第15話 祖母の見立て

 芳恵は孫の夕紀が帰って来ても、いつもと変わらず特になにもしないで、奥の居間で寛いで居る。だが今日は珍しい来客に目を留めた。

「おやまあ夕紀のお友達なの珍しいわね家まで連れてくるなんて」

 連れて来たくとも三千院だと誘うには遠すぎて、夕紀の方から出向いていただけだ。そこで透かさず美紀が挨拶をした。

「あら地方から来ているの?」

「解りますか」

 流石はばあちゃんだ。美紀の言葉のニュアンスを立ち所に聞き分けたようだ。先ずは上々と夕紀は安堵した。美紀が島根から来ていると聴いて、ばあちゃんは「おやおや随分遠い所から、じゃあ寄宿舎、あ、最近はかなりモダンなワンルームが流行っているそうね」と言われても「似たようなもんだけどちょっとランクが落ちるけどロフト付きだから広くて良い」と言うとロフトってなに? と来たから簡単に屋根裏部屋って答えると益々祖母は困惑してきた。

「ばあちゃん入り口の流しとバストイレの居住空間でない上に物置か寝室になりそうな天井の低い中二階のような部屋があるの」

 おやまあどうして上がるの、ときたから「階段でなく梯子で登るのと」説明すると一度お邪魔して見てみたいと成った。そこで丁度テレビがリフォーム番組なのかロフト付きの部屋を映していた。夕紀が慌てて「ばあちゃんアレアレ」と指さして解説して見せた。

「子供の頃の秘密基地みたいで良いわねぇ」

 それどころか登ってみたいと言い出すから流石の夕紀も「落ちたらどうするのよ骨折だけじゃ済まなくて寝たっきりになるかも知れないわよ」と言い出すと「それもそうねと」とこの話は一段落した。そこで向こうで美味しいお茶でもと祖母は起ち上がった。

 話の出だしに思案した二人だったが、これでスッカリと祖母に気に入られて、居間からキッチンテーブルに座り直した。そこで二人はばあちゃんが淹れてくれたお茶で寛ぎ出した。

 夕紀が国道沿いに出来たお店を話すと、アレはもう五年前から知ってるそうだ。

「どうして知ってるの」

「浩三の店が出来てから食材の仕入れが生協じゃあ手に入らない物が有るの、それで浩三に聴かされてチョコチョコ行きだしたんだよ」

「あッ、そこで山下道子さんと確か知り会ったんだねおばあちゃんは」

 と夕紀はこのタイミングで山下道子さんを持ち出した。

「ああ、そうそう夕紀ちゃんは良く思い出してくれたわね」

 ばあちゃんは熱いお茶をすすりながら、山下さんは背筋もしゃんとしてしっかり歩いてらっしゃったからお歳を聞くまでは七十代とは思わなかったわ、と云う処は宇田川さんと同じ見立てだ。そこから玄関で倒れてもまだ暫くは意識はあったのかも知れない、と夕