第3話 お狐さま in 異世界転移(後編)




 信仰を取り戻すために、昨今の人気ジャンルに挑戦する事にした忘れられた神様、みたま様。

 みたま様は式神の分福と共に異世界転移をしました。

 しかし、早速悪い人攫いに騙されて、悪徳レストランに連れ込まれてしまいます。

 睡眠薬を仕込まれた水を飲まされたみたま様はの運命や如何に……!?




「おかわり!」

(なんで眠らないんだよこのクソガキ……!)


 睡眠薬入りの水を一気飲みしてもまるで応えていない様子のみたま様。

 それどころか既に三杯目のおかわりをしています。

 みたま様は腐っても神様、毒の類いは一切受け付けないのです。


「それにしても美味いのぉ、この水。何か入っておるのか?」


 むしろ、美味しいようです。


(クソ……! どうなってんだこのクソガキ……!)


 悪い人攫いのワール・ヒトラサイは焦りました。

 睡眠薬をガブ飲みしてるのにまるで眠らないみたま様、本来であれば眠らせた後に売り払う手筈でした。

 みたま様を誘い出す為に切り出した「冒険者パーティーに入れる」という話は全くの嘘っぱちなので、眠らない場合のプランなど考えていなかったのです。


「お、お待たせ……。」

「ほほう! これは美味そうじゃのう! いただきますなのじゃ!」


 ワールとグルの店主も引き攣った顔で普通に料理を運んできました。

 普通なら眠ってる頃合いなのでわざわざ料理を運んでくることはないのですが、眠らないのだから運んで来ざるを得ません。

 みたま様は未だ睡眠薬が効かない様子のまま、運ばれてきた料理に手を付け始めました。 


(クソ……! こうなったら力尽くで連れてくか……? 所詮は子供……負ける事はないはずだ……!)


 ワールが負けフラグとしか思えない内心の言葉を呟きつつ、強攻策に出る選択肢を取るか迷っていると、みたま様はぱくりとステーキを口に含みました。

 次の瞬間、みたま様の顔から笑顔が消えました。


「……これ、美味しくないのう。」


 まさかの料理への駄目だしです。

 打算的な理由で誘い込んだものの、一応奢る立場にあり、更にオススメしたワールはまさかの別ベクトルからの攻撃を食らいました。

 別に騙して売り払う為に仕組んでいた事なので、何を言われようと構わない筈なのですが、これはこれでワールは若干ムカッとしました。


(み、みたま様! それは失礼ですって!)

(だって、これ味薄いんじゃもん! ごむ食ってるみたいじゃ!)

(それ絶対に口に出さないで下さいよ! ワールさんも店主もブチギレますよ!)


 みたま様は分福に普通に叱られて、不満げに唇を尖らせてから袖口に手を突っ込みました。そして、スッと取り出したのは淡い黄色の何かが詰まったボトルのような何かです。見ていたワールが首を傾げます。

 それは、この世界には存在しないようですが、現代日本において"マヨネーズ"と呼ばれる調味料でした。

 みたま様はおもむろにマヨネーズを鬼イノシシのステーキにぶっかけました。


「な、何を!?」

(みたま様!?)


 突然の暴挙にワールと分福が驚愕します。

 料理店に許可されていない自前の調味料を持ち込んでかけるのは普通にマナー違反なのでやめましょう。

 マヨネーズをかけたステーキを再び一口ぱくりと食べると、みたま様に再び笑顔が戻りました。


「うむ! 美味しくなったぞ!」


 みたま様はマヨラーなのです。

 分福が耳元で駄目ですってそれは!と制止している傍らで、ワールはみたま様が突如として取り出した謎のねっとりとした物体を興味深そうにまじまじと見つめていました。


「あの……これは一体?」

「これは"まよねーず"というものじゃ! 万物を美味しくいただけるようになる魔法の調味料じゃ! わしはこれがあれば雑草でも食える!」

(神様が雑草食わないで下さい。)


 遅れてワールの分の鬼イノシシのステーキを持ってきた店主が、先に運んで来たみたま様の皿を見てぎょっとしました。

 自分の作って持ってきた料理にいつの間にか得体の知れないねっとりとしたものがのっかっているので当然とも言えます。

 「おまち」と皿を置きつつも、その視線はみたま様の皿の上をずっと追っています。

 そんな視線があるともつゆ知らず、みたま様はワールの興味深そうな視線を心地良く思ったのか、マヨネーズのボトルを差し出します。


「どうじゃ? お主も試してみるか?」


 ワールは若干怖く思ったものの、みたま様の幸せそうな笑顔を見て興味津々でした。恐る恐るボトルを受け取り、皿の隅っこに若干量だけマヨネーズを絞り出しました。そして、ステーキ一切れにほんの少しだけマヨネーズを付けて、匂いを嗅ぎながらゆっくりと口に運び……。


