第30話 新たな波乱
滝川の住まいを辞した四人は、改めて彼が絶賛した二条城堀端の散り始めた桜を愛でた。
千年前の
「これはソメイヨシノで当時はおそらく山桜だ」
と米田に言われてせっかくの情緒をぶち壊される。
ソメイヨシノは江戸時代に改良されたから、平安時代には目の前の桜じゃないのは解りきって浸っているのを米田に台無しにされた。
「要するに米田はその場の雰囲気を酌み取れない男なんだろう」
それはさっき滝川さんの部屋の談議で解った。いやその前から解りきっている。
「お前がなぜこのサークルにしがみ付くのか俺には解らん、いや解りたくない第一ガキよりも我が儘でそれでいて理屈っぽい老人を相手にしてお前は
と言うと。米田曰く、福祉に携わる学生には女子学生が圧倒的に多いのを知ってこのサークに入り、そこで美紀が気に入ったらしい。ここまでは夕紀から聞いたものだ。
その先は全く進展していないのは誰の目にも明らかなのに、米田はなおも付き纏っている。これはまさしく滝川さんの片思いも立派な恋を実践しているとしか思えない。米田は桜談議にかこつけて誰かに振り向いて貰いたいのだろうが、その美紀はさっきからずっと桜木を見ていた。どうもそれが米田には気に入らなくて、さっきの桜にケチを付けたらしい。米田にしてみれば、かなり背伸びしてやっと届いた教養を武器に、桜木に一線を挑んだが、肝心の美紀に毛嫌いされてそのままとぼとぼと掘端を歩いて行く。
ちょっと
「せっかく桜木君が愛でている桜をあいつは貶すんだから」
「さあそれは誰かの気を惹こうとして桜木君を標的にしただけじゃないの」
「夕紀にそんなことを言われるとゾッとするのよ」
夕紀に言わせれば、これも滝川さんの言う恋なんだ。これで美紀が無関心なら恋は成立しないけれど、結果はどうあれ、立派に成立している。それを美紀に言うと益々滝川さんの言うドツボにはまってゆく。
「ねえそれより桜木君って前からあんな
と美紀が訊ねる。
「あんなさばけたってどんな性格なの」
「年寄り相手に上手く立ち回れる性格、行宗恵子さんといい滝川盛治さんといい彼のお陰で聞き出せたような物とは思わない、ねぇ夕紀」
「なるほど美紀もそう思っているのか。校内ではいつもは学習と聴講で後は学食での雑談だから。そんな特異な能力を持っているなんて知らなかった。だから今回は目から鱗と言いたいわね」
と夕紀は美紀に語る。
そんな噂をされているとは知らずに、先頭の米田に数歩の距離で歩く桜木から、夕紀達は数メートルは離れている。だからこれぐらいだと聞こえてない。
「それでこれからどうする」
これで孤独死した道子さんの身内の一人であるお姉さんの存在が判明した。あとは大家さんに知らせて、役所の方で相続人を確定して貰えば良いから、一件落着になりこの先をどうするか美紀は訊いてくる。
「もう桜木君とは会えなくなるの?」
「美紀にはあの大菩薩峠を借りに行くという奥の手があるじゃんそれにあの家に遺る本の処分もあるから」
と助言する。
「そうねー、それはネットじゃつまらないから絶対に新入生歓迎バザーか市民フリマに出さないとそれなら桜木君をまた呼べるじゃんね」
「そうだけど滝川さんが片思いも立派な恋だとつまらない恋談議したから米田も来るよどうする、美紀」
とりあえず本を処分する前に桜木君が今一度滝川さんの了解を取るらしいから滝川さんが彼女の遺品に関心を示せば桜木君があの家に案内するらしい。
「ところで美紀はあの本を本当に読んでるの」
「読んでるけど余り進まない」
「そうだろうな美紀が読む本じゃないと思ったから、でも向こうはもう大分読んでるかもよ、じゃあどうやって話し合わすの」
と聴けばエヘヘと笑って誤魔化された。
何やってんだー、と桜木に怒鳴られた。見ればあいつら二人に離されて二条城の大手門前でこっちに向かってぼやいている。彼女らは急いで追い付くと、そのまま行きしなに降りたバス停から、乗り出町柳で降りた。
此処の鴨川デルタ地帯で四人は、依頼を受けた目的は達成され、あとは唯一の遺留品である本をどう整理するか話した。
先ずは滝川さんからの一報を待ってからだが。娯楽性のある時代小説、歴史小説が大半を占めている。だからあの人が引き取る本は有っても数冊と思う。残りはバザール形式でほぼ問題はないだろう、と云う桜木君の提案に沿って進められる。
彼は滝川さんにも山下さんが所蔵していた本の一覧表を渡して「どうもご主人は体裁を気にしたのかも知れなくて全集は殆どが新品同様で傷んでいないから読んでないでしょうね」と付け加えた。これには滝川も納得していた。桜木から受けた一覧表から彼の意見も参考にしてごく一部の本が滝川の希望によりリストアップされている。
「道子さんの失踪は滝川さんを有る方向へと目覚めさせたらしい、先ずは彼女が親しむ短歌に関心を持ち出すとそこから関連した小説にのめり込んだらしい」
「そう言えばあの家に在る本から桜木君が指摘した好みの本には滝川さんの反応は違っていたもんね、でもあの家をあれだけ調べても道子さんが短歌をやっていたなんて何処にもそんな痕跡はなかったけれどね」
と美紀が調子良く応える。
「多分これは僕の想像だけど道子さんは滝川さんと付き合い始めた頃はそんな短歌の創作ノートに似たような物を持っていたんだろう」
「それって今はどうなってるんだろう」
「道子さんの家になかったのだから滝川さんが今でも持っているのだろう」
桜木に依れば、それを頼りに次々と彼女なら目を通すであろう本を漁っていたと滝川がリストアップした本から想像できた。
「ねえあの本を全部売れたら桜木君はどうするの?」
と美紀が突然訊いてくる。これに戸惑う処を見ると、桜木もその先は考えてないらしい。
「そんなもん決まってるやろう桜木はこのサークルのもんとちゃうさかいお目当ての本もそうないと解るとサッサと引き上げるやろう」
「桜木君、そうなん?」
と美紀は心配そうに訊いてくる。
「そんな切ない顔しても桜木は非情な男や」
「米田君、言って良いことと悪いことがある !」
と今度は夕紀が猛烈に挑みかかってきた。
「なんや夕紀、お前には関係ないやろう俺は美紀に言うてんのや」
「美紀やない桜木君のことや」
「桜木がどうしたんや」
「どうもこうもない、彼はあんたと違ごて洞察力が在るさかい美紀でなくても気になるんや!」
と夕紀に怒鳴られて美紀と米田は、お互いに別な意味を持ち合わせて顔を見合わせるが、当の桜木は困惑している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます