第10話 お狐さま in ホラー(前編)




 暗闇の中、懐中電灯でパッと顔を照らしてみたま様はクククと笑います。


「今日のじゃんるは昔からド定番の"ほらー"なのじゃ。」


 みたま様と分福(今日は人間形態)は真夜中の廃校に来ていました。

 場所は三階の教室であり、そこにはみたま様と分福以外にも複数人の少年少女が集まっています。


「何なんだ此処は……!? 俺、さっきまで家に居たのに……!」


 私服姿の少年が困惑した様子で辺りを見回しています。どうやら、家にいたのに突然この廃校に送り込まれてしまったようです。他の少年少女も同じように何故此処に来たのか分からない様子でした。

 自分達の意思で此処に来ているみたま様と分福がヒソヒソ声で話します。


(この子達、無理矢理此処に連れてこられたんですか?)

(最近ねっとで噂になっている"見ると呪われるさいと"を見てしまった者達がここに集められたのじゃ。今回は都市伝説もののほらーじゃ。)


 ==========

 都市伝説<太郎さんの鬼ごっこ>

 インターネット上で流れる都市伝説。

 『太郎さんの鬼ごっこ』というホームページがあるという。

 そのホームページには鬼ごっこを遊んだ日記のようなものが綴られている。

 しかし、よく読んでいくと鬼ごっこの描写に不穏な表記が見え隠れする。

 日記を書いている太郎さんが鬼ごっこで逃げる者を殺しているのではないか?

 そう思わせる表記が次第に増えていき、それを読んでいくと最後に記事が更新される。

 そこに書かれたターゲットの名前は日記を読んでいるあなたの名前。

 あなたはその日に太郎さんから逃げなければならなくなるのだ。

 ===========


 それっぽい都市伝説を聞いて、分福はへぇ~と感心した。


(これみたま様が考えたんですか? 割とそれっぽいのも作れるんですね。)

(いや、わしはほーむぺーじにあくせすしただけなのじゃ。)


 分福は思わず「え。」と声を漏らしました。


「これ、もしかしてガチのやつですか?」

「がちのやつじゃ。」


 ガチのやつでした。みたま様は自ら参加しに来ただけで、ガチで「鬼ごっこの太郎さん」がいて、ホームページを見た者を此処に召集したのです。


 キーンコーンカーンコーン……。


 教室にチャイムが鳴り響きます。それから遅れて校内に放送が鳴り響きます。


【鬼ごっこの時間です。太郎さんが10数えます。太郎さんに捕まる前に下校して下さい。】


 幼い男の子の声でした。更に声が聞こえます。


【いぃぃぃぃぃち……。】


 今度は地の底から鳴り響くような、不気味なくぐもった低い声でした。

 その声に集められた少年少女達がざわめきます。


「何これ……何なのっ!!!」

「訳分かんねぇ!!! 何なんだよこれ!!!」

「太郎さん……太郎さんって言った……? これってもしかして……?」

「太郎さんの鬼ごっこじゃないか……?」

 

 その言葉を聞いた少年少女達がぴたりと止まります。

 どうやら各々がその単語に心当たりがあるようです。

 それも当然、この場に居るのは『太郎さんの鬼ごっこ』のサイトを見た者が集められているのです。

 都市伝説を思い出した少年少女達の顔色が見る見る内に変わっていきます。


【にぃいぃぃぃぃぃぃぃ……。】


 不気味な声が響きます。

 「いち」と来て次は「に」。数を数えている事はすぐに分かりました。

 そして、その直前に子供の声で言われた「太郎さんが10数えます」という言葉。


「嘘……あのサイト本物だったの……!?」

「これ、数数えてるよな? これ、太郎さんが来るのか……?」

「あ、ありえねーよ……! あんなのただの都市伝説だろ……! 何かのドッキリだろ……!」

「で、でも急にこんなところに連れてこられたんだよ……? ほ、本当にこれって太郎さんの鬼ごっこなんじゃ……!?」


【さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……。】


 そう話している間にも声がカウントを進めます。

 元居た場所から突然移動して廃校にいる、という超常現象でこれがドッキリなどではない事はその場に居る者も次第に気付いてきたようです。

 分福がみたま様に耳打ちします。


(これ、とっとと逃げた方がいいやつじゃないですか?)