「…………!」


 カッと目を見開きました。


「なんだ……クリーミーでまろやかな味わいは……!? そして、クリーミーでまろやかで居ながら、濃厚なコクがある……!? あわせて不思議な酸味もあり、このねっとりとしたソースの中に幾つもの奥深い味わいが同居している……!? これはまるで……食のカオスキマイラや!!!」


―――――――――――――――――――――――――――

 <カオスキマイラ>とは?

 ブルデン地方に生息している強力な魔獣。

 ベースはライオンに翼や蛇の尻尾が生えたような見た目をしている。

 雑食でありとあらゆるものを食らいつくし、更に食らったものの特長を自身に反映する特性を持つ。

 成長したカオスキマイラは様々な生物の特長を持った難敵。

―――――――――――――――――――――――――――


 ワールのリアクションを見て、分福は驚愕しました。


(食レポ!?)


 ワールのリアクションを見た店主がそわそわしているのを見て、ワールはマヨネーズを載せた皿を店主に差し出します。店主もマヨネーズを一舐めします。そして、目をカッと開きました。


「なんだこれは……!? これは……油の他に……卵を使っている……!? いや、それだけじゃない……このクリーミーなまろやかさは……そうか、全卵ではなく卵黄のみを使っているのか!? しかし、この酸味の正体は一体……!?」


 グルメ漫画によく出てくる何故か隠し味とかを普通に見抜いてくる高レベルな試食の人みたいな分析をする店主に、みたま様はドヤ顔でふっふと言いました。


じゃよ。」

「酢……! なるほど……!」


 店主は感嘆し、みたま様の前で膝を折って視線を合わせました。


「こ、このソースのレシピを私に教えてくれないか!?」


 みたま様はフフ、と笑いました。


「"そーす"は料理人の命じゃ。教える訳にはいかんよ。しかし、"まよねーず"をお主に提供する事ならしてやらんでもない。」

「そ、そうか……い、いや! 提供して貰えるだけで有り難い!」


 もっともらしい事を言ってますが、みたま様は単純にマヨネーズの作り方を知らないだけなのです。

 料理人の命とか言ってますが、このマヨネーズも普通の市販品です。

 みたま様は市販のマヨネーズを転売しようとしているのです。


「そうじゃな……"まよねーず"……いや、"みたまよねーず"としてお主に特別に売ってやろうぞ。」

(それ、キュー○ーマヨネーズですよね?)


 勝手に名前を付けて自分の手柄にする傲慢さは神様故のものではなく、みたま様独自のものなのです。




 そんなこんなで一応今の手持ちのマヨネーズを十本ほど売って、ぼったく……神様プレミア価格で結構なこの世界のお金を稼ぎ出したみたま様。


「どんだけマヨネーズ持ち歩いてるんですか。」

「まよねーずはわしの"そうるふーど"じゃからな。」


 生産者表示として自身のプロマイドを飾ることを義務づけて、提供する際には"みたま様のみたまよねーず"として出す事を条件にし、みたま様はレストランを後にしました。


「生産者はキュー○ーでしょ。」

「この世界ではわしが初めて持ち込んだんじゃ。だからこれでいいのじゃ。」

「図々しいなぁ。」

「何はともあれ、現代知識で成り上がりの第一歩は踏み出せた訳じゃ。まよねーずの名声と共に、わしの知名度も鰻登りじゃ。」


 店の表でそんな話をしていると、店の中から慌ててワールが飛び出してきました。


「ちょ、ちょっとあんた!」

「あん? どしたんじゃワール?」


 ワールはへへへとにやけ面で、手揉みしながら話しかけてきます。


「あ、あんた一体何者なんだい? 旅の料理人か何かなのかい?」

「料理人じゃないわ!」


 みたま様は「ふふん!」と胸を張って、両手できつねの形を作って頭の上で両腕を交差させ、更に足も交差させてポーズを取ります。


「わしは異なる世界よりやってきた神様! "金剛鬼伏百尾稲荷こんごうきふくひゃくびいなり"、人呼んでみたま様なのじゃ!」

(なんですかその格好悪い決めポーズ)

(格好良いじゃろが! これから名を広めるにあたって決めぽーずとかは必要じゃろ!)

