第9話 貪り喰う
俺はひたすら、夜のゴブリン草原を駆け抜ける。
そして、茂みをかき分け、眠るゴブリンを見つける度に黒剣グリードで、その首を飛ばす。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+30、筋力+40、魔力+10、精神+10、敏捷+30が加算されます》
この無機質な声をもう幾度となく聞いた。
まだ足りない。もっとだ。こんなものでは俺の飢えはおさまらない。
だが、王都からここまで走りっぱなしだった。呼吸を整えるために、立ち止まって一息つく。
雲一つない空に満月が天高く昇り、さっき倒したゴブリンの死体を照らし出す。
本来の狩りなら、討伐賞金をもらうために、証拠として両耳を切り落とす。
しかし、今の俺にそんな余裕はない。呼吸が落ち着くと死体を跨いで、次はなる獲物を求めて走り出す。
ん? 草原を颯爽する俺を追いかけてくる足音が聞こえる。
いや後ろだけでない、前からも、横からも、草を踏む足音が近づいてくる。かなりの数だ。
どうやら、ここら一体を重点的に駆け巡りながら、ゴブリンたちを狩っていったことが災いしたようだ。狩り漏れたゴブリンが目を覚まし、自分たちに危害を加える俺を排除しようと、徒党を組んだというところか。
奴らの気配を感じながら、俺は比較的茂みの低い場所を選んで立ち止まる。
すると、少し遅れて俺を追っていた足音は、次々と聞こえなくなる。
見渡せば、ゴブリンたちが俺を取り囲んでいた。
ざっと50匹といったところか、もしかしたらもっと多いかもしれない。今は夜目が利くので、ゴブリンたちの様子も手に取るようにわかる。
相手はお馴染みのゴブリン・ファイターとゴブリン・ガード。
黒剣グリードを持ってすれば、あいつらが装備している剣や盾ごと両断できる。
そして、いくら数を増やしてゴブリン特有の物量作戦に打って出ようと、飢餓状態にある俺の敵ではない。
この赤眼に睨まれたら、ステータスが格下のゴブリンたちは途端に身動きが取れなくなってしまうからだ。視線を絶えず周囲のゴブリンたちに送り、動きを止めながら、1匹ずつ確実に狩っていく。
異変に気がついたゴブリンが逃げようとするがもう遅い。
お前らは囲い殺そうと思っていたようだが、俺からしたらまとまってくれるのでとても狩りやすい。
そして、俺は最後の1匹を斬り捨てる。他の死体と折り重なるように、倒れ込むゴブリン。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+40、筋力+20、魔力+10、精神+10、敏捷+10が加算されます》
ふぅー。少しだけ落ち着いてきた。
鏡のように磨かれた黒剣グリードの剣身を使って、自分の顔を映してみる。
まだ赤眼だ。
「結構喰ったけど、飢餓が解除されないか……」
ゴブリンを150匹以上は倒したはず。なのに飢餓状態が続行中。
俺は焦りながら、グリードに聞く。
「どのくらいで解除されるんだ?」
『うむ。この調子なら、ゴブリン程度ではまだまだ満たされなさそうだな。上位種のホブゴブリンを狩るべきだろう』
グリードの提案をのんで、俺はゴブリン草原から、西の森へと入っていく。
ここは、通称ホブゴブリン森。草原で力をつけたゴブリンが、ホブゴブリンへ進化するとこの森に暮らし出すという。
ホブゴブリンには3種類いる。ホブゴブリン・ファイター、ホブゴブリン・ガード、ホブゴブリン・アーチャー。
ホブゴブリン・ファイターとホブゴブリン・ガードについては、ゴブリンの時を同じように対応すればいいらしい。
問題はホブゴブリン・アーチャー。数は少ないが茂みに潜み、離れた位置から弓矢を飛ばしてくる。厄介なのは鏃に糞尿を塗っており、当たってしまうと感染症を引き起こして大変危険だ。
王都の武人たちは、そんなホブゴブリン・アーチャーのことを糞アーチャーと呼んで恐れている。
これらの情報は、ハート家の使用人仲間で、若い頃に武人をやっていたという人がいて、食事中にいろいろ教えてもらったものだ。大半は彼の武勇伝――自慢話だったが、結構面白くて聞き入ってしまった。
そんな彼に感謝しつつ、警戒を怠らず森を進んでいく。
ホブゴブリンも夜行性ではないので大騒ぎしない限り、ぐっすりと寝ているはずだ。
要はゴブリンと同じように寝込みを襲えばいい。
ほら、いたぞ。大木に寄りかかって寝ているホブゴブリンは俺くらいの身長だ。体格は俺なんかよりも遥かに筋肉質でがっしりとしている。
夜なので肌の色はわかりづらいが……やはりゴブリンの上位種だけあって緑っぽかった。
《鑑定》スキルを発動。
・ホブゴブリン・ファイター Lv12
体力:230
筋力:340
魔力:110
精神:110
敏捷:230
スキル:両手剣技
ホブゴブリン・ファイターか。足元に置いてある大きな剣を振り回して攻撃してくるのだろう。スキルもあつらえむきに、両手剣技だ。
ステータスは気にするほどではない。
静かに近づいていくと、おっと大木の裏側に、もう一匹。
立て掛けてある盾で予想できるが《鑑定》しておこう。
・ホブゴブリン・ガード Lv12
体力:440
筋力:220
魔力:110
精神:110
敏捷:110
スキル:体力強化(中)
おお、体力強化(中)を持っているではないか。前回俺が予想していた通り、ステータス強化系には段階があるようだ。(小)ときて(中)なら、流れから(大)は確実に存在する。
俺は確認を終えると、まずは眠っているホブゴブリン・ガードの首を切り落とす。熟睡したまま死ねたのだ、苦しまずに逝けたはずだ。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+440、筋力+220、魔力+110、精神+110、敏捷+110が加算されます》
《スキルに体力強化(中)が追加されます》
さて、残った1匹を……ああ、起きてしまったか。
斬った音で目を覚ましたホブゴブリン・ファイターが異変を感じて、声を出そうとする。仲間を呼ぶつもりだろう。
そんなことをさせるわけがない。俺はその黄ばんだ歯が並ぶ口の中に黒剣グリードを突き刺す。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+230、筋力+340、魔力+110、精神+110、敏捷+230が加算されます》
《スキルに両手剣技が追加されます》
ホブゴブリンは、ゴブリンに比べてより空腹が満たされているような感覚だ。
こんなことならゴブリンを相手せずに、森に入ってホブゴブリンに直行すればよかった。
未だ飢えを感じながら、自身の現状ステータスを知るために《鑑定》スキルを使う。
・フェイト・グラファイト Lv1
体力:8041
筋力:8011
魔力:2501
精神:2501
敏捷:5591
スキル:暴食、鑑定、読心、隠蔽、片手剣技、両手剣技、筋力強化(小)、体力強化(小)、体力強化(中)
まだまだ、夜は長い。俺は次なる獲物を探して森を徘徊する。
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