第9話
なんというか、もう、ほんとお腹いっぱいだ、昼御飯は食べ損ねたのに。冬木の話に、顔に熱が集まるのが分かった。心臓がうるさい。でも嫌な感じはやっぱりしなくて。なんだこれ、なんだこれ。苦しいのに苦しくない。なんだこれは____。
バサバサバサッッ!!!
「うぇえッッ!ちょ、待って!なになにッ!!」
悲鳴を上げそうになったとき足元にいた鳩が冬木に飛びかかった。大きな羽の音を立てて冬木を足蹴している。
「やめてくれ!待ってってば!そんな嫉妬しないでくれよ!!悪かったって!君だって彼が好きならこの気持ちも分かるだろう!!嫉妬深い奴は嫌われるぞ...ッわああ!髪を引っ張るな!!」
何やら言い争ってる?様子の彼らを呆然と見ていると、笑いが込み上げてきた。鳩と喧嘩、おもしろい。我慢出来ずに笑い声をもらしてしまうと静かになった。疑問に思って彼らを見ると、彼らもまたこちらを呆然とした様子で見ていた。鳩は冬木の頭の上に止まっている。おもしろい。また笑い声がもれた。
「笑った、やっと笑ってくれた。笑顔も素敵だ。とても似合っているよッッて痛い痛い!!やめろぉー!!」
再び始まった鳩と冬木の攻防についに声を上げて笑った。帰ってきた保健室の先生は女性にあるまじき爆笑をしていた。冬木と共に学校を出て帰路につく。鳩は何故か俺の肩に止まって隣を歩く冬木を威嚇していた。冬木はなんとも言えない顔で俺と鳩を交互に見ている。
「秋元君、その、さぁ。」
冬木が何か言い淀んでいるが、彼の帰路との分かれ道に到達したらしく立ち止まってしまった。どうしたのかと首を傾げると意を決した顔をして俺の手を握ってきた。鳩は瞬時に羽を広げた。今まで人に触れられると怖くて震えていたのに、冬木には触れられても怖いと思わなかった。
「教室でのことは僕から皆にちゃんと注意した。皆も反省してくれたようだし、もう大丈夫。それでも何か困ったことがあれば何でも僕に言ってくれ。必ず力になるから!辛いことがあるなら、苦しいことがあるなら、痛い思いをしているなら言ってくれ。助けるから!」
真剣な顔で左腕を撫でながらそう言う冬木に、とても優しい人なのだと思った。こんな俺を気にかけてくれるなんてどこまでも真っ直ぐで純粋で...。教室でのことは本当なのだろう。だから彼に中学でのことの謝罪をしっかりと、そして教室でのことの感謝を伝えた。冬木が居てくれるなら大丈夫だと。
「そうじゃなくて、教室でのことだけじゃなくて...ッ。君の...。」
首を傾げる。どういうことなのだろうか。分からない。鳩が首もとにくっついてきた。暖かい。腕も首も暖かい。それだけでとても満たされていくようで、十分だと言うと、冬木は泣きそうな顔をした。鳩からも落ち込んでいるような気配を感じた。何かあったのだろうか。
「今は、今はまだ無理でも、僕はずっと待っているから。いつでも頼ってくれ。人は難しい。言葉にして伝えなければどうしようもならないことだってあるんだ。君の一言、助けてという一言さえあれば僕が必ず救う。周りにはたくさんの大人もいる。力になってくれる人がたくさんいるから。待ってるからね。」
冬木の帰る電車の時間が迫るギリギリまで俺の腕を撫で続けてくれた。
【これはお前が生まれてきたことの罪の償いだ。】
夕陽で伸びた自分の影がそう告げる。
言いかけた言葉は喉に詰まって出てこなかった。
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