第10話
転校してから2ヵ月が経った。冬木の言葉と態度もあり、馴染めたわけではないが転校二日目のような事態になることはなく、比較的平和な学校生活を送れている。あの日机に落書きを描いた人達には謝られた。元はといえば俺が冬木をいじめていたからであり、冬木を俺から守るための手段であったと思う。冬木にそう言ったが彼が聞き入れることはなかった。どんなものであっても人を傷つけて良い理由にはならないと語る彼にもう何も言えなかった。
昼休みは相変わらず屋上で過ごした。あの鳩も一緒だ。別に飼っているわけではないと冬木に伝えたときは驚かれた。この鳩、不思議なことに餌を与えたのは転校初日の一回きりで、あれから2ヵ月も経っているというのに何故か懐いているようだ。登下校の際はいつも肩か鞄に乗ってくるし、屋上に来れば必ず俺の元に飛んでくる。昼食時に弁当の中身を無理やり取ろうとする様子もなく、ただただ静かに隣に座っている。時折膝の上に乗ることもある。膝の上に乗ってその羽で俺の身体を撫でる様な仕草をするのだ。可愛らしいその仕草に、前日に父に殴られて出来た痣の痛みが和らぐような感じがした。
ちなみに冬木に対してはいまだに懐いていないようで攻撃的だ。今も膝の上で俺の隣に座る冬木へ威嚇している。
「まだ何もしてないだろう。そんなカッカするな。」
そう言いながら鳩の頭をつついている冬木も冬木だ。あ、指噛まれた。痛いと喚きながらもつつくのをやめない。そういうところだぞ。しかし何だか兄弟喧嘩みたいで面白い。つい堪えきれなくなって笑いが漏れてしまうと、冬木はいつも俺を見て嬉しそうに笑う。鳩は気持ち胸を張っているようにも見える。よく分からないが。
「秋元君、最近はどう?困っていることとか、辛いこととかない?」
俺の左腕を撫でながら冬木が聞いてくるのはこれで何度目か。保健室の先生にも同じことを言われる。恐らく二人は気付いているのだろう、俺の家庭の状況を。あの日、パニックになった自分を落ち着かせてくれたのは冬木で、意識を失っていたから確かではないが、状況からしても腕の治療をしてくれたのは保健室の先生だ。切り傷だけではない怪我の状態を見れば推測するのは簡単で。実際に以前も怪我を見られて家庭内暴力を疑われたことがあったのだ。疑うもなにも事実ではあるが、それが父にバレればまたあの日のように拷問が待っている。本気で死ぬかと思ったのだ。正しく拷問だ。しかしこれは自分にとってやらなければならないことで。
【これはお前が生まれてきたことの罪の償いだ。】
これこそが償いの儀式なのだ。
それでも心配してくれているのは分かる。それはとても嬉しいこと。心配してもらえるような資格なんて、自分にはないのに。だから今日も慣れていない笑顔を作って言う。
「俺は大丈夫だから。」
俺は、大丈夫、だから。
「君は嘘が下手だよ。これっぽっちも大丈夫じゃないじゃないか。」
辛いことはないかと聞く冬木が一番辛そうな顔をして俺の左腕を撫でていた。
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