第7話
目を開けると白い天井が見えた。独特な匂いがするこの場所は保健室か。いつの間に寝ていたんだ。左腕を見ると包帯が巻かれていた。ベッドから起き上がり、閉じられたカーテンを開けると保健室には誰も居なかった。時計の針の音と、遠くから聞こえる楽器や生徒の声。保健室は窓から照らされた夕陽でオレンジ色が広がっている。
ぼぉっとその様子を見ていると保健室の窓が叩かれた。ビクッと肩を上げて音の方を見ると、窓の外からあの鳩がこちらを見ていた。デデーポッポーと独特な鳴き声を出す鳩に窓を開ける。ごめん今ご飯持ってない。そんな謝罪の気持ちを込めて手を差し出すと鳩が己の頭を手に擦り付けてきた。えぇ、か、可愛い。ひびりながらも鳩の体を撫でると、鳩は逃げずに目を瞑り気持ち良さそうにしていた。可愛い。
「あ、目が覚めたんだね。良かった。」
後ろから聞こえてきた冬木の声に悲鳴が出そうだった。いつ入ってきたんだ。気付かなかった。いや、鳩に夢中になっていたからだろう。近づいてくる冬木に腰が抜けてしゃがみこむと、窓にいた鳩が教室に入ってきて俺の前に止まった。羽を広げカッカッカッと冬木に対して威嚇している。冬木はそんな鳩に驚いた後、困ったように眉を下げた。
「そんなに警戒しないでくれよ。鳩を飼っているのかい?随分と君に懐いているようだね。主人を守ろうと小さな身体で精一杯威嚇してる。大丈夫だよ、彼を傷つけたりしないから、ね。」
冬木は鳩の前に腰を落とすと優しく話しかける。鳩に言葉が通じると思っているのか。成績優秀な人でも不思議なことをするものだ。しかし鳩は彼の言葉を理解したのか、たまたまか、威嚇をやめて俺の隣に座った。なんとなくまだ警戒している雰囲気がある。じっと冬木から目を反らそうとしなかった。
「ありがとう。鞄を持ってきたんだ、もう放課後だからね。左腕、痛むかい?一応保健室の先生が痛み止めの薬を置いてってくれたから、痛みが強いようなら飲むといい。先生は会議でまだ来れそうにないから帰っても良いって。」
「なんで...。」
「ん?」
「なんで、そんな、優し、くするんだ。俺は、ッッ、お前のこと...、なんでッ!」
落ちる涙を拭うことも忘れて、途切れ途切れで上手く喋れない俺を、冬木は優しい目で見つめていた。鳩が俺の足にベッタリとくっついてきた。暖かい、何もかも。暖かい。
「朝も言っただろう、僕は君を責めたことなんてないよ。君は僕の太陽だからね。」
「太陽って、なに。」
そう問うと冬木は俺の顔に手を伸ばしてきた。足元でバサッと羽を広げた音が聞こえた。怖くて身体が強張るが、冬木は優しく俺の頬に手を添える。
「君の瞳だよ。太陽、どちらかというと夕陽だけど、本当に美しい。初めて見た時から、僕は君の瞳が大好きなんだ。」
息を飲んだ。あの時も冬木は自分の瞳を見て綺麗だと言っていた。あの頃はそれに心底苛立って殴ってしまったが、今は何故か胸が暖かくなるのを感じた。俺の瞳を見つめる冬木は愛おしそうな顔をしていた。あの母とは違う、ドロドロしたものではなくて。ただただ暖かい。いつも痛いばかりの心臓の鼓動が、トクントクンと心地よい音を立てる。強張っていた身体の力が抜けた。そういえば、階段で俺を抱き寄せたときに、彼が歌った鼻歌に同じような心地よさを覚えた。
これはなんなんだろう。この気持ちになんと名前をつければいいのだろうか。分からない、知らない。でも不思議と無知なことに怖さや不安を感じなかった。なんなんだこれは。
そんなことを考えていると冬木が静かに語り始めた。
「僕さ、ずっとモノクロの世界に居たんだ。」
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