホブゴブリンをまた1匹、黒剣グリードで斬り伏せる。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに体力+440、筋力+220、魔力+110、精神+110、敏捷+110が加算されます》


 これで45匹目。おおおっ!?

 すると、体中が満たされていく。あれだけ、喰いたくて喰いたくて仕方なかった衝動が、潮が引くようにすうっと消え失せる。


 やっと飢餓状態から開放されたのだ。ホッと一息つきながら薄暗い森の中、近くの大木へ寄りかかる。


『フェイト。休むならば、この木の上に登っておけ。稀に夜中に起きて歩き回るホブゴブリンがいるかもしれん。飢餓状態での身体能力ブースト効果が切れている。臭いによる魔物探知も、夜目が利く赤眼もないからな』

「そうだな、よっと!」


 グリードの言うとおりに、寄りかかっていた木によじ登る。そして、大きな枝に腰掛けた。


「ここへ身を潜めておけば、大丈夫そうだな。それにしても、飢餓が収まるまで、かなりの魔物を倒さないといけないんだな」

『そういうことだ。飢餓状態は、場合によっては頭がおかしくなって誰かれ構わず、襲ってしまうほどだ。そう簡単には解除できないぞ。それが嫌なら、定期的に魔物を狩って、暴食スキルに魂を喰わせることだ』

「ああ、そうするよ。こんな飢えるなんて、二度とゴメンだ」


 俺はしばし太枝の上に寝転んで、休憩を始める。

 所々に枝葉の間から、月明かりが差し込む森。湿って、少しだけひんやりとした感じが、動き回って疲れた俺にとっては心地が良い。


 下の地面を眺めていると、たまにホブゴブリンが通り過ぎていく。夜行性でないといえど、見回りか何かで、夜中も活発に動いている個体もいるようだ。

 グリードの助言に従っていてよかった。


 そして、休憩も終わって下に降りようとした時、地面を僅かに震わせながら何か、大きな者が近づいてくる。


 足音が大きくなるに連れて姿を現したのは、大きなゴブリンだった。俺の身長の2倍以上はある。肌の色はおそらく青緑色だろう。

 手にはこの森の大木から削り出したと思われる不格好な棍棒を握っている。


「!?」


 その棍棒が月明かりに照らされた時、思わず顔が引きつった。

 べっとりと、血肉がこびりついているのだ。


 さらに反対側の手に握られているものを見て、気持ち悪くなってしまう。

 おそらく、あの棍棒で何度も叩かれたのだろう。原型をとどめていないが、あれは人間だったものだ。


 普通の人間がこんな深夜にホブゴブリン森を訪れることはない。だから、引きずられている死体は、ここへ来る前に商業区の外門で会った熟練武人の誰かだろう。あんなに偉そうだったのに死んでるじゃないかっ!


 それにしても、夜間の危険な狩りに慣れているはずの熟練武人が、あんな有様になっているのだから、あの大きなゴブリンは相当な手練ということだ。

 俺がいる木の下を通り過ぎていく。


 気になる大きなゴブリンを《鑑定》スキルで強さを調べる。


・ゴブリン・キング Lv30

 体力:21000

 筋力:24000

 魔力:5230

 精神:4560

 敏捷:11200

 スキル:自動回復


 ゴブリン・キング!? あれがそうなのか……。


 ハート家の使用人仲間が言っていた。ゴブリン・キングはここら一帯のゴブリンたちのボスみたいな存在で、めちゃくちゃ強いという。

 

 森に数匹しかいないため、エンカウント率はとても低いが、出会ってしまえば死を覚悟しないといけない。聖騎士なら簡単に倒せる魔物。


 しかし、平凡な武人は一撃で即死だとか……。


 確かにステータスなんか、ホブゴブリンと比べたら、桁が違う。

 スキルも有用そうだ。自動回復を《鑑定》してみる。


自動回復:一定時間ごとに傷が治っていく。致命的な傷は治らない。


 おおおおっ、良いスキルだ。これがあれば、多少怪我をしても戦い続けられる。

 欲しいっ!