(必要かなぁ……?)

 

 みたま様の格好悪……格好良いポーズを見たワールは「はは」と苦笑いしていました。


(ほら、ワールが呆れてますよ。)

「な、なんじゃ! そんな変人を見るような目で見て!」

(そら傍目から見たら変人ですもん。)


 ワールはおっとと口を隠して、にへらと誤魔化す様に笑いました。


「そ、そいつぁお見それしました……! 神様とは知らずとんだ無礼を……!」


 手揉みしながらワールはへこへこしています。

 実際は「異なる世界の神様」等という戯言をカケラも信じていないものの、利用価値が高い相手だと思って媚びへつらっているのが明らかです。

 しかし、神様として尊敬される事が久し振りのみたま様はもう有頂天です。


「よいよい! わしは懐が深いからのう!」


 気分を良くしているみたま様を見て、ワールはにたりと嫌らしく笑いました。


「先程のお話ですが……あっしらのパーティーに入っていただくのは如何でしょうか? みたま様のご威光に是非とも預かりたく……。」


 そういえば、ワールには冒険者パーティーに誘われていたのだとみたま様は思い出しました。


「よいよい! 入ってしんぜよう! わしの手に掛かれば"どらごん"も"まおー"もいちころじゃ!」

「なんと! 不思議な知恵を持つだけでなく、争いの力も持ち合わせていると!」

「ふふふ! わしはかつて百の鬼をねじ伏せ支配した大妖怪じゃ! 荒事こそがわしの本領じゃ!」


 ワールは話半分に聞いていました。

 神様というのも与太話だと思っていましたし、ドラゴンも魔王もイチコロというのも冗談だと思っていましたし、百の鬼をねじ伏せたというのも作り話だと思っていました。

 先のマヨネーズを始めとした異教の文化を持っているというだけで、みたま様に利用価値を見出しただけなのです。


「へへへ……ところでみたま様、何か"まよねーず"の他にも便利なものとか持ってるんですかい?」

「わしはドラ○もんじゃないんじゃが。」

「ドラ……?」


 異世界人に現代日本の漫画知識は伝わらないのです。

 ネタは通じなかったことは置いておいて、ここまでおだてられてニッコニコだったみたま様はムッとしました。

 

「わしの持ち物を気にしておるのか? わしは冒険者になって"どらごん"や"まおう"を倒すつもりだったんじゃが。」

「あ、いえそういう訳では……しかし、いきなりドラゴンや魔王はハードルが高すぎるんじゃ……。」

「何を言うか! わしは神様じゃぞ! 楽勝に決まっておろう!」

「しかしですね……冒険者にはランクってモンがありまして……あっしらのランクじゃそんな高難易度の依頼は受けられないんですよ。」

「なんじゃそれは! 身分証が必要だとか、らんくが云々だとか色々と面倒臭いのう異世界も! ちょろっと行って倒してくるんじゃ駄目なのか?」

「いや、ランクが足りないとそもそも高難易度の依頼のエリアにすら入れないので……。」


 ぐぬぬ、とみたま様はたちまち不機嫌な顔になりました。


「わしの思ってた異世界転移ものと違うのじゃ! わしはそういうこつこつやるのじゃなくて、もっとどかっと人気者になりたいのじゃ!」

(異世界でも順序があるって事ですよ。)


 みたま様が下らない駄々を捏ねるのはいつもの事なので、分福からしたら大した事ではないのですが、気が気でないのはみたま様を利用しようとしていたワールです。

 不満たらたらで下手をしたらパーティー入りの話を蹴りそうな状況を快く思っておりません。

 そして、続くみたま様の一言が完全に決め手になりました。


「そうじゃ! じゃあ、最初からランクの高いパーティーに入れて貰えばいいんじゃないか!?」

(いくらなんでも失礼では!?)


 失礼ここに極まれりな自己中発言が、完全にワールに一線を越えさせました。

 

(このクソガキャあ……! 黙って聞いてりゃ好き放題言いやがってよォ……!)


