第38話 完遂

 出町柳駅では折り返し、八瀬駅行きの最終便となる電車を夕紀は見送った。この時の桜木は喜怒哀楽を全く表さず、友人を見送るように別れた。それなら出町柳駅で見送れば良いものを何なのと思わざるを得ない。

 特定の人に対する感情よりも、その人の持つ考え方に共鳴したいのだろう。それは良いとしてもそこに愛の欠片も見つからないのが、夕紀には却ってさっぱりと見送れた。それでも今回ではお年寄りに寄り添うあの姿勢が、同年代に向けられないのは、それだけ意識している表れだと思う。

 老人を主人公にした小説は余りないし、有っても頑固で意地っ張りか、または寡黙な人物が多い。それに比べると若者を描いた小説は多く、バラエティーに富んでいるから、現実の恋には探究心が乏しくなるのか。 

 それよりここまで送ってくれた桜木は、永遠の恋について考えを見出すためだったのか、それとも夕紀への慕情だったのか、いやそれはない。あの別れ際に見せた無表情に近い桜木の作り笑いはそうではないと否定している。

 改札を抜けるとお父さんが待っていた。この八瀬駅には高野川を渡って百メートル先に比叡山へ上がるケーブルカーの駅がある。だから付近には車の駐車スペースもあった。案の定お父さんは車の中でCDを聴きながら待っていてくれた。それでも明日の開店準備に忙しい父が、こうして迎えに来てくれている。その有り難さが身に染みる。

 父の車は夜の一本道の国道を北へ走る。五十代半ばの父と八十近い滝川さんとでは随分と歳に親子以上の開きがある。もし滝川さんに子供が居ればそれはお父さんぐらいの歳になるのか、でも家族よりも大事な物を追いかけながら、滝川さんはどうして道子さんの居場所も探し続けたのか。桜木は男のロマンを追うためにただ居て欲しい。それに寄り添うのが愛だと言うが、男の勝手だと夕紀は思いながらそっと父を見た。

「どうだあの孤独死のお年寄りの身元も分かり家財道具も片づいて大家さんは大助かりでさっそく次の入居者を捜すそうだ」

「それはよかったわね」

「それと今度の身元探しで島根まで付いていった優香が話すにはその滝川さんは、道子さんに逃げられたそうだけどそれについてもえらく考えさせられたと言っていた」

 でも内の場合は離婚したのに会っている。母と父はそれを受け入れただけだ。原因はおばあちゃんだけなんだろうか。

「お父さんのこと?」

「そこまでハッキリ言わないけれど多分そうだろう」

「でも人それぞれで考え方が違う、だから生き方も違うから内のお母さんにはお父さんは当てはまらないわよ」

「どうかな、とにかく秀樹の奴がやっと自立したと謂うかあいつが手から離れそうなに成ると急に寂しくなるらしい」

「でも秀樹とはまだ一緒に居るじゃん」

「働いて稼げるようになったら家を出たいと言ってるらしい」

「今までずっと側に居てくれてるとばかり思っていた優香にはかなり堪えているらしいがしょうがねえだろうって言って遣った」

「まあそれでもいがみ合うことなく遣って行ければ良いんじゃないの」

 優香に言わすとそれが一番に堪えるらしい。かえってハッキリ言い合った方が後腐れがなくてサッパリ出来て尾を引かないから仕事に差し支えずに気分が楽だと言ってるそうだ。それでも不介入の姿勢を保つ父には、なにか物足りなさを感じてしまった。 


 家に着いてから深夜のお風呂に静かに入ってから寝た。

 翌日はさっぱりとして大学へ出掛けると、米田と美紀は先に来ている。二人とも不思議なほど夕べのことは尾を引いていない。しかしいつもと違うのは、二人とも少しぎこちなかった。

 二人に声を掛ける間もなく、北山と石田が現れると、そのまま作業に付いての説明手順になり、あとは準備する掛け声だけが淡々と進む。作業は部室から残った本を昨日と同じメンバーで特設会場に運び出す。

 米田と美紀が新入生の勧誘に出掛け、夕紀は北山と石田で、僅かだが残っている本を三人で早々と昼までに売り切った。

 本が無くなれば後の片付けは直ぐに終わり、石田と北山は学食に向かう。そこを夕紀は形ばかり二人を引き留めたが、諦めて校門近くで勧誘する二人を捜しに行った。

 校門付近は多くのサークルが凝った衣装や展示品を出して賑わっている。それを掻き分けてビラ配りをする美紀を見つけた。夕紀は言葉を選びながら声を掛けると、美紀はいつもより少し引いた喋り方で、勧誘状況はサッパリだと言った。米田はもう諦めて帰ったらしい。それで昨夜の二人の様子は大体察しが付いた。美紀の方でも夕紀は似たような雰囲気だと気付いたらしい。

「じゃあ美紀一人で頑張ってるんだ」

 本は売り切れて今日の予定はなくなり相談すると、美紀もビラ配りを辞めてしまった。それより二人はもうそんな雰囲気には成れない。それより昨日の事で聞きたいことが山ほど有るから自然とビラを仕舞って歩き出した。 

 昨日、美紀は近くまで送って貰った米田とは直ぐに別れた。夕紀は出町柳駅から八瀬駅まで送って貰ったことには、美紀は驚いてその訳を知りたがった。

 夕紀も期待したがあいつは女を知らなすぎる。全ては小説の中だけで女はこう有るべきだと決めてかかっている、それが癪だった。

 そんな話を聞いて美紀はホッとしているようだ。急に快活になり話に乗ってきたからだ。

「じゃああの本を今日は借りられそうね」

「もうあの本を読んでもしゃないよ、桜木君は女に対する認識が他の男とは釣り合いが取れてない気がするから女心を理解して貰うには相当の苦労が要るわよ」

 どうもあたしの言うことは上の空で聞いているから「滝川さんについて道子さんは消息を誰にも知らせずに想い出の場所で四十年も暮らした」と言う事実から本当はどう思っていたのか聞いた。すると桜木君は何の痕跡も残していないから彼女の愛情は既に消え失せていたと決めつける。その単純な思考回路には驚いた。

 居場所が分からなくても、テレパシーのように気持ちが通じるって事はあるでしょう。念じればむくわれると謂うように、と言ってもそれは非科学的だと一蹴された。

「とにかく桜木君にはなんとしてでも人を思うと云うロマンに欠片ているのよ」

 そうなんか、と美紀は少し気落ちするようだが、それでも本を借りにゆく。

「美紀は本当にあの本を読みたいの」

 夕紀は夕べの桜木との逢瀬が不発に終わると美紀は俄然張り切り。だから行くのよと今度は剥きになる。

 しゃあないか、昨日の今日で、果たしてあいつはどう何だろう。多分面倒くさがるのが落ちなような気がするが。だから行くのよと解ったような解らん変な理屈を並べて彼女は向かった。



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