魅了の王子と翻弄姫君。※R-15

コウサカチヅル

本編

「あっ、ロゼッタだ。あーそーぼ?」

 ここは王城の外れにある幽閉塔ゆうへいとう

 色香いろかをこれでもかとにじませる成人男性は、ひどく無邪気にそう言って、ささやかな食事を持つわたくし・ロゼッタへからみついてきた。


 彼の名はライオネル様。この国の、禁忌きんき御子みこ――。

 彼に与えられている粗末そまつな着物に内心やるせない思いを抱きながら、異国の姫でもあるわたくしは、きっぱりと言いはなつ。

「まずはお食事をいただきましょう。何事もからだが資本。健康あっての物種、ですわ!」

 ぷっくりと頬を膨らませながら不満げな声をらすライオネル様は華麗にスルーし、外にいるメイドが持っていたもうひとり分の食事を手早く受けとる。流れるような所作で、わたくしも小ぢんまりとした食卓についた。

「さ、ライオネル様はわたくしがずっと手にしていた分を。事前に毒味はいたしましたが、心配なようでしたら改めてわたくしが務めさせていただきますわ」

「いーよ。ロゼッタのこと、おれ、完全に信じてるから。それにしても、今日はメイドちゃんと会わせてくれないんだ?」

? もう貴方との鬼ごっこにはほとほと疲れましたのよ、性差というものをお考えくださいまし」

「むー」


 そう。彼が生きのこれた最大の理由にして深刻な問題がこれなのだ。

 ……彼は死にわかれた実母である王妃から、『魅了の加護』を授かっている。



✿✿✿✿✿



 ライオネル様は、国を治める夫妻の第一子として生をけた。

 ただし、共に生まれた相手――双子の弟のルカ様がいたのだ。

 この国では双子は『』と呼ばれ、恐ろしい凶兆きょうちょうの一種。

 おふたりをお産みになった先の王妃様は(彼女もわたくしとはまた別の、異国の姫君であった)、抹消まっしょうの対象となる兄・ライオネル様をまもるため、彼女の国に伝わる秘術ひじゅつである『加護』を行使こうしした。


 結果、ライオネル様は本来の奪われるはずだった運命から解きはなたれる。

 ――皆、ライオネル様と目が合うといとおさがこみあげ、とてもがいせないのだ!


 完全に厄介者兼崇拝の的となった彼は、時折目を合わさないようにした暗殺者に狙われながらも、すくすくと成長を遂げた。

 そこに、ルカ様の婚約者に選ばれたわたくし・当時十三歳がやってきたのだ。


 完全に異国アウェーから訪れたわたくしには、『忌み子』の風習は理解できないし、理解したくもない。事情を話してくれたライオネル様の前で年相応にいきどおったり泣いたりしてしまった結果(年相応、ですわよね!?)……なぜだか気に入られ、現在に至る。

 いや、一番の原因はわたくしには『魅了』が効かなかったことらしいのですけれど! わたくしが生まれつき持つ『聖』属性の魔力が、『闇』属性の『魅了』を無効化しているのですって。


 ……ライオネル様に一切びないわたくしが、ライオネル様にはたいそう珍しく、『飽きない玩具おもちゃ』もとい『面白いひと』枠に見事すべりこんだとかこまないとか。


 そんなの、そんなの知りませんわよー!!



✿✿✿✿✿



 申しわけ程度に、幽閉塔に甘んじている第一王子へわたくしは、じとっとした瞳を向ける。

 長い髪を無造作に垂らした美貌びぼうの彼は、適当に使っていたナイフとフォークを置いて、にっこりとわたくしを見つめた。

「なぁに、ロゼッタ。おれのことめるようにちゃって♡今日はそういう遊びプレイ?」

「そんないかがわしい目はしておりませんが!? 日常的に危ない行為をしているような物言い、おやめくださる?!」

 この男、放っておくとぎりぎりの発言しかしないんだから……!

 日に日につやっぽくなるライオネル様に、わたくしは肩を震わせる。

「ねー、ロゼッタ」

「なんですの?」

 食事を済ませ、自身でれた紅茶を口に運んだわたくしに、ライオネル様は頬杖をつきながらどこまでも楽しそうに、爆弾発言をりだした。

「やっぱりおれと結婚しよ?」

「ぷぴゅっ!」

 ……あっぶない! 淑女のかがみたる超反射神経がなかったら、ハンカチでおさえきれずにライオネル様へ紅茶を噴射ふんしゃするところだった。

 とは言え、結局むせてしまったわたくしの背後に回り、リズミカルにぽんぽん背をたたき、なだめだすライオネル様。“わ〜、悲惨ひさーん!”なんて歌うように言いながら。だれのせいだと……!


 落ちついてから、わたくしはぎっ、と向かいに移動した『元凶げんきょう』をにらみつけた。

「ライオネル様、おたわむれもほどほどになさいまし!」

「ふざけてなんかないんだけどなぁ」

「わたくしはっ、貴方の弟君、ルカ様の婚約者で――」

「ロゼッタも気づいてるくせに。あいつ、きみのことおもってないよね?」

「っ!」

「愛してたら、他の男おれとの逢瀬おうせを許すはずがない」

「それは、貴方がわたくし以外からの食事を受けつけないから」

「そっちのほうが万々歳ばんばんざいでしょ。こぞって毒を盛ってるのは、あいつ側の人間だよ? おれを見ないように細心の注意を払いながら。……あいつは王位をおびやかすおれが内心すごく邪魔。だから周囲が空気読み読み仕掛けてくるってわけ。『忖度そんたく』ってやつだね」

「ルカ様にまだ、確認されたわけではないのでしょう? おふたりは一度、しっかりお話し合いを……」

 ライオネル様は、くっくっ、と仄暗ほのぐらむ。

「きみだって知ってるでしょ? その、『忖度』を」

「!」

 ……本当のことを言うと何度か、ルカ様付きの家臣から『それ』を匂わされたことはある。未だに信じたくないけれど、ルカ様ご自身からも一度だけ。でも、ずっとずっと、気づかない振りを続けている。


 わたくしには、納得がゆかなかったから。


 彼は……ライオネル様は、いつもわたくしをからかってきたり、幼さを演出する口調を好むけれど、実際とても努力家で、能力もずば抜けて高いおかただ。わたくしは共にいることで、それを痛いほど感じる。……ルカ様よりも、余程よほど。成果主義の故国で育ったわたくしには、どうしてもライオネル様を捨ておくことができない。彼をうしなうことは、国家の損失だ。

 わたくしの考えを読むように、不遇ふぐうの王子は笑みを深めた。

「苦肉の策で、『魅了』が効かない姫を調べあげたのにね。その姫君は、とんでもないお利口りこうさんだったわけだ」

「もうっ、悪ぶらないでくださ――!!」

 いさめる言葉は、続けることができなかった。

 わたくしの口は、ライオネル様のくちびるによってふさがれたからだ。

「〜〜っ!」

 まるで時が、止まったかのよう。

 頭を、腰を、強くおさえられ蹂躙じゅうりんされる。

 彼のくちづけは、手酷いのに怖いくらい甘くて。

 わたくしは初めてのそれに耐えきれず、涙を落とし、意識を手放してしまったのだった。



✿✿✿✿✿



 ライオネルは、気を失ったロゼッタのからだを抱きよせる。

 ほんのり紅潮こうちょうした、まだ清らかな肢体したい。細い首に巻かれていた繊細な意匠いしょうのチョーカーを外し、されていたその場所に、強く吸いつきあとを残した。

「……本当に、欲しいのに。欲しいから、」

 ライオネルは、彼女を支えたままベッド下の水晶を手繰たぐりよせ、手のひらに乗せて『魔力』をこめる。水晶は、ライオネルがロゼッタの次に信頼している若々しい見目をした国家魔術師――トーマスへ繋がった。

「はろー、師匠♪」

「なんだよ、王子。今、最後の調整中……って、抱っこしてんのロゼッタ姫!? は!? いたしちゃったわけ!?」

下種げすな想像しないでくれる? 未遂みすいだよ。ちょっとだけ、気がいちゃってさぁ。もう今日でいいかなって。ルカの首とり♡」

「……お前、ノリが軽すぎ。せめて夜まで待て、教えただろ? 『暗殺術式』は月が出ているときに最も真価を発揮するんだ」

「だって師匠の実力なら、真っ昼間でも確実じゃん」

「俺様は万全を期すタイプなんだよ」

「んー、じゃあ月が顔出したらすぐね」

「へいへい」

 あまりにも飄々ひょうひょうと展開される、中身は恐ろしいにも程がある応酬おうしゅう。そののちに、ライオネルはロゼッタを自らのベッドに横たわらせ、真剣な面持ちで水晶に映るトーマスへ向きなおった。

「……きっと、この国の『忌み子伝え』はなくす。師匠……みたいな犠牲者は、おれの治世ちせいでは出さないから」

「……そう願うよ」

 この国の最も優れた魔術師で、貴族でもあるトーマス。二十代のようないでたちではあるが、その実壮年じつそうねんを迎えた彼の溺愛できあいする細君さいくんが産むのは定められたように双子で、彼ら夫婦もまた、慣習かんしゅうならさきに恵まれた命を奪われつづけた。

 そのような因果いんがもあり、トーマスはライオネルを殊更ことさら気にかけるようになる。ライオネルもうまく立ちまわり、すきを見たトーマスから、護身ごしんの魔術やより強力な人心操作じんしんそうさすべまで習得するにいたった。トーマスいわく、『運命』にあらがい咲く花を、この目で見たいのだという。


 当初、ライオネルは持ちかけられた下克上げこくじょうに乗り気ではなかった。

 ロゼッタに、出合であうまでは。


 どこか怠惰たいだで、諦念ていねんに満ち満ちた彼の全てを変えたのは、真っ直ぐで意地っ張り、でもどこまでも可憐かれんな、次期王妃だったのである――。



「『恋』はひとを、狂わせるねぇ……」

 そうつぶやき、横たわるロゼッタへおおいかぶさったライオネルは、もうすっかり適齢期を迎えた彼女につたう涙を、情欲たっぷりに舐めた。




【了】

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