 もうこのワガママなクソガキのご機嫌取りをするより、力尽くで従えさせた方が手っ取り早いとワールは判断しました。


「…………では、みたま様。あっしらのパーティーよりも高ランクのパーティーを紹介しましょうか?」

「む! 本当か!? 是非お願いしたいのじゃ!」

「では、ちょっと連絡してみますので少々お待ちを。」


 交信の魔法札を取り出し、ワールが連絡をするのはアジトに滞在する自身の仲間達です。ワールの所属するのは巨大な盗賊集団なのです。窃盗、盗掘、人身売買、何でもござれの極悪集団が潜むアジトに、ワールはカモを連れていくと連絡を入れました。これで盗賊集団はターゲットを捉えるために待ち構える事でしょう。

 そうとは知らずに、みたま様は美味しい話にウキウキと大喜びです。


「お待たせしました。今からお連れしますんで。」

「うむ! 宜しく頼むぞ!」


 みたま様は狐耳をぴょこぴょこ、尻尾をふりふりしながら、暢気にもワールの後について行ってしまいました。







「本当に申し訳ありませんでした……。」


 盗賊集団がみたま様に土下座していました。

 アジトに踏み入ったみたま様に一斉に飛び掛かった盗賊集団でしたが、一瞬で返り討ちに遭いました。全身ボロボロ、顔面がボコボコに痛々しく腫れ上がった盗賊集団がその凄まじい暴虐をまじまじと知らしめておりました。

 みたま様は腐っても神様、めちゃくちゃくに強いのです。


「ほら、だから言ったじゃないですか。ワール・ヒトラサイは悪い人攫いだったんですよ。」

「わしはとっくに見抜いておったがの。漫画の登場人物の名前はこれでもかってくらい安直な事があるからの。」

「嘘だぁ。みたま様本気で喜んでたじゃないですか。みたま様、自分が本気で喜んでる時は尻尾振る癖あるの気付いてます?」

「んな!? わしの臀部でんぶを見ているとはお主もえっちじゃのう!」

「馬鹿も休み休み言えババア。」

「分福!? あるじになんて口を聞くんじゃ!?」


 そんなコントはさておき。

 みたま様は土下座する盗賊集団を見下ろしにたりと笑います。


「さて、この愚か者共をどうしてくれようかのう。」

「警察みたいなところに突き出します?」

「そうじゃな。しかし、全員連れていくのも大変じゃし、こいつらの首だけでも持っていくか。」

「か、勘弁してください!!!」

「かっかっか! 冗談じゃ!」


 みたま様は冗談だと言って笑いましたが、目だけが笑っていません。

 分福は昔のみたま様を知っているので、割と冗談抜きでそういう事をできる神様であると知っています。みたま様は妖怪からの成り上がり神様なので、結構残酷な事もできるのです。


「とりあえず、ここに警察みたいなやつを呼び出せばいいかの。わし、ここで見てるから分福、呼んで参れ。」

「承知致しました。」


 分福はふよふよと飛びながら、盗賊集団のアジトを出て行きました。

 初めて式神と主のようなやり取りをしたところで、みたま様はすたすたと盗賊集団のアジトを歩いて見て回ります。

 アジトの奥には鉄格子があり、中にはボロボロの装いの子供や女性、獣人など様々な人が閉じ込められておりました。

 それは人攫いもやっている盗賊集団が捕らえた奴隷のようなものでした。


 みたま様はふむ、と鉄格子に両手を掛けると、まるでゴム紐のようにぐにゃっと鉄格子をねじ曲げて、人が通れるだけのスペースを作りました。


「ひっ!」


 みたま様の鬼神が如き戦いを見て、更に尋常ならざる怪力を目の当たりにした奴隷達がびくりと怯えます。

 みたま様は怯える奴隷達に、にっと八重歯を見せて笑いかけました。


「ほれ、とっとと出るのじゃ。直に助けも来るじゃろうし、保護して貰うと良かろう。」


 奴隷達は戸惑いながら顔を見合わせます。

 荒ぶる神の一面の後に見せた、慈悲深い神の一面に戸惑っているようです。

 そんな奴隷達を余所に、みたま様は適当に転がっていた椅子を拾って、どかっとそこに腰掛けて、土下座する盗賊集団を見下ろします。


「はぁ。せっかく異世界に来たのに、人間を懲らしめる事になろうとはのう。"どらごん"、"ごぶりん"、"まおう"……そういう"もんすたー"を懲らしめる予定じゃったのにのう。異世界っぽい事全然できておらんのじゃ。」