(いや、いきなり取り乱して逃げるのは死亡ふらぐなのじゃ。)


 一番状況を理解しているみたま様は、少年少女が慌てふためく様をじっと見ています。

 やがて、一人の少年が動き出します。


「おい、何処行くんだよ!」

「何処って。此処から出るに決まってるだろ。」


 他の取り乱している少年少女と比べ、ずっと落ち着いている少年は振り返らずに教室の扉がガラッと開けると、僅かに振り返りました。


「太郎さんに捕まる前に下校するんだろ。グダグダしてる暇なんてないだろ。」


 少年は冷静に状況を把握しているようです。冷静少年はその一言だけ言うと、とっとと教室から出て行ってしまいました。


「待って! 私も行く!」

「お、俺も!」


 それに続いて、怯えた顔をした少女も走って着いていき、更にその後に小柄な少年も続きます。どうやら一番落ち着いている少年が一番頼りになると判断し、彼に着いていく事にしたようです。 


(私達も着いていきます?)

(やめておいた方がいい。あの手の冷静なやつに着いていくと、囮にされたり見捨てられたりするのがお決まりなのじゃ。)


 みたま様のホラーのテンプレ分析で、一旦様子見に徹します。


【さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……。】


 そうしている間にもカウントが進みます。


「なんなんだよあいつら……田中さんの鬼ごっこを本当に信じてるのかよ……。」


 まだ信じられないといった様子の少年を見て、分福がみたま様に耳打ちします。


(この後に及んでまだ信じられない奴とかいるんですね。)

(まぁ、現実離れしすぎてたら脳が理解を拒否するんじゃろ。それはそれとして、お前いい加減に理解しろよと思えてくる物分かりが悪い奴がいるのもほらーのてんぷれなのじゃ。)


 みたま様と分福がメタな話をしていると、教室に残った一人の小太りの少年が声を上げました。


「こんなところにいられるか!!! 俺はとっとと帰らせて貰うぞ!!!」


 そして、その小太りの少年はダッ!と教室から駆けだしていきました。

 みたま様はその様子を見て動き出します。

 ゆったりとした様子で、教室から出て行こうとするみたま様に分福が尋ねます。


「なんでこのタイミングなんですか?」

「さっきのやつ見たじゃろ。あの手のパニック起こして突っ走る奴は死亡ふらぐじゃ。」

「ああ。ホラーとかサスペンスではありますね。あの手の最初の犠牲者。」

「多分太郎さんあいつのところに行くからあいつと別方向に行けばよい。」

「すごい。この神様、いたいけな少年を捨て石にしてる。」


 神様は時として人間に残酷なのです。

 それはさておき、早速校内からの脱出をはかるみたま様と分福。廃校と言いつつも少し薄汚れた程度で、歩いていて怪我をするような心配はなさそうな程度には綺麗にも見えました。電灯もちかちかと点滅してはいますが、暗くて何も見えないという程ではなさそうです。

 先程、死亡フラグ撒き散らしながら走って行った少年とは逆側に進んでいったので、みたま様と分福の足音だけがコツコツと廊下に響き渡ります。


「なんだか雰囲気出とるのう。ちょっと怖くなってきたぞ。」

「元妖怪の神様が何を怖がるんですか。」

「いや、そういう存在知っとるからこそ、訳の分からん都市伝説って怖くないか?」

「……あー、ちょっと分かるかも。」


 未知のものが怖いのは神様や式神、妖怪も同じのようです。

 そうこう話しているうちに、校内放送から流れるカウントアップが10に近付こうとしています。

 そして、ついにその時がやってきました。


【じゅううううううううううう~~~~~……。】


 今まで以上に音割れした声で、カウントアップが終わります。


【太郎さんが数え終わりました。みなさん、頑張って逃げて下さい。】


 そして、子供の声がホラーの開始を告げました。


「さて、校舎の外に出ればいいじゃったか。」

「普通に下に行けばいいんですかね。階段はとりあえず廊下歩いてたら見つかりますよね。」


 そう言いながら歩いて行くと階段は見つかりました。

 ただ、道を封鎖するように机や椅子が山積みになり、有刺鉄線を括り付けてびっしりと上下の階段は塞がれておりました。


「おおっ。階段が塞がっとるぞ。」

「あらら。閉じ込められてますねこれ。」

「まぁ、下校するだけなら簡単じゃし、邪魔はするわな。」


 特段慌てる様子もなく、有刺鉄線など気にすること無くみたま様は机の山をドカン!と蹴り飛ばしました。脱出を拒むバリケードは一発でバラバラに吹き飛び、あっさりと上下に繋がる階段を明け渡します。

 みたま様と分福は階段を下っていきます。


「こういうの力業で突破して良いものなんですかね。」

「まぁ、ええじゃろ。大抵こういうのは正しいるーとや謎解きがあるものじゃが、壊せるんじゃから仕方ない。」

「謎解き作った人かわいそうですね。」


 みたま様は神様なので大体パワーで何とかできてしまうのです。

 階段をひとつ、二階に降りるとそのタイミングで声が聞こえました。


「うわあああああああああああああああああああああああ!!!」


 けたたましい少年の悲鳴が響き渡ります。こんなところにいられるか!とパニックを起こして駆けだしていった小太りの少年の声です。


「あ、死亡フラグ回収しましたね。」

「ほらな? あやつと別の道来て良かったじゃろ?」


 さらっと人の心が無い会話を交わすみたま様と分福。

 人の心がないのも当然、二人は神様と式神、元妖怪なのです。

 何はともあれ、早速一人目の犠牲者が出ました。みたま様と分福はそれでも焦ることなく階段を降りていきます。

 二階の階段にも椅子と机のバリケードが設けられていました。どうやらこの階段は全面的に封鎖されているようです。

 みたま様は先程同様にドカッとバリケードを蹴破ると、二階の廊下に顔を覗かせました。


「太郎さんは……なんじゃ、おらんのか……。」

「居なくていいじゃないですか。何でちょっと残念そうなんですか。」

「いや、ちょっと見てみたくないか? どんなもんなのか。」

「怖い物見たさってやつですか。」


 太郎さんは見当たりません。それをちょっぴり残念がりつつ、みたま様が一階に降りようとします。

 そんなみたま様の後ろで、ひた……と妙な足音がしました。


 みたま様はカツンと足を止めます。

 みたま様は今、巫女服に下駄という格好です。カツカツと足音が鳴ります。

 分福は今、人間の姿に化けており、スーツ姿に革靴という格好です。コツコツと足音が鳴ります。


 ひた……という、まるで素足が床に張り付くような音がするはずがないのです。


 みたま様の心臓がどきりと跳ねました。分福も顔を強ばらせます。

 神様と式神、元妖怪にとって多少のお化け程度はあっさりと倒せてしまう雑魚です。怖い筈もありません。

 しかし、妙な緊張感が走ります。

 ホラーという舞台にいる空気、奇怪な都市伝説、知らない内に後ろについてきていた足音、未知への畏怖が二人の恐怖心を盛り上げているのです。


 みたま様がごくりと唾を呑む音が聞こえる程の静寂。

 

 みたま様と分福は、揃ってそろりそろりと後ろを振り返ります。




 どくん、どくん、どくん、どくん……。


 心臓の音が耳元で聞こえるような気さえしてきます。


 みたま様と分福が振り返ったその先には……。










「ひっ……! ひっ……!」

「あぁ……!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 全裸の男が立っているのを見た、みたま様の絶叫が校内に響き渡りました。





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