 今の俺のステータスならやって殺れないことはない。どうするか、悩んでいては、あのゴブリン・キングは森の奥底へ行ってしまう。


 とても数の少ないレアな魔物だ。もっと強くなってから、挑もうと思っても見つからないのでは本末転倒だ。


 よしっ、決めた。

 俺は大木から静かに降りると、ゴブリン・キングの後を追いかける。

 この森の王者だけはある。悠然たる歩みで進んでいく様は圧巻だった。


 ゴブリン・キングが行く先にはホブゴブリンが全く居ない。足音を察知して、逃げ出しているのだろう。


 我が物顔で歩く奴が辿り着いた先は、森をまんまると刳り抜いたかのような小さな花畑だった。中央に一本だけ枯れた大木がある。

 それに寄り掛かるように座って、手に持っていた棍棒を地面に置く。


 クチャクチャ……。嫌な咀嚼音。木々に潜む俺の方まで聞こえてくる。


 ゴブリン・キングは倒した武人を食べているのだ。それも美味そうに。

 時折、ボリボリと骨を噛み砕く音も耳に届く。


 うぇ……と吐き気を催していると、グリードが言う。


『何を当たり前のことをビビっているんだ』

「……だってさ」

『お前は魔物に殺された者がどうなるか、わかっているだろう。ああやって、美味しくいただかれるんだ。魔物にとって人間はご馳走らしいからな。特に人間の子供が……』

「わかった、もういい。知っていたさ。だけど、初めて見たんだ」


 魔物は人を食べる。それはわかっていた。だけど、頭で空想して理解するのと、実際に目にして理解するとでは全く違う。

 あんな生々しい食事を見せつけられると、思ったよりもショックが大きかった。


 しばし心を落ち着けて、再度ゴブリン・キングを見据える。もう、大丈夫。

 未だに食事に夢中のようだ。


 挑むなら、死角である後ろからいくのが定石だろう。

 開けた場所にある花畑ということもあり、身を隠す場所がないからだ。


 ゴブリン・キングの様子をうかがいながら、木から木へ姿を隠しながら進む。

 そして、真後ろに周り込んだ。腰掛けている枯れた大木が邪魔をして、ゴブリン・キングのそこからはみ出した肩しか見えない。


『ここからはゆっくりと行け』

「ああ」


 細心の注意を払い、花畑に踏み入っていく。

 相変わらず、ゴブリン・キングは食事に忙しいようだ。

 緊張で心拍数が上がるけど、呼吸は静かにそっとを心がける。


 とうとう枯れた大木までやってくるのに成功。この裏では咀嚼音が聞こえる。


『フェイト、やっちまえ!』


 読心スキルを通して、聞こえてくるグリードの声を合図に、大木からはみ出している右肩に、黒剣を振り下ろす。


 ギャアアーーーッ。


 やったあの丸太のような右腕を切り落としたぞ。

 先制攻撃の成功で安堵してしまう俺に、グリードが注意を促す。


『奴はまだ死んではいない。早く後退しろ!』


 バックステップで後ろに飛び退くと、ゴブリン・キングが棍棒を振り上げて、枯れた大木ごと俺がさっきまでいた位置に叩き込む。

 その威力は地面が大きく陥没して、石つぶてがいくつも飛んでくるほどだ。


 あれが、命中していたらおそらく死んでいた。


「危なかった。助かった」

『安心するのはまだ早い。来るぞ』


 右腕をなくして、大量に出血しながらもゴブリン・キングは咆哮しながら、残された手で棍棒を振り上げる。


 また躱すべきかと思った時にグリードが、


『俺様を信じろ。あんな棍棒くらい他愛もない』

「それならっ!」


 俺はグリードを信じて、踏み込んで一閃。ゴブリン・キングの棍棒が手元から切り落ちていく。

 すごい切れ味だ。このまま一気に畳み掛けてやる。

 さらに続けて、飛び上がりながら黒剣を振り上げた。


 ギャアアーーーッ。声を上げながら、ゴブリン・キングは膝をつく。

 残された左手も斬り飛ばしたのだ。


 満身創痍となっても、俺を睨みつける奴の顔に黒剣を突き刺していく。

 ズブズブと嫌な感覚が手元から伝わってきたが、構わず押し込む。


 そして引き抜いて、剣身についたゴブリン・キングの鮮血を振り払った。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに体力+21000、筋力+24000、魔力+5230、精神+4560、敏捷+11200が加算されます》

《スキルに自動回復が追加されます》


 ほとんど同格の相手との戦い。今までの魔物狩りには無い緊張感があった。絶えず、もしかしたら死んでしまうのではないかという感情が戦いの中で渦巻いていた。


 だから、戦いに勝って生き残ったという達成感は今まで以上に大きい。

 これも魔物狩りの一つの醍醐味なのかもしれない。


 緊張の糸が切れて、その場にへたり込む俺にグリードは言う。


『よくやった。これでステータスがいい感じに貯まったな。これなら、俺様の第一位階を開けよう』

「第一位階?」

『俺様の新たな姿だ。俺様は使用者のステータスを贄としていただくことで、形状を増やせる。どうする? やってみるか?』

「どのくらいのステータスが必要になるんだ?」

『俺様と出会ってからが起点になる。そこから得た力をすべて寄越せば、俺様は第一位階に目覚めることができる』


 つまり、せっかくここまで強くなったのに、黒剣グリードを強化するためには、こいつと出会ったスタートラインに戻らないといけないわけか。


 さらに聞いてみると、第一位階は今のステータスくらいでいいが、第二位階、第三位階……と進むごとにより多くのステータスを捧げないといけないという。


 極めつけは、使用者の特殊な精神状態がトリガーになり、これを逃すといつ開放できるかはわからないそうだ。もしかしたら、もう二度とできないかもしれないという。


 今しかないか……。まったく、どれだけ力を吸うつもりだとグリードに聞いたら、『俺様は強欲だから、ほぼ根こそぎ派なんだ』と返ってきた。


『お前だけ強くなるのか、俺様も強くするのか、選べ! 言っておくが、強くなった俺様はお前を後悔させないぞ』


 まあ、今更考えるまでもない。俺の相棒はグリードだけ。ともに強くなれるなら、これ以上なく頼もしい。


「わかった。やってくれ」

『そうこなくては、ではいくぞ!』


 俺の了承は契約となったのか、黒剣が光り始める。同時に体の中でみなぎっていた力が失われていくのを感じた。

 そして光が収まると、手にしていたのは黒弓だった。


『これが俺様の第一位階の姿、タイプ:魔弓だ。これからは片手剣と魔弓の2種でお前の力になろう』

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