第3話
高校生の冬木に中学の面影はなかった。休み時間になれば彼の周りに人が集まる。中には他のクラスや別学年の生徒、教師が居ることもある。冬木は隣の席=自分の周りにも人が集まる訳で、あまりの恐怖に休み時間はトイレに引きこもった。ちょっと吐いた。
「冬木ぃ、さっきの授業のこの問題なんだけど____。」
「冬木君、明日の生徒会の時間だけど_____。」
「バスケ部の部品でさぁ_____。」
「今度のテストの事で相談が_____。」
冬木は中学の頃から優秀な人間だった、それは今もだ。皆彼を頼りにしていることが分かる。ほとんどの人が相談しに来ていた。昼休みになれば彼は生徒会室に弁当とたくさんの資料を持って行ってしまった。せめて、一言でもいいから謝りたかったがその機会はなかなか訪れず、時間が出来たとしても喉の奥に突っ掛かって言葉は出てこなかった。
自分も弁当を持って教室を出ると一番上の階まで階段を上る。屋上はどうやら人気がないようで誰も居なかったから好都合だ。登校時の道と同様屋上には水溜まりがあったが、あんなたくさん人が居るところにいたくはなかった。午前中だけで色々ありすぎて食欲は湧かなかったが夕飯のことを考えると無理矢理にでも口に突っ込んだ。
それでも吐き気が来て少し余ってしまったご飯をぼぅっと眺めていると足元に鳩が飛んできた。今朝の鳩だろうか。残りのご飯を足元に置くと鳩は暫くそこに止まってこちらを警戒していたが、少しずつ食べだした。しまった、鳩って餌を与えていいんだったか、なんて今更過ぎることを鳩を眺めながら考えた。いつだって俺は気が付くのが遅い。溜め息をついて落ち込む俺を慰めるように鳩が隣に座った。懐いたのか。鳩と共に屋上で束の間の休み時間を過ごした。
残りの授業を何とか耐え凌ぎ放課後が来た。早くここから去りたい気持ちと家には帰りたくない気持ちがぶつかり合って、でも結局は帰るしかないのだから心は沈んでいくばかりだ。冬木にも話し掛けられず。鞄を持って席を立つと一人の男子生徒が話し掛けてきた。顔は見れない。
「なぁ、お前、秋元奏だろ。」
それは朝に担任から紹介されたから知っていはず。どういうことだと疑問に思っていると次の言葉に心臓が冷たくなった。
「遠山中学の秋元奏、1.2年の頃冬木のこといじめてたやつ。お前だろ、有名だったぜ?」
クラスの空気が凍りついたのが分かる。隣からも息を飲む音が聞こえた。
「人違いじゃない?足立君。」
「人違いじゃねぇよ、お前自分のこといじめてきたやつ忘れたのか?散々な目にあってきたって言うのに。」
「はぁ...。わざわざ皆の前で言う必要ないでしょう。それに僕は気にしてないよ。だからこの話はもう終わり、皆も気にしないでね。ほら、部活ある人もいるでしょ?遅れちゃうよ。秋元君も、大丈夫だから。」
「...ッッ!!」
「あ、秋元君!!?」
気が付いたら教室を飛び出して走っていた。苦しい、苦しい。目の前が歪んで、呼吸が上手く出来なくて、目から零れる涙を拭う余裕もなくてひたすらに走った。自分の犯した罪はどこまでもついてくる。償ったって許されない。償いきれない。
夕日によって伸びた影がまるで大罪人を処刑しに来た鬼のように見えた。鬼はこちらを嘲笑っていた。
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