第8話 飢餓ブースト
聖騎士区の大通りを走り抜け、区画を遮る大門の前までやってきた。
飢餓状態になると、恐ろしいくらいに五感が鋭くなるようだ。例えば、夜なのに昼間のように夜目がきいている。
それに嗅覚も……なんというか、美味そうな人間を嗅ぎ分けられてしまうのだ。少し離れた位置に立っている門番2人。
美味そうなのは、右の体格の良い男だ。試しに《鑑定》スキルで2人のステータス・スキルを比べたら、やはり右の男が勝っていた。
つまり、この嗅覚は強者が持つ力を美味そうな匂いとして嗅ぎ分けるのだ。
おそらく、魂を欲する暴食スキルによって、基礎身体にブースト効果を発揮させているのだろう。
が……しかし……苦しい。今もまた目もくらみそうなほどの飢えが周期的に襲ってくるからだ。
早く、先に進まねば。おかしくなって、あの門番に喰らいついたら大変なことになってしまう。
今の俺はハート家の使用人なので、通行用の証文を持っている。これを出るときも、入るときも、門番に見せる決まりになっている。もし、無くしてしまったら、門番に通してもらえないので落とさないように気をつけなければならない。
「どうも、お疲れ様です」
愛想笑いをしながら門番に近づく。こんな深夜に聖騎士区から出ようとしているのだ。少しでも、怪しまれないようにしたかった。しかし、懐から出した証文を見せようとさらに近づいた瞬間、
「ヒィッ」
門番の男がたじろいで、俺から一歩離れる。何故だか俺を見て、引きつった顔をしている。
異変を感じたもう一人の門番が近づいてくるが、全く同じ反応をする。
そして、2人とも硬直して動かなくなってしまった。
なにかまずい雰囲気だ。
俺は急いでそんな門番たちに証文の内容を一方的に見せると、商業区へ急いだ。
どうして2人が固まってしまったのか、気になっているとグリードがさも当然のようにいう。
『あいつらはお前の瞳に見られて、蛇に睨まれた蛙のようになったのさ。赤い瞳にはそういう力がある。お前のステータスより格下なら、怯んで動けなくなる。まあ、飢餓状態時、暴食スキルが効率よく魂を喰うための一時的な力だ』
「さっきの門番たち、俺のことを怪しまないかな」
『あいつらは初めて目にしたんだ。何をされたかわからずに、ただのおっかねえ奴くらいに思っているだろうよ。その後、赤い瞳を見せなければ、深夜の門番仕事で疲れていたから、おかしなものを見てしまった。気のせいだったとでも思うさ。お前がそうして、気にして態度に出していたら、逆に怪しまれるぞ』
確かに一理ある。そう思って、堂々たる歩みで商業区内を進んでいると、甘美な香りがしてきた。この上なく美味そうな匂いだ。
誘惑に負けて、少しだけ寄り道と、大通りから脇道に入る。そして物陰からその元凶を静かに探してみる。
かなり離れた道の先に、フード付きの黒い外套で姿を隠している3人が歩いていた。
鑑定スキルで何者かを調べようとしたが、距離が遠すぎて発動しない。
次の瞬間、ちょうど月明かりが差し込み、3人の黒い外套のうちの一人の顔が見える。
「!?」
俺は息を呑む。なんで、こんな時間にあいつがいるんだ。間違いなく、あの憎たらしい顔はラーファルだ。そうなると、横を歩く長身は次男のハド。小柄なやつが末の妹のメミルだろう。
彼らは俺が後をつけているのも知らずに、商業区のVIP専用の高級店へ入る。
ここは聖騎士のような地位が高い人間でないと入れない。嫌な胸騒ぎを感じながら、物陰から様子をうかがっていると、またしても黒い外套を着込んだ連中が店に入っていく。
匂いからわかる。あいつらは全員が聖騎士だ。間違いない。
こんな夜更けに、どんな会合をするつもりなのか? 人目を避けている段階でろくなことではないだろう。
気になって、俺はしばらく店の様子を見張っていた。だけど、窓のカーテンがすべて閉め切れられているので、中で何が起こっているのかわからない。そして、特大の腹の虫が鳴ってしまう。
ぐぅぅぅぅ……。
気になって仕方ない。しかし、今の俺には急を要する目的がある。そろそろ、飢えが本格的にやばそうなのだ。後ろ髪を引かれながら、俺はその場をあとにした。
商業区にある外へ出るための西大門は、日中と打って変わって静まり返っている。
あれほど、盛んに往来があった荷馬車もいない。その代わり、門の前付近に武人たちがたむろしていた。
誰もが見るからに、熟練の武人と思わせる装備を身につけている。
前回の早朝ゴブリン狩りで訪れた時とは、打って変わって武人のランクが上がっているのがわかる。
すごい威圧感を感じる。それに対して、グリードがいう。
『奴らの目的はナイトハンティングだ。今日は月明かりが強くて、いつもよりも視界を取れるからな。それに魔物だって睡眠をとる。だから同族の魔物を倒し続けると、発生するヘイトが起こりにくい。寝込みを襲って、大量に魔物を倒せるってわけだ』
「なるほど」
普通の武人なら、絶対にやらない夜の狩り。しかし、腕に覚えがある熟練者なら、多くのお金を稼げる有用な狩りなのだ。
俺はグリードの説明に納得しながら、その集団を横切っていく。すると、一人の無精髭の男に声をかけられた。
「おい、お前。見ない顔だな。そんな貧弱な装備で狩りに行く気か?」
「そうだけど」
俺がそう答えると、そいつは夜中にもかかわらず、大声を出して笑いだした。
「おい、みんな聞いてくれ。ここに救いようのないバカがいるぞ!」
目立ちたくないってのに、ぞろぞろと厳つい顔をした武人たちが集まっている。
皆がニヤついた顔で俺を舐めるように見てくる。
「お前、そんな格好でこんなところにノコノコ来るってことは、相当お強いんだろうな」
失笑しながら言ってくるので、思っていることは真逆だろう。お前みたいなゴミがなんで、ここに来ているのかとでも言いたいのだろう。
「レベルはいくつだ。言ってみろっ。笑ったりしねぇから」
「もういいだろ、先を急ぐんだ」
飢えが限界なんだよ。彼らを無視して振り切る。こいつらは俺の赤目を見ても、怯まない。
ということは、ステータスは俺よりも上なのだろう。鑑定スキルでいちいち確認する気さえしなかった。
門の外に出て行く俺の背中に、熟練者の武人たちの声が突き刺さる。
「聞いたかよ。あいつ、言えないってことは低レベルなんじゃねぇ。まじかよ。これだから、初心者ってのは始末に負えないんだ」
「もしかしたら、俺達のパーティーに入れてもらおうとしたんじゃねぇ」
「ああ、それだわ。でも、入れてやらねぇけどな」
「おーい、ゴミレベルの僕ちゃん、戻ってきなよ。運が良ければ、誰かがパーティーに拾ってくれるかもよ」
「俺のところは無理だぞ」
「ああ、俺もいらねぇわ」
「だな! ガハハハッ」
好きなだけ、言えばいいさ。どうせ、俺は暴食スキルのせいでパーティーは組めない。
だから俺は俺のやり方で、お前たちよりも強くなるだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます