第7話 お狐さま in グルメ




「さて、今夜わしが頂くのは、"ふわふわ卵のおむらいす"です。」

「U○er ○atsのCMですか?」

「いや、でりばりーじゃなくお店で食べるのじゃ。」


 今日、みたま様と分福は町に出ています。

 普段は巫女服で生活しているみたま様ですが、今日は現代日本風のカジュアルな服装に身を包み、尻尾と耳を隠しています。

 分福も同じく一般的な青年の姿に化けていました。


「さて、今回わしが挑戦するじゃんるは、"ぐるめ"です。」

「その言い回しハマってるんですか?」


 某食品デリバリーのCMの言い回しを真似しつつ、みたま様はとある一軒の煉瓦の壁の前で立ち止まりました。


「流石に"グルメ"は私でも分かりますよ。ご飯を食べるやつでしょ?」

「その通りじゃ。これは昨今の人気と言わず、漫画に限らず昔から変わらず人気のあるじゃんるじゃな。」

「最近のグルメ漫画も昔とあまり変わらないんですか?」

「いんや。割とやりつくされた感はあるから趣向は色々と変えられておるなぁ。」


 みたま様はうーむと何やら考えます。


「他の人気漫画から"すぴんおふ"したり。りあくしょんに個性を持たせたり。名店の紹介だけじゃなく、割と些細な身近なぐるめを紹介したり。とにかく色々じゃ。」

「へぇ~。色々とあるんですねぇ。」

「まぁ、一言に言い表せんし、あげるときりがないんじゃが。とにかく、共通して言える事は『うまいめしはいつの時代も愛される』という事じゃな。」

「それは確かにそうですね。」


 珍しく分福もツッコミを入れずにすんなりと頷きました。

 

「ちょっと"へびー"なじゃんるが続いたので、ここらで一旦箸休めじゃ。」

「箸休めと言いつつ、これからご飯を食べるんですけどね。」

「上手いこと言うのう。この後、旨いものを頂くのじゃが。」


 はっはっは、と珍しく穏やかに笑い合って、みたま様と分福は目の前にある煉瓦作りの建物のドアを開きました。 


「頼もー!」

「道場破りかな?」


 入店から早速普通のグルメ漫画になるのか不安を感じる挨拶をかましつつ、みたま様と分福はレストランに入店します。

 そこはカウンターのみがある手狭な店で、カウンターを挟んでコックの格好をした店主が入った厨房がそのままありました。既に入っている客の分の調理をしているのか、入って早々にジュウジュウとフライパンが立てる心地良い音と、香ばしい匂いが二人を歓迎してくれます。


「らっしゃい。お好きなお席にどうぞ。」


 どこか素っ気なく感じる声色で言う店主は無骨な印象を与える男です。職人気質とでも言うのでしょうか。硬派な料理人だと一目見ただけで分かりました。

 みたま様と分福は隣り合った席に座ります。カウンターに置かれたグラスと水差しの手前には「お水はセルフサービスです」と書かれており、早速分福はグラスを二つ取って水を注ぎました。

 みたま様は水に口をつけつつ、メニューを開きます。とは言っても、既にみたま様は入店前からほぼ頼むものを決めていました。さっと目を通すと「ほれ」と分福にメニューを渡します。


「わしは、"ふわふわ卵のおむらいす"じゃ。」

「うーん。じゃあ、私は"ハヤシライス"で。」


 注文をすれば、店主は「あいよ」と短く返事をします。

 此処からは料理が出てくるのを待ちます。


「なんでお主は"はやしらいす"にしたのじゃ?」

「なんとなくですけど。」

「お主、狸じゃろ。玉ねぎとか大丈夫なのか?」

「狸と言っても妖怪ですよ。イヌ科扱いしないで下さい。」


 みたま様は元は狐の妖怪であり、分福は元は狸の妖怪であった式神ですが、どちらも別に狐や狸の動物のままという訳ではありません。妖怪になり、更に人型で過ごす上で食生活は人間のものに近くなっているのです。


「でも、わしは昔からいなり寿司好きじゃぞ。食の好みそんなに変わっとらん。」

「あぁ、そう言えば好きですよね。ところで、みたま様こそ何故オムライスを? 来店前から決めてたようですが。」

「今回の"ぐるめ"に挑戦するに当たって、ねっとのれびゅーで調査したのじゃ。美味そうじゃったから選んだ。」

「オムライス好きでしたっけ?」

「いや、本当に美味しそうだったんじゃって。普段食べなくても美味しそうなの分かる料理とかあるじゃろ?」

「あー、分かります分かります。あんまり好きじゃないけどうなぎの蒲焼きとか美味しそうだと思います。」

「じゃろじゃろ?」


 みたま様と分福がそんな他愛ない食の話をしている最中にも、店主の調理は進んでいるようです。チキンライスを炒めるケチャップの焦げる香りが漂ってきて、すぅっとみたま様は息を吸います。


「はぁ~、良い香りじゃのう。」

「あぁ~、ちょっとオムライスになびきそうな自分がいる。オムライス一口下さいよ。私のハヤシライスもあげますから。」

「よいぞ。」


 ジュウジュウと炒める音が心地良く聞こえてきます。

 チキンライスに続いて、今度はバターと卵に火を通す甘く香ばしい香りが漂い、みたま様と分福はじゅるりと涎を垂らしました。

 見惚れてしまうような手際でさっさと動く店主の手元は常に綺麗に整っており、その流れるような手際を見ているだけでも価値があるように思わせます。

 盛りつけられたチキンライスに、綺麗に整ったオムレツが乗り、店主がスッとナイフをいれるとオムレツはふわっとほどけてチキンライスを包み込みました。

 ふわふわ卵の看板に偽りなしと言わんばかりの、見た目にもふわふわだと分かる卵にくるまれたオムライスの上に、店主は小さな鍋から掬い上げたつややかなデミグラスソースをすっとかけると、写真で見るような一皿がたちまち出来上がりました。

 続けて店主は炊飯釜を開き、別の更によそうと並行して温めていた既に煮込まれたハヤシライスソースをさっとかけます。


 ほぼ同時に完成した二つの料理を、店主はカウンター越しにみたま様と分福に差し出しました。


「オムライスとハヤシライスでーす。」


 皿を受け取り、既に前のめりな食欲を抑えきれないみたま様と分福。

 早速手元に皿を置き、二人揃って手元に置かれたスプーンを手に取りました。

 一緒に手を合わせて、声を重ねて祈りを捧げるように一言。


「いただきます。」


 二人同時に食事が始まりました。

 まずは料理の見た目の感想などの言葉を発さずに、黙って一口目をスプーンに掬います。

 みたま様の"ふわふわ卵のオムライス"は、スプーンで触れただけで半熟気味の卵の柔らかさが分かりました。中のケチャップの香ばしい匂いが溜まらないチキンライスは、程よい柔らかさで盛られており、スプーンは抵抗なく、オムライスの形を崩す事なくスッと通ります。

 ソースを程よくつけて、スプーンに載せた一口に、ぱくりと齧り付きます。


 口に含んだ時点で分かる、バターと卵の幸せな甘みと、焦げたケチャップのツンとした酸味と甘み、そして濃厚で旨みたっぷりのお手製デミグラスソースのコラボレーション。噛み締めるまでもなく、それは口いっぱいに広がりました。


「ん~~~~~!」


 みたま様の思わず頬が綻びます。気付けば味覚と嗅覚に全てを託すように、自然と目が閉じていました。ゆっくりと口に含んだオムライスを噛むと、程よい大きさに切られたチキンの食感も混じり、鳥肉の旨みも更に広がります。口に含んで美味しい、噛み締めて美味しい、柔らかさと程よい硬さのコラボレーションが、更にみたま様を幸せへと誘いました。


 咄嗟に出てくるのは「うまい」という言葉ではなく、言葉にならない唸り声でした。ごくりと一口目を飲み込むと、そこで初めてみたま様は言葉を出す事ができました。


「~~~~うまいっ!」


 それは感想というよりも、その美味しさを、一緒に食事に来た分福に共有したいが為の言葉でした。すぐさま分福の方を振り向けば、分福もまた一口食べたハヤシライスに頬を緩めているところです。


「……これは美味しいですね。」


 淡々と感想を述べる分福も、表情はゆるゆるです。

 

「一口どうじゃ?」

「みたま様もどうぞ。」


 相手にくれというよりも、その感動を共有したいという気持ちがはやり、互いに先に自身の皿を勧めます。

 

「小皿と新しいスプーンとかいります?」

「あ、いいんですか? じゃあお願いします。」


 カウンター越しに掛かる店主のご厚意を受けて、分福は小皿二つと新しいスプーン二本を受け取ります。小皿に互いの料理を一口分、新しいスプーンを使って取り分けると、それぞれ相手の料理も口に運びました。


 ハヤシライスもまた絶品でした。

 とろりとしたソースに、柔らかく煮込まれた野菜、口に含めばほろっと消えてしまい旨みを残していく肉……オムライスの幸せな味とは違う、大人びた上品な味わいです。

 再び小さく唸るみたま様の横で、分福もオムライスに「おお」と驚きの声を漏らしていました。


「ハヤシライスもいいのう……。」

「オムライスすごいですね……。」


 互いの注文した料理を褒めあい、再び自身の料理に視線を戻します。

 此処からは自身の料理と向き合う時間です。

 ぱくぱくぱくと繰り返し食べたところで飽きる事のない変わらぬ美味さ。スプーンがどんどんと進みます。

 

「はっ!」

「えっ? 急に何です?」


 半分くらいまで無言で食べ進めた後に、みたま様が何かを思い出したように手を止めました。


「あまりにも美味しくて黙って食べ続けておった!」

「いや、別にいいじゃないですか。」

「わしらが挑戦しているのは"ぐるめ"というじゃんるじゃ! ただ黙々と食べているのは絵的にどうなんじゃ!」

「いや、美味しいものをそのまま楽しむだけじゃ駄目なんですか? グルメってそういうものなんじゃ?」


 みたま様はやれやれと首を振ります。


「分福よ。お主がいつも見ている"わいどしょー"で、食れぽで黙っているりぽーたーはおるか?」

「……まぁ、いませんけど。」

「わしらはこの美味さを上手い事伝えないといかんのじゃ!」


 そう、今回は美味しいものを食べに来ただけではありません。

 あくまで"グルメ"というジャンルに挑戦しに来たのです。

 美味しいという事実だけではなく、人気を集めるリアクションが要求されているのです。

 それを思い出したみたま様は、オムライスをスプーンに載せて、ぱくっと食らいつきました。ここまでは先程までと一緒です。ここからが腕の見せ所なのです。


「あはぁん……。」


 頬を赤らめ、舌を出し、瞳を上へと動かして、みたま様は奇妙な声を漏らしました。


「どうしたんですか急に変顔して。」

「変顔とはなんじゃ!」


 どう見ても変顔でした。


「これが最近のぐるめのりあくしょんなのじゃ!」

「その変顔が?」

「変顔ではない! 美味しいご飯の幸せから恍惚とした表情をしたのじゃ!」

「恍惚とした……?」


 「恍惚とした」とは、うっとりとしていたり意識が奪われているような様のことなのです。


「"めしの顔"とも呼ばれる最近のぐるめの新たなりあくしょんなのじゃ! ご飯に恍惚としてえっちな顔をしたり、服が弾け飛ぶのがうけるのじゃ!」

「なんで食欲と一緒に性欲満たそうとするんですか現代人は。」

「わしに聞くなよ! わしだって知らんし!」

「じゃあやらないで下さいよ。」


 正論を返されて、ぐぬぬと怯んだみたま様は、とりあえず"メシの顔"というやつは諦めました。


「……なぁ、さっきのわしの顔本当にえっちじゃなかったか?」

「普通に変顔にしか見えなかったですけど。」

「そうかぁ……。」

「なんでへこんでるんですか。あと、食事中にエッチだの何だのの話するのやめて下さいよ。食欲失せるでしょ。」


 正論に正論を重ねてみたま様のメンタルをボコボコにしつつ、分福は黙々とハヤシライスを食べていきます。口を尖らせて拗ねるものの、温かい内にオムライスを食べてしまいたいので、みたま様は拗ねるのも程々に食事に戻ります。


「……じゃあ、食れぽするかぁ。」

「できるんですか? 何にでもマヨネーズかける味覚バカなのに。」

「お主は今全国の"まよらー"に喧嘩を売ったぞ! わしにだってできらぁ!」


 みたま様は勢いよくスプーンでオムライスを掬って、ぱくっと豪快に齧り付きました。


「卵がとってもふわふわしているのう。」

「"ふわふわ卵のオムライス"ですからね。」

「デミグラスソースが掛かっているわ。」

「見た目で分かります。」

「こんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてじゃ。」

「具体的な感想ですらなくなった。」

「地球に生まれて良かったぁ~~~!」

「パクリですし、それ食レポする人の台詞じゃないです。」

「駄目だしばっかするなぁ!!!」


 半泣きでみたま様が分福の方をひっぱたきました。


「そこまで言うならお主がやってみろ! わしも駄目出ししてやるのじゃ! 食れぽ勝負じゃ!」


 ビシッと分福を指差して、みたま様が宣戦布告します。

 分福はじろりと横目で見ると、ぱくっとハヤシライスを一口食べて、ふぅと息を吐きました。


「プロが仕事としてやるような事を素人が簡単にできる訳ないじゃないですか。やりませんよ。」

「んな!?」

「誰かに"美味しいを伝える"のは立派ですけど、私達にとって重要なのは私達自身が"美味しいと思う"ことじゃないですか? ここの料理は美味しい。それ以外に何がいりますか?」

「うぐぐ……!」


 真っ当な反論を受けて、これ以上食いつくこともできずに、みたま様はオムライスに食らいついて気分を切り替えます。


「……美味しいのう。」

「美味しいですね。」


 本当に美味しいものの前では蘊蓄や言葉は不要。

 ただ、本人が美味しいと思えればそれでいいのです。

 誰がどう思おうとも、その美味しさが伝わらずとも、自分が美味しければいいのです。

 その事に気付いたみたま様は、しみじみと残り少なくなったオムライスを見つめて、ぽつりと呟くように言いました。


「ここの料理は美味しい……それだけでいい……目から鱗じゃな。わしもまだまだじゃのう。この感動を言い表すとしたら……。」


 みたま様は腕を組み、目を閉じて黙ります。

 そして、しばらく黙って目を閉じ、再び目を開いてオムライスを食べ始めました。


「言い表すとしたら何ですか?」

「すまん。何も思い付かなかった。」


 見切り発車で閉めようとしましたが無理でした。

 みたま様と分福は共にほぼ同時に皿を綺麗にし終えると、パンと手を合わせて揃って頭を下げます。


「ごちそうさまでした。」


 美味しく最後まで頂けました。

 すると、みたま様の前にトンと小さな皿が置かれます。

 みたま様が何事かと思い不思議そうに顔を上げると、店主が僅かに笑みを浮かべておりました。


「ほれ、これサービス。」

「えっ?」


 小さな皿にはプリンが載っていました。

 

「お嬢ちゃん美味しそうに食べてくれるもんだからさ。貰ってくれるかい。」


 粋なサービスを受けて、みたま様はきょとんとした顔から、たちまちあどけない笑顔に変わります。


「ありがとうなのじゃ!」

「おう。お兄ちゃんもあんまり妹さん苛めるなよ。」


 どうやら兄妹で店を訪れたと勘違いされているようです。

 妹をいじめていたと勘違いされた分福は苦笑いしつつ「ありがとうございます」と一言お礼を告げました。 

 出されたプリンを手元に引き寄せ、みたま様はさっそく一口ぱくりと食べます。

 市販のものとは違うお手製プリンの甘みに、みたま様の頬はゆるゆるに緩みました。


「ん~~~!」


 なめらかな食感とふんわり広がる甘さ、上から掛かったちょっぴりほろ苦いカラメルソースと卵の風味が活きた自然な甘みとの絶妙なバランス、何をとっても最上級です。

 プリンを食べて改めて分かるのは、この店で仕入れている卵へのこだわり。先のオムライスも卵が格別に美味しかったのです。

 そして、サービスという粋な計らいがスパイスとなって、一つのコース料理のようにみたま様の食事は完成したのです。


「わしは感動した……ここで一句。」


 みたま様は天を仰いで、目を閉じました。


「古池や 狐飛び込む 水の音。」

「パクリな上に料理関係無い一句出てきた。」


 とにかく、感動したようです。




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