 ガッカリしながらげしげしと土下座する盗賊集団を足蹴にしていると、一般人風の男に率いられて、鎧を身につけた兵士のような人間がぞろぞろとアジトに乗り込んできました。


「こ、これは一体……!?」

「おお、来たか。こいつら人攫いの悪党じゃ。しょっ引いてくれ。」


 土下座する盗賊集団を見回し兵士達はとても驚いている様子でした。

 その兵士達を引率してきた一般人風の男は、みたま様の傍に立ちます。その男の顔を見上げて、みたま様はうむと頷きます。


「ご苦労、分福。」


 一般人風の男は分福が人間に化けた姿です。衛兵を連れてここまでやってきたのです。大まかな事情を角が立たないように説明をして連れてこられた衛兵達は、すぐに事態を飲み込みました。

 土下座している中に指名手配中の盗賊が居た事もあり、盗賊集団はあっさりお縄となったのです。


「ご協力感謝いたします!」

「うむ。」


 盗賊集団を制圧してアジトを通報したとして、みたま様は衛兵達に敬礼を受けました。みたま様も感謝されるのは満更ではないのですが、形式張った感謝を伝えられているという事もあり、神様らしく威厳を保ちながら尻尾を振っていました。


「此度の盗賊集団捕縛につきまして、正式に表彰をさせて頂きたいのですがご同行願えますでしょうか。」


 みたま様は何やら表彰されるそうです。

 偶然、騙されての事とはいえ、結果的に異世界にてみたま様は功績を上げる事ができたようです。




 みたま様は盗賊集団捕縛の功績を認められ、表彰を受けることになりました。

 それに伴い身元を確認された際に、再び身分証の提示を求められましたが、分福の機転にて遠い地からやってきた旅人であると説明をしました。

 結果として今回の貢献を認められ、名誉市民として身元を保証される事にもなりました。

 更に、念願の身分証を手に入れた事に加えて、盗賊集団捕縛という功績のお陰でみたま様は一気に高ランクの冒険者として冒険者組合に登録できる事になったのです。


 夜も遅くなったので、みたま様と分福は宿を取り、今日は休むことになりました。


「ふふふ……! どうじゃ、分福! わしは着実に成り上がっておるぞ!」

「偶然に偶然が重なっただけでしょうに。」

「偶然をものにするのも異世界転移の主人公なのじゃ!」


 ベッドに腰掛けながら、嬉しそうに尻尾を振るみたま様。

 その様子を見て、人魂形態に戻った分福はやれやれと思いながらもぼそりと言います。


「……まぁ、今日はよく頑張ったんじゃないですか?」

「ん? 良く聞こえないんじゃが? 何か言ったかの?」

「……耳が遠いお婆ちゃん。」

「今のははっきりと聞こえたぞ!」


 分福は駄目だししたり嫌味や皮肉を言いつつも、今日の盗賊をバッタバッタと薙ぎ倒すみたま様の姿には久々に見惚れてしまっていました。

 その身ひとつで鬼達をねじ伏せた大妖怪の姿を思い出しつつ、分福はぶんぶんとみたま様に振り回されます。


「ふん! 分福は意地悪じゃ! もういい!」


 むすっとしたみたま様は、ベッドにごろんと寝転びます。


「明日は冒険者としていよいよ"もんすたー"退治じゃ! ごぶりん、どらごん、まおう……わしが片っ端からねじ伏せてやろうぞ!」


 みたま様はうきうきと耳をぴょこぴょこ動かしながら、懐からスマートフォンを取り出しました。

 電源を入れて、就寝前の日課となった漫画タイムに移ろうとします。


「はっ!?」


 みたま様は驚きの声をあげました。あまりにも迫真の声に分福もびっくりします。


「ど、どうしたんですか!?」


 みたま様はスマートフォンを見つめて、ふるふると震えています。

 分福は驚いてみたま様にふよふよと近寄ります。

 みたま様はスマートフォンを分福に向けて言いました。


「分福……ここ……電波が悪すぎるぞ……!」

「え。」

「あぷりが通信えらーで開かないのじゃ……!」


 なんと、スマートフォンは圏外になっていました。

 いや、「なんと」ではありません。当たり前です。分福は呆れた様子で言いました。


「いや、ここ異世界なんでしょう? 電波届くわけないじゃないですか。」

「んな!?」

「んな!? じゃないですよ。日本でも電波届きづらい場所あるのに、異なる世界じゃそら届かないでしょう。」


 みたま様はわなわなと震えます。


「そんな……それじゃあ、わし……この世界に居る限りはすまほで遊べないのか……!?」

「当たり前でしょう?」

「嫌じゃ~! すまほのない生活なんて考えとうない~!」

「現代人すぎる……。」


 みたま様はスマホが手放せない現代の神様なのです。

 異世界の当たり前の課題に今更気付いたみたま様は、半泣きでがばっと起き上がりました。


「もう帰る!」

「えぇ!? せっかく冒険者になれたのにですか!?」

「わしは英雄としてではなく、a○の電波の届くところで生きたいのじゃ!」

「上手い事言ったつもりですか。」

「宿代勿体ないから今日は泊まるけど、明日の朝に帰るぞ!」


 みたま様はばたっとベッドに倒れ込みました。どうやら帰る意思は固いようです。

 分福も頑なに説得する程に異世界での活動を推している訳ではないので、これ以上何も言わずに休む事にしました。


 翌朝……と言っても昼頃までがっつりと眠り、目を覚ましたみたま様は早速チェックアウトします。

 宿を出ると、そこには見覚えのあるようなないような、みたま様よりも幼い見た目の犬の獣人の少女が立っていました。

 少女は宿から出てきたみたま様を見て「あっ。」と小さな声をあげました。みたま様も少女に気付いて「む。」と小さな声をあげます。


 少女はどこか緊張した面持ちでみたま様を見上げています。

 みたま様に何か用事があるようでしたがしばらく何も言い出さずにいます。一方のみたま様も、少女が自分に用事があると理解はしているようで、動かず少女を見下ろしていました。


 やがて、互いの沈黙を破るように、少女が声をあげます。


「あ、あのっ……みたま様っ……!」

「なんじゃ?」


 みたま様はそこで前に屈んで少女と視線を合わせました。

 いつものドヤ顔のような得意気な笑いではなく、柔らかい笑みを浮かべて、少女の次の言葉を待っています。

 少女はそこで安心したのか、下がっていた尻尾を高く上げて続きを切り出します。


「昨日はありがとうございましたっ!」


 少女は盗賊集団に囚われていた一人でした。


「昨日は怖がってしまって、お礼も言えずにいて、ごめんなさいっ!」


 昨日は盗賊集団をこれでもかと素手でボコボコにしたので、囚われていた人達はみたま様を怯えた目で見ていました。その中で少女は助けられた事に対してお礼を言えずにいた事を後悔していたようです。


「みたま様のお陰で、お家に帰る事ができましたっ! 本当にありがとうございますっ!」


 少女はどうやら家に帰る事ができたようです。

 みたま様は少女のお礼の言葉に、優しく微笑みぽんと頭に手を置きました。


「よいよい。しかし、感心なわらしじゃのう。きちんとお礼を言えるとは。」


 みたま様は懐に手を入れて、ひとつの布袋を取り出し、少女の前に差し出します。


「ほれ、良い子にはご褒美じゃ。これで親御さんと美味しいものでも食べるとよい。」

「えっ……?」


 少女が袋を手に取ると、中にはじゃらじゃらとお金が入っていました。

 みたま様が手持ちのマヨネーズを売り払って手に入れたお金から、宿代や食事代を差し引いた残りがそこには詰まっています。

 これには少女も分福も驚きを隠せませんでした。


「こ、こんなもの受け取れませんっ!」

「神様の好意は素直に受け取るものじゃぞ? えっと、名は何と申す?」

「え? えっと、カナンです。」


 少女、カナンの手に布袋を無理矢理握らせて、みたま様は屈んだ姿勢を戻しました。


「達者での、カナン。要らないなら捨ててくれればよい。わしには無用のものじゃて。」


 ひらひらと手を振って、みたま様は歩き出します。

 その後ろ姿を見て、カナンは手渡された布袋をぎゅっと握りしめました。


「あ、ありがとうございますっ!」


 深々と頭を下げて、カナンはみたま様の背中を見送ります。

 彼女の目には、確かにみたま様は神様のように映りました。






「良かったんですか? せっかく稼いだお金をあげちゃって。」


 町から出て適当に開けた場所に移動してから、分福はみたま様に尋ねました。


「これから元の世界に帰るのに、この世界の金なぞ持っていても仕方なかろう。処分に困っておったし、丁度良かったのじゃ。」

「本当にそれだけですか?」


 みたま様は分福をじろりと睨んで、フンとそっぽを向きました。


「野暮じゃのうお主は。」

「これは失礼しました。」


 みたま様は神力じんりきを使い、元の世界に帰る門を作ります。




 剣と魔法の世界フォルゴトン。

 この世界で後に流行る事になる不思議な調味料をもたらし、悪の盗賊集団を滅ぼし、後にこの世界で大きく名を上げる少女を導いたとして、一部のものに語り継がれる事になる神様がおりました。

 みたま様はそんな未来を知りません。



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