第9話 お狐さま in 逆ハーレム




 私立油揚げ学園。

 今日、2年K組に一人の転校生が訪れました。

 美しい金髪に、金色の瞳を持つ小柄な少女は、黒板に自身の名前を書いていきます。背伸びしながら低い位置に文字を書き、少女はくるりと振り返ります。

 そして、両手で狐の形を作り、両腕と両足をクロスする奇妙なポーズと共に、高らかに名乗りを上げました。


「転校生の稲荷いなりみたまじゃ! 宜しく頼む!」


 なんか変な奴が来た……とクラスの空気は微妙な事になりました。








「という訳で、ちやほやされたい一心で、今日は"はーれむ"に挑戦するのじゃ。」

「はぁ……。」

「どうした分福。いつになくてんしょん低いが。」


 男子高校生の姿に化けた分福は机に頬杖を突き、深く深く溜め息をつきました。


「いい歳して高校生のコスプレしないといけないと思うと億劫で。」

「それ言われたらわしも立場ないじゃろが。」

「ないですよそりゃ。」

「……別にええじゃろが! わしらが高校生の格好したって!」


 みたま様も分福も1000歳を越えているおばあちゃんとおじいちゃんなのです。

 流石に高校生の格好するのはきついのですが、そこを気にしていたらどうしようもないので無理矢理押し切る事にします。


「わしが今日挑戦するのは"はーれむ"……わしはひろいんじゃから、この場合は"逆はーれむ"じゃな。」

「ハーレムとは?」

「複数の異性に囲まれてもてもてになる事じゃ。」

「……みたま様が?」

「なんじゃその訝しげな顔は。」

「フッ。」

「鼻で笑うな!!!」


 さて、今回のジャンルは"逆ハーレム"です。


「恋愛漫画の定番といえば高校じゃ。そこでわしは今回この私立油揚げ学園に入学してきたのじゃ。」

「学校名がすごく残念なのは置いといて。まぁ、複数人の相手からアプローチを受けるっていうのは割と昔からありがちな話ですよね。」

「まぁ、古くからの定番じゃな。様々なたいぷのひーろー、ひろいんが登場して、それぞれの個性を見せてくるのじゃ。読者も誰が好きだとか誰と結ばれて欲しいとかできゃっきゃするんじゃ。」

「今回はみたま様じゃなくてヒーローになるお相手依存だから問題は起きなさそうですね。」

「おい、お主それどういう意味じゃ。」


 大体みたま様が自発的に動くと話がうまく進まないという意味です。

 今回はみたま様に個性豊かなヒーロー達が次々とアプローチを掛けてくるので、基本的にみたま様は受け身になるのです。


「しかし、みたま様がどうやってモテるんですか?」

「そりゃ、わしは見た目は美少女じゃし。引く手数多じゃろ。」

「フッ。」

「鼻で笑うな!!! ……まぁ、わしの見た目ならもてもて間違いなしなのじゃが、一応"ふらぐ"は立てておいたのじゃ。」

「フラグとは?」

「ひーろー達がわしを好きになる前触れみたいなもんじゃ。」

「具体的に何をしたんですか?」

「やつらに魅了の術を掛けた。」

「すごいパワープレイきた。」


 恋じゃなくて洗脳に落としています。

 

「恋愛漫画って恋に落ちる過程とか楽しむものじゃないんですか?」

「割と最初から落ちてるぱたーんもあるのじゃ。途中で恋愛感情確かめるようないべんと挟みつつとかのう。まぁ、見ておれ。きっかけは洗脳でも次第にわしにめろめろになっていくからの。」

「きっかけが最悪すぎる。」


 はてさて、みたま様の逆ハーレムは上手くいくのでしょうか。

 そんな事を話していると、みたま様の傍に一人の男子生徒が歩み寄ってきました。

 金髪で凜々しい顔立ちの、制服を雑に着崩した軽薄そうな男子生徒です。


「お前が転校生か?」

「なんじゃお主は。」

「変な喋り方じゃん。それってキャラ付け?」

「きゃら付けとか言うな! わし生来の個性じゃ。」

「わしって……ハハ!」


 ふふんと男子生徒は笑いました。


「変な奴が転入してきたって聞いたから見に来たら、本当に変な奴だったな。」

「おい、その噂を流したやつは誰じゃ。」

「俺は木崎ってんだ。よろしくな、わしちゃん。」


 木崎と名乗った男子生徒はひらひらと手を振って教室から出て行きました。

 その様子を見送った分福が、みたま様に尋ねます。


「今のが洗脳した逆ハーレム要員ですか?」

「いや、知らんやつじゃ。」

「えっ。」


 いきなりルート外の人が出てきました。


「なんじゃあいつ! 腹立つのう! あと、わしの事変な奴って噂流したの誰じゃ!」

「いやいやいや。今の仕込みじゃなくてガチの逆ハーレム要員なんじゃないですか?」

「わしはああいう口のきき方が分かっておらんガキが大嫌いじゃ!」

「あの手のキザキャラ割といますよ恋愛ものって。」


 ぷんすかぷんすかと怒っているみたま様。

 その背後から黒髪で大人しそうな見た目の男子生徒が迫ってきます。

 

稲荷いなりさん。」

「ぷんすか!」

稲荷いなりさん。」

「ぷんすか!」


 男子生徒は何度か稲荷さんと呼びかけてきますが、みたま様は変わらずぷんすかしています。それに気付いた分福がみたま様に声を掛けました。


「みたま様呼ばれてますよ。」

「は? 呼ばれておらんが。」

稲荷いなりさんって呼ばれてます。」

「誰じゃそれは?」

「あなたが名乗った偽名ですよ。」


 みたま様はハッとして振り返りました。

 稲荷いなりみたまと名乗ったみたま様ですが、それはあくまで転入するに当たっての偽名なのです。自分で決めた偽名なのでついさっきまで忘れていました。


「な、なんじゃお主は!」

「あ、ああ、ごめんね。取り込み中だったかな。僕はK組の学級委員の真島だよ。何か困ってる事とかない? ほら、転入したばっかりだから。」

「ん? 別に大丈夫じゃ。」

「そう。もし分からない事があったらいつでも言ってね。」

「うむ。感心な若者じゃの。」

「はは。同じクラスの同い年じゃないか。」

「おお、そういえばそうじゃったの。」

「あはは。じゃあ、それだけ言っておきたかっただけだから。」


 手をひらひらと振って、真島という男子生徒は自席へと戻っていきました。

 如何にも真面目そうで優しそうな学級委員長、誠意のある対応にみたま様も感心したようで先程のぷんすかはすっかり収まりました。


「今のが逆ハーレム要員ですね。」

「いや、今のはただの親切な学級委員長じゃ。」

「今のも違うんですか!?」


 またルート外の人が出てきました。一向にみたま様がフラグを立てた逆ハーレム要員が出てきません。


「いつになったらみたま様の逆ハーレム要員は出てくるんですか?」

「まだ目が覚めてないのかのう。」

「昏睡状態にでもしたんですか?」


 さらっと怖い事を言うみたま様。

 この神様は割と平気でそういう事をするのです。

 とにかく、みたま様が選んだ逆ハーレム要員は一向に来ません。早速先行き不安になってきたところで、再び誰かが近寄ってきます。

 ようやく逆ハーレム要員が来たのでしょうか。みたま様は期待の眼差しを迫ってきた者に向けます。


「福田くん……。」


 寄ってきたのは長髪の女子生徒でした。みたま様はがくっと肩を落とします。


「なんじゃ紛らわしいのう。」

「何か用ですか?」


 分福が聞き返しました。みたま様が「え?」と分福の方を見ます。


「福田くん、放課後空いてますか? 良かった少しだけ時間貰えないかな……?」

「別に大丈夫ですよ。」

「あ、ありがとう。じゃあ、教室の前で待ってるね。」


 分福とそんな会話を交わすと、女子生徒はたたたと小走りで教室を出て行きました。


「いや、今の誰じゃ!?」

「知らない子です。」

「知らない子!? それと、福田くんって誰じゃ!?」

「いや、私の名前ですよ。福田文太ふくだぶんた。」


 みたま様が油揚げ学園に転入した際に稲荷みたまという偽名を使っているように、分福も福田文太という名前を使っているのです。

 それはさておき、突如として知らない子に声を掛けられた分福にみたま様が詰め寄ります。


「なんじゃ、今のは!? なんか放課後呼ばれておったぞ!」

「なんでしょうね。」

「なんでしょうね、って……いや絶対に告白されるやつじゃろ!」

「いや、私も今日転入してきたんですよ。流石に初日からは来ないでしょ。」


 分福はしれっと言います。


「なんじゃスカした顔しおって! 異性にあんな風に呼び出し食らったんじゃから少しはドキドキせい!」

「いや、だって1000歳以上年下の子の事そういう目で見れないですよ。」

「それじゃ、1000歳以上の小童こわっぱで逆はーれむ作ろうとしてるわしが馬鹿みたいじゃないか!」

「いや、馬鹿みたいじゃなくて馬鹿でしょ。」


 分福にバッサリ行かれてうぐぐと言い淀むみたま様。

 みたま様も実際問題、1000歳以上歳の離れた子供相手に欲情するような神様ではないのです。そういう年齢を超えた恋愛に落ちる超常存在もいるにはいるのですが、みたま様はそういうタイプではないのです。


「そもそも、ちやほやされたいから逆ハーレムするっていう発想がもうおかしいんですよ。もっと神様らしく立派な事してちやほやされたらどうですか。」

「お小言は聞きたくないのじゃ! それ以上言ったらわし泣くぞ! 泣いちゃうぞ!」

「この神様本当に泣くんだよなぁ。はいはい、分かりましたよ。」


 みたま様は年の割に大人げないのですぐギャン泣きするのです。

 普段なら泣いたところで「はいはい」と無視できるのですが、流石に高校の中で泣かせたらいじめ問題などに発展しそうなものなので、分福は程々にしてお説教をやめました。


「みたま様は逆ハーレムでちやほやされたいという事ですけども、そもそもどんな異性がタイプなんです?」


 そもそも、みたま様はどのような異性がタイプなのでしょうか。

 神様だから色恋沙汰には縁が無いかというと、そんな事はありません。

 普通に神話でもあるように神様にも浮いた話はあるのです。

 式神として1000年以上みたま様に仕えている分福も、みたま様のそういった話は聞いた事がありません。

 みたま様はうーん、と悩ましげに首を傾げました。


「うーん。"たいぷ"とかそういうのはないかの。」

「じゃあ、過去に好きになった相手とかはいるんですか?」

「なんで、ジジババで"恋ばな"しなくちゃならんのじゃ。」


 みたま様は急にすんとそっぽを向きます。

 おや、と思った分福が更に食いつきます。


「え、もしかして、本当に過去にそういう相手いたんですか?」

「う、うるさいのう! そういう話はいいのじゃ!」

「へぇ。意外ですね。1000年以上見てないから、そういうの興味無いものかと思ってました。」

「いたとは一言も言っておらんじゃろ! お主、本当にわしの弱みにはこれでもかと食いついてくるよな! そういうとこ嫌いじゃぞ!」

「弱みなんですか?」

「あああああ! もう、うるさい! とにかく、この話は忘れるのじゃ!」


 どうやらみたま様にも掘り返されたくない過去があるようです。

 普通にその様子に関心を持つものの、もうそっぽを向いて振り向かないので分福は素直に諦めました。


「そろそろ来ないもんですかねぇ。逆ハーレム要員。」

「……全くじゃ! いつまで眠っておるのじゃ!」

「それは昏睡させたみたま様が悪いと思うんですけども。」


 一応機嫌を直して本筋に戻ってきたみたま様。

 まだかまだかと逆ハーレム要員を待っていると、いよいよその時が訪れます。


「君が転校生?」

「なんじゃお主は。」

「変な喋り方だね。それってキャラ付け?」

「きゃら付けとか言うな! わし生来の個性じゃ。」

「わしって……フフ!」


 あははと男子生徒は笑いました。


「変わった子が転入してきたって聞いたから見に来たら、本当に面白い子だったね。」

「おい、その噂を流したやつは誰じゃ。」

「僕は滝沢っていうんだ。よろしくね、わしちゃん。」


 滝沢と名乗った男子生徒はぱたぱたと手を振って教室から出て行きました。

 その様子を見送った分福が、みたま様に尋ねます。


「木崎くんとキャラ被ってません?」

「あれ?」


 みたま様は首を傾げました。

 最初にやってきた、別に逆ハーレム要員じゃなかった木崎くん。

 完全に木崎くんとしたやり取りと滝沢くんとしたやり取りは被っていました。


「滝沢くんが逆ハーレム要員なんですか?」

「う、うむ。"キザ系ちゃら男きゃら"の滝沢くんじゃ。」

「木崎くんは?」

「し、知らん人じゃ。」

「あの人天然物なのでは……?」


 天然物の逆ハーレム要員が見つかりました。仕込みなど必要なかったのです。

 みたま様は慌てふためきました。


「ど、どうしよう……わしの逆はーれむ要員にキザ男が二人おる……きゃら被りじゃ……わしはどうやって運命の相手を選べばいいんじゃ……。」

「そんな取り乱すような事ですか?」

「いや、一大事じゃろ! もし、わしがチャラ男選ぶときどっちにすればええんじゃ!」

「チャラ男以外選べばいいのでは。」


 みたま様はハッとしました。


「そ、そうじゃな! 逆はーれむ要員は他にもおるのじゃ! 木崎と滝沢を選択肢から外せばよい!」


 キャラ被りで逆ハーレム要員から外される木崎くんと滝沢くんが可哀想です。

 みたま様に振り回されないだけ幸運なのかもしれませんが。


「他にもわしが選んだ別べくとるのきゃらはおる! あやつらなら被る事はあるまいて!」

「大丈夫ですか? この流れだと真島くんとキャラ被りません?」

「大丈夫じゃ! あとの三人はそんじょそこらにいるようなきゃらじゃないからの! 絶対にきゃら被りとか有り得ないのじゃ!」

「フラグっぽいこと言ってる……。」


 先程覚えたフラグという言葉を早速使いこなしつつ、前振り十分に満を持してみたま様の背後に影が迫ります。


「ほほう。貴様が転入生か。」


 なんか転入生を見世物のように見に来る連中ばっかりです。

 みたま様と分福が振り返ると、その男は複数の取り巻きを連れ、真っ白な顔で立っていました。


「悪くないのでおじゃる。麻呂の傍に仕える権利をくれてやろうぞ。」

「キャラの振れ幅がでかすぎる!」


 いつだかの時代の貴族みたいなのが出てきました。

 白塗りの顔に麻呂眉の、下ぶくれ顔で扇子で口を隠す男子?生徒が高校の制服に身を包んでいます。キャラが違うどころか時代の違う逆ハーレム要員の登場に分福は困惑しています。

 こういうのが好きなのでしょうか? 分福は疑問に思いましたが、よくよく思い返してみたら、みたま様は1400年前からの人なので割とあり得るのではと思いました。


「お、おう……。」

「なんであんたが引いてるんだ。」


 そうかと思ったらみたま様が普通にドン引きしていました。


「みたま様が選んだ逆ハーレム要員だったんでしょう?」

「いや、昔はイケてたんじゃ。今になって見ると思ったより違った。」

「ああ~。言われてみると確かに。時代の流れって怖いですね。」


 おばあちゃんとおじいちゃんは何か納得して通じ合ったようです。

 昭和のアイドルが何だか懐かしい顔に見えるように、時代が変わればモテ顔というものも変わるものです。いや、そういうレベルではない時代違いではありますが。


「それに、こういう偉そうな上から目線の王子系は好かんのじゃ。わし、神様じゃし。人間に舐められるのが我慢ならん。」

「これって王子系って言うんですか? って言うか嫌いな相手なら要員に入れなくてもいいんじゃ。」

「作者の選り好みで選んだら偏るじゃろ。こういうのはとりあえず好かん奴でも入れるものじゃ。」

「ある意味偏ってるでしょ。」


 振れ幅的に偏っているのです。

 この後もどうせ変な展開になることが読めてきた分福はみたま様に囁きます。

 

「もうやめましょうよ。みたま様に恋愛ものが土台無理だったんですよ。」

「なんじゃと! わしにだってそのくらい!」

「みたま様基本的にクソ野郎だからモテる展開無茶ありますって。」

「クソ野郎とはなんじゃ! わしは"きゅーと"で"ぷりちー"な天使のようなろりっ娘じゃぞ!」

「フッ。」

「鼻で笑うな!」


 みたま様のギャグはさておき、嘲笑していた分福は急に真面目な顔になって尋ねます。


「みたま様って本当に色恋沙汰に興味とかお有りなんですか?」

「な、なんじゃ急に真面目な顔になって。」

「軽い気持ちで恋とか愛とかネタにするの良くないんじゃないですか?」

「うっ……! 急にまともな事言い出すのはやめるのじゃ……!」

「みたま様がかつて好きだった人の前でも同じ事ができますか? 顔向けできるんですか?」

「うぅ……。そ、そうじゃの……。」

「かつて好きだった人、やっぱりいるんですね……。」

「あっ! お主! たばかりおったな!」


 分福の真面目な顔した誘導尋問で、過去の一部を暴かれたみたま様。

 真っ赤な顔をしてポカポカと分福の肩を叩きます。ここでポカポカという表現を使いましたが、実際の効果音はゴスゴス言っています。みたま様の腕力は強いので、妖怪の分福でなければ吹っ飛んで壁にめり込むレベルで殴っているのです。


「まぁ、茶化したのは申し訳ありません。でも、実際問題そういう相手が過去に居たなら、こういう遊びはあんまり良くないのでは?」

「うぅむ……確かに、若人に囲まれきゃっきゃしてるの見られるのは嫌じゃの……。」


 珍しくあっさり折れた辺り、みたま様にとって過去の恋愛というのは割と真面目に向き合っていたものなのでしょう。それを何となく察して、分福ははぁと溜め息をつきました。


「みたま様はいつでも思い付きで行動しすぎです。信仰を集めることが目的って覚えてますか? 漫画ごっこして遊ぶのが目的になってませんか?」

「え? ……あ、いや! 忘れとらんぞ!」

「忘れてましたねその反応は。」

「う、うぅ……。」

「遊んでたら本当に消えちゃいますよ。そもそも本当にこんな事してて、信仰なんて集まるんですか?」

「お小言はやめるのじゃ! わし泣くぞ! 泣いちゃうぞ!」


 分福も今回ばかりはみたま様が泣き喚こうとも小言をやめるつもりはありません。  

「やめません。流石に私も我慢の限界です。」

「お主は高校生のがきんちょ共の前でわしをみっともなく泣かせようというのか!?」

「泣かなきゃいいでしょ。」

「うわあああああん! 分福がいじめるのじゃ~!」


 高校生のガキンチョ達の前でギャン泣きし始めるみたま様。

 泣き真似ではなくガチ泣きなのがみたま様の質の悪いところなのです。

 それでも尚、小言を続けようとする分福でしたが、思わぬ横槍が入ります。


「待ちなよ。」


 分福の肩に手が掛けられます。

 分福が振り返れば、茶髪にピアスの男子生徒がじろりと分福を睨んでいました。


「あんまり女の子を苛めるもんじゃないよ。みたまちゃん、大丈夫?」

「え?」

「ああ、急にごめんね。今日通学途中にぶつかった時にこれ拾ってね。」


 男子生徒はみたま様に生徒手帳を手渡しながら、分福とみたま様の間に割って入るように立ちました。話によると、通学途中にこの男子生徒とみたま様はぶつかって、生徒手帳を落としたようです。男子生徒はこれを届けに来たのです。


「あ、ありがとうなのじゃ。えっと……。」

「三年の千羽せんばだよ。よろしく、みたまちゃん。」


 男子生徒、学年上は先輩に当たる千羽がフッと笑います。

 そして、その後分福の方を振り返って、口元に笑みを浮かべながらも鋭い目突きで睨み付けます。


「可愛い子には意地悪したくなる気持ちは分かるけど、泣かせるのは感心しないな。」


 どうやら分福がみたま様を苛めていると思って、割って入ったようです。

 さらっと「可愛い子」と言われて、更に分福の説教から救い、落とし物を届けてくれた千羽にみたま様は完全に気分を良くしてしまいました。

 苛められている訳ではなく、説教されているだけなのですが、訂正もせずににやにやと笑い、千羽の後ろから分福の顔を覗き込みます。


 てっきり怒るのかと思っていた分福の顔は、不思議な事に笑顔になっていました。


「……誤解ですよ、千羽先輩。私は稲荷さんとお話していただけです。」

「そうなの? 泣かせていたように見えたけど。」

「こちらの問題です。邪魔しないで頂きたい。」

「出来ない相談だな。またみたまちゃんを泣かせるなら邪魔するよ。」


 千羽と分福の間でバチバチと火花が散っています。

 その様子を見て、みたま様は目を輝かせました。


(こ、これは……わしを巡って争ってる……!? これって"逆はーれむ"じゃないか!?)


 まさかの展開にみたま様はウキウキです。求めていたものが、まさかの分福を巻き込んでやってきました。ここから、みたま様を巡った男達の争いが始まるのです。

 ここでひとつ、ヒロインらしい事をするチャンスが回ってきました。

 みたま様は二人の間に飛び込みます。


「やめて! わしの為に争わないで!」

「…………萎えたのでもう良いです。」

「なんでじゃ!」


 あまりにもベタベタな台詞に分福はやる気を失いました。

 そもそも、分福は1000歳を越えたおじいちゃんなので高校生相手にムキになる程子供ではないのです。みたま様とは違います。


「みたま様が調子乗ってるの見たらやる気なくなりました。」

「そこはもっと頑張るのじゃ! ほれ! 争え!」

「さっき争わないでって言ったじゃないですか。」

「それは言葉のあやじゃろ! それ、ふぁいっ!」


 その様子を見ていた千羽が苦笑しました。


「……なんだ、二人とも仲が良かったのか。ごめんね、誤解しちゃって。」

「和解するな! もうちょっと頑張れ!」

「いえいえ。こちらもちょっと熱くなってしまって申し訳無い。」

「大人の対応やめるのじゃ!」


 千羽と分福が普通に和解しました。双方大人の対応です。

 みたま様はもっと争って欲しかったようですが、その争いを煽る様を見て千羽が誤解に気付いたので因果応報というやつです。


「もっとわしを巡って争え!!!」


 みたま様が最低な事を言っていますが、どうやらこれに乗っかる者は誰もいないようです。揉め事かと集まっていたギャラリーもぞろぞろと解散しました。


「じゃあ、今日一日が終わったらこのジャンルは終了という事で。放課後は私はお呼ばれしてるのでみたま様先に帰って洗濯物取り込んどいて下さい。」

「なんでお主だけ良い感じに楽しそうな学園生活漫喫してるのじゃ~!」


 その後は何事もなく、みたま様は普通の一日学校体験をしただけで逆ハーレムもののジャンルを終えました。




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