第18話 進まぬ解明

 翌日、美紀は三千院からやって来る夕紀の為に、京阪電車出町柳駅で待ち合わせた。二人ともノートパソコンを持参して、桜木のアパートを訪ねる予定だ。それは前日のストーリービューから、門構えの立派な家とか古い家を捜してもなかなか見つからず、もう少し対象を拡げてはどうだろうかと相談に行く。

 駅で落ち合って、スターバックスでセルフコーヒーを三つ買い求めて、桜木の部屋へ向かった。

「あいつこんな朝早くから起きてるだろうか」

 と美紀に云われても夕紀は、今まで桜木をそこまで心配しなかった。

「もう十時前よ会社勤めならもうとっくに働いてる時間だから考えが甘過ぎる」

 まあ大学院生として続けるのなら別だけれど、第一に文学部で何を研究すると云うの、と夕紀は桜木の将来性に疑問を持つ。しかし美紀はそこまで考えていない、とにかく振り向いて欲しいらしい。それは美紀が古い時代物の大衆小説に興味を持つはずがないからだ。アレは口実に過ぎないと夕紀は睨んでいた。案の定に部屋に入るなり、美紀は片隅に積まれた大菩薩峠全二十巻に目が行く。しかしそれは本そのものより、まだ彼との接点が有ると安心している。

 桜木は既に二人の意に反して机のパソコンと格闘していた。しかしその顔を見ればはかどってないのは一目瞭然だ。それを見て夕紀と美紀は、あたし達と同じ疑問に突き当たって居ると確信する。

「朝から頑張っているのねその姿を他のサークルの者に見せてあげたいわね」

 と云いながら桜木が用意してくれた折りたたみ式のテーブルの前に三人は座った。

 美紀が早速にスターバックスのコーヒーを差し入れた。

「だいたい今ごろ系図なんて保管している家がどれだけあるの」

 とこの作業を始めて美紀が最初にぶつかった疑問だ。

 先祖代々の系図が在る家は処分出来るはずがない。そこで戦災を受けていない街は結構残っているが、田舎でも激しい空襲を受けた所は残ってないらしい。

 夕紀の話では京都では京町家が多い市内中心部には、そんなに立派な門構えの家でなくても結構古い古文書や記録は残っている。逆に振興住宅が多い周辺部には立派な家が有っても系図なんて保管している所はないのだ。

 これは美紀の島根と夕紀の京都では、そう言うたぐいの古い記録物は、二人ともおばあちゃんに良く聴かされたらしい。

 昔から残っている古い町ほど、中心部にそう言う物がある。周辺部になるほど振興住宅が多く、系図どころか核家族化して昭和の面影さえ薄れていた。

 特に問題なのは行宗家が集中する広島に於いては、桜木の云う古い家は見つからないのだ。問題は戦災で、最も酷かったのは原爆が投下された広島はその傾向が激しい。戦後の七十年で見事に復興しても戦前からの記録が少ないのだ。

 あれほど豪語した桜木も思った以上に苦戦させられる。それは都会ではそう云う家は皆無で郊外や田舎に行かないと見つからない。地方でも一軒家は少なく、まして立派な門構えは皆無で、人は便利さと疎遠さを追求した町中では、殆どが集合住宅ばかりになってしまった。

 島根の地方で育った美紀も、これは尋常じゃあない、そんな家をどうして見付ければ良いのよと桜木に喰ってかかった。これには桜木も、自分の甘さにほどほど参って仕舞った。

「桜木くん今の世の中で家系図なんて大事に残せるほど住宅事情は良くないって事を知ってたの」

 ウ〜んと捻りながらも桜木は反論を試みる。

 これほど格式を重んじる家が減っていることに、唖然として嘆きを通り越してしまった。その古い伝統と文化を強いて云うなら、我々が育んだ歴史に衰退の危機を訴えざるを得ない。桜木はこの嘆かわしい事実と向かい合わねばならないと講釈を垂れた。

「どうするのこれじゃあお手上げじゃないの」

 と夕紀は無視するように次の一手を催促した。

「今頃米田も頭にきてるだろうなあお前らと似たような不満をメールで寄越して来やがったでも何であいつが乗ってきたのかサッパリ解らん。とにかく普通の家でもそこそこ余裕のある家もリストアップしょう」

 ピンポイントからローラー作戦の切り替えを余儀なくされる。三人の議論は平行線のまま「さあ仕事だ」とそれぞれのパソコンに向かい合った。

 二人にはそのまま継続させて、二人が見つけた家に評価を付けて、桜木自身は途中から人名研究をやってる大家たいかを調べだした。

「おうおう米田から来るわ来るわお前らが思った通りの不満のメールが次々と流して来やがる」

 どれどれと、二人も桜木のパソコンを見る。

「あいつはスマホ持ってないからメールをパソコンで送ってやがる」

「よく言うわよ自分も持ってないくせに」

「夕紀と美紀はスマホ持ってたんだなあ」

「米田君も桜木君もどうしてそう乗り遅れているの」

「別に困らないからさでも米田は金欠だろう」

 それでも米田は五人見つけたと住所と名前を送ってきた。苦労して見つけたんだ粗略にすると今後の進行にも差し支えるからと桜木は登録した。

「米田君はもう三十軒の調査を終えたのか? ちゃんとやったのかしら」

 夕紀は今回ほどあいつの真剣さが欠けるのに呆れていて「ひょっとして美紀あんたのせいじゃないの」と言いがかりを付ける。

可怪おかしな事をお言いでないよ、つれなくしてるのは桜木君だから」

「俺がいつ米田を継子扱いしたと云うんだ」

「それより昨日の桜木君の勢いで、これで一件落着と思ったのに何なのこのていたらくは」

「でもこの登録した人の中で行宗一族百人以上が連なる系図がひとつでも見つかればこの苦労は一瞬にして報われるぞ」

「何を寝言云ってんのよもう疲れた」

 気の利いた風景ならいざ知らず、道路とそれに沿って建ち並んだ家ばかり見て、美紀はいい加減ウンザリして手を止める。

「それで人名研究のお偉いさんへのコンタクトは取れそうなの」

 と夕紀はパソコンから離れて、あの家から持ち出した古い昔の電話帳を手に取った。

「向こうは敷居が高いからいきなりじゃあ相手にしないから順序って云うもんがあるだろう」

「ああーあ、この百五十人の中に道子さんの親戚は本当に居るのかしら」

 と夕紀は電話帳を見ながら愚痴る。

「だからそれをこれから徐々に絞って行ってるんじゃないか」

「それで最後は誰も居なくなっちゃったって事はないでしょうね」

 と夕紀は桜木のこのやり方に疑問を持ち始めている。特に半分近い人が住んでる広島は戦災で殆どが焼失して、桜木の提案は埋没仕掛けていた。他府県の行宗家から、百人以上の人脈が解る家系図が見つかれば話は別だが、ほぼ望み薄で意気消沈している。

 

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