戸籍のわからないまま亡くなった一人の女性の身元と、彼女の知られざる恋の真実に迫るミステリー……だと思って読んでいると、物語の本質を読み落としてしまいます。
恋の真実に迫る側も、また恋愛について様々な事情を抱えているからです。これは、人類の共通の悩みである恋愛を普遍的に追求する小説なのです……なんて大層なことを言うと「しっかり者」のヒロインたちから「小説なんか読んでないで恋愛しなさい」と怒られそうです。本作中には、作者様の豊富な読書歴に裏打ちされた、様々な小説が出てきますが、それらをもってしても「今、ここにある恋愛」には役に立たない……という批評が展開しつつも,やはり恋する気持ちの根底は昔から――三千院が建立された当時から――変わらないということが、登場人物たちの葛藤から見えてくるでしょう。