第6話
「秋元君!!??」
教室を出ていく彼を追いかけようとするとクラスメイトが止めてきた。彼を庇う必要などないと言うクラスメイトに腹が立った。
「どんな理由があろうと人を傷つけていいわけがない!!彼は反省してるし、謝っただろう!?それに彼は、僕のッッ...!とにかくこんなこと二度とするな。僕たちが戻ってくるまでに机を直しておいて。それをしないのなら僕は君たちを軽蔑する。」
クラスメイトに指示を出すと急いで秋元を探す。廊下にいる生徒に彼の特徴を言い、どこに向かったのか教えてもらう。屋上に向かったことが分かると、生徒会長という立場も忘れて階段を駆け上がる。
屋上へと続く階段の途中で座り込んでいる彼のもとへ行こうとするとカッターを振り上げている。カッターの刃に赤い血が付いているのを見て慌ててカッターを持つ腕を掴む。彼が驚いた表情をこちらに向け息を飲んだが、そんなことを気にしている余裕はない。彼の左腕は血だらけになっている。似たような傷痕がいくつもあることから、この行為は今までにも何度もやったきたことなのだと簡単に推測できた。
"リストカット"か。
だが気になるのはそれ以外の傷だ。痣や火傷の跡は見たところ新しいものも多い。今の彼には他人と喧嘩が出来るような性格をしているとは思えない。どちらかというと人に怯え徹底的に避けている様子だ。ならこれは___。
カッターを持った腕が尋常ではないほど震えている。息も荒く過呼吸になっている。まずは落ち着かせないと、と出来る限り優しい声を努めて話しかける。
「急に掴んでごめんね、怖かったよね。僕は君を傷つけたりしないから、酷いことも絶対にしないから、僕を信じて。このカッターから手を離せる?大丈夫だから。」
僕の声にゆっくりではあるがカッターを離してくれる様子にほっと息をつく。カッターを遠くへ投げ捨てると、彼の鞄からタオルを取り出し左腕をタオルで覆って強く押さえ止血を図る。彼は抵抗しなかったが震えは更に強まり身体は強張るばかりだ。
片手で傷口を圧迫しつつ、もう片方の手で彼の身体を抱き寄せる。彼の声から小さな悲鳴が上がったがやはり抵抗はしなかった。本来なら他の人も呼んで止血や保健室に運ぶ補助が欲しいところだが、今の彼には人が増えるのは逆効果だろう、よりパニックを起こしかねない。
「怖いよね、辛いよね、でも大丈夫。もう大丈夫だから。ゆっくり呼吸しよう、落ち着いて、ゆっくり。」
「っはぁ、ぅ、でっ、できなっ...。」
「慌てなくていい、少しずつできるようになればいい。僕と一緒に練習しようか。大丈夫、ゆっくり吸って、吐いて、もう一回吸って、ゆっくり吐いて。そう、上手、大丈夫。」
上手く出来ないと慌てる彼に優しく落ち着いて声をかける。過呼吸の対処はとにかく周りが慌てないことだ。一番パニックになっているのは本人であるため、周りが焦ってしまえば当の本人が落ち着けるわけがない。ペーパーバック方という口元を紙袋等で覆うやり方が危険とされた理由の一つでもある。窒息状態になる恐れもあり、口元を押さえるこの行動は患者に恐怖感を抱かせてしまうからだ。
震える身体を何度も擦って声をかけ続ける。彼の右腕が僕の胸元の服をすがり付くように掴もうとして、結局自分の胸の上できつく拳を握った。呼吸が正常に戻り始めた彼に、安心を与えるように鼻唄を歌う。
「ごめ、ぁぅ、めんなぁ、さい。ご、なさ。」
「大丈夫、もう謝らなくていいんだよ。さっきも謝ってくれただろ、それでもう十分。初めから僕は君を一度も責めたことはないよ。恨んだこともない。だって君は僕の、太陽だから。」
僕の言葉に驚いた顔を上げた彼の瞳は、あの頃から変わらず、美しく輝いていた。
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