第31話 波乱の予兆か

 桜木にすればありがた迷惑だが、一応は此の場をまとめる必要に迫られる。

「俺の去就をみんな心配してくれているようだが、まだこれで全てが終わった訳じゃ無い。だから道子さんの遺品が全て片づくまではまだ気が抜けないからしっかりやり遂げよう」

 と桜木はこの場を何とか取り繕う。しかし何故こうなっているのか、美紀が心配するならまだ解るが、ともかく夕紀があれほど桜木の去就に対して、意固地に主張するのも珍しい。だから米田と美紀は「なんで?」と反応しただけだろう。

 この二人から同時に怪訝な顔付きで見られて、夕紀は慌てて前言を「何でもない」と引っ込めた。しかし桜木は尚も傍観していると言うより、これに対する対処法のマニュアルが彼の頭の中では構築されていないのだ。いかに本から取り入れた物事には臨機応変に対処できても、現実に於いて男女の微妙な感情のもつれには、全く取りつくろえない事をさらけ出している。だから夕紀はそれをいち早く見抜いて前言を翻した。

「何だよ夕紀、お前、可怪おかしいんじゃないか桜木はお前が本の整理に呼んだだけだろうそれ以上の事を求めてもしゃないやろう」

 と米田は桜木のお役御免を強調している。そもそも学部が違う、総合人間学部と文学部の違いだが、しかしサークル活動にはそれは支障無い。しかしカリキュラムが違えば新学期が始まると活動日程の調整が難しくなるから、美紀と夕紀はもっと関わって欲しいらしい。

「じゃあ桜木君に内のサークルに入って貰えば良いんじゃないの」

「今まで入部活動をしてこなかった夕紀がどうして急にそうするんだ」

 米田は尚も不満らしい。

「桜木君の実力を過小評価して入部活動はしなかっただけよ、でも彼ならこれからの活動にはなくてはならない存在になるでしょう。でも急に言われても部員全員の意見も聞かないとね」

 と夕紀は一応は独走を避けた。

「部員と言っても名前だけ連ねている連中だ」

「今は春休みで活動を控えているだけでしょう」

 と米田の問いにはぶっきら棒に美紀は答える。

「それは可怪しい高齢者相手の福祉活動に春休みもないでしょうね」

 サークル活動の是非を討論する傍らで、肝心の桜木はどう思っているのか夕紀にしてみれば気になる。

「今回は真に実り多かったし、関心も強くなったが今は入部を保留にする」

 そもそも桜木自身は高齢者の機嫌を取るのが苦手らしい。このような素行調査なら面白くて遣り甲斐もあるが、以前に聞いたような活動が主体なら、彼は本音では入部は避けたいらしい。

 この鴨川デルでの討論は水掛け論になってしまった。四人は心のわだかまりがすっきりしないままここで別れた。


 この日は珍しく米田は桜木を誘った。

「何だよ夕紀と美紀なら雑談しても面白いがお前と話すことはなにもないだろう」

「お前になくても俺にはあるんだ」

「美紀の事なら諦めろ訊けばこのサークル活動はいくつかのグループに分かれてあっちこっちへ行って福祉活動しているそうじゃないのか」

 大体は四、五人のグループごとに施設を訪問しているらしい。だが米田はいつもあたし達のグループに加わってくる。それがもう目障りらしいと夕紀が言うのもこれで解った。

「どうしてこっちのグループばっかりに加わってくるんだ」

「それは俺の勝手だろう好きでやってんだからよ」

「嘘つけ、米田、お前、年寄り相手は性に合わないのだろう。なら無理に部活を続けても意味がないこれを潮時に辞めろ」

 ここまで突き放しても、今日の米田はなおも付き纏っている。

「俺を当てにしてもお前の相談には乗れないぞ」

「まだ頼んでないぜ」

「言われなくてもさっきのひと悶着を見ていれば解るだろう」

「なら何とかしろよこのままじゃあ支離滅裂になってしまうぜ」

 一人蚊帳の外で、見物としゃれ込んでいる。それで良くもそんなことが言えるもんだと米田は食って掛かって来た。

「しょうがないだろう俺は部外者、オブザーバー、招待者に過ぎないんじゃん」

 このまま福祉活動したければ(そんな訳ないが)北山や石田のように、同じサークル仲間でも他のグループでやっているじゃないか、だからお前もそうしろと忠告して別れようとするが、米田はまだ食い下がる。

「正直言って俺は美紀が好きなんだ」

「なら嫌われないようにしろこのままだとその内にストーカー行為で訴えられるぞ」

「俺がいつ付き纏ったと言うのだ。ただ部活で一緒に付いてるだけだ」

「あのな、断っても俺にこうやって付いてきているのも一種のストーカー行為に認定出来るんだ」

 俺がいつお前に付き纏っているって言うんだと米田は尚も付いてくる。鬱陶しい奴だと桜木は意を決して「解ったお前の気持ちは美紀に伝えておくがその後はもっと遣りにくくなっても俺は知らんぞ」と脅迫まがりに言えば米田は引き下がった。やっとこれで米田を振り払ってホッとしていると、奴が急に追いついて「なにも言わんといてくれ」と哀願すると、あいつは直ぐに踵を返して去った。

 やれやれと桜木は自室のアパートに帰った。


 一方の美紀と夕紀は、桜木とは反対方向の百万遍に向かって今出川通りを歩く。夕紀にすれば方向が違うが、美紀がどうしても訊いてくれと頼まれて付き合っているだけだ。

「夕紀、さっきの剣幕は何なの」

 と桜木と米田が視界から消えたのを確認するように言ってくる。

「だから何でもないって直ぐに訂正したでしょう」

「どうも夕紀はあやしい、口ではあたしに桜木君へのアプローチを提案しながら本当の処はどうなの」

 夕紀はちょっと面倒くさそうに受け止めている。

「美紀を応援していることには変わりはないわよでもそれと桜木君の気持ちとは別問題でしょう」

「桜木君はなにか言ってたのあたしのことで」

「なにも訊いてないよ」

 ただ夕紀はこのサークルも面白いとは聞かされていて、それ以上のことはなにも云われていない。しかし美紀は半信半疑らしい。

「じゃどうしてさっきはあんなに怒鳴ったのよ」

 いつもの美紀にしては珍しくしつこい。

「見てて解るでしょうあたしはあくまでも米田の奴を貶しただけでしょう」

「表向きはねそうでしょう、でも米田は桜木君を罵倒したそれに夕紀は怒ったんでしょう」

 過程はどうあれ事実は桜木の支援に他ならない。それを指摘されても、夕紀は頑として米田が気に入らなかっただけと譲らない。

「夕紀らしくないわよ」

 美紀はちょっと気を抜くようにポツリと云って退けた。

「解ったわよ、それじゃあ滝川さんから道子さんの遺品についてどうするか連絡があれば知らせてよ勝手に桜木君と一緒に処分しないように」

 と美紀に念を押されて別れた。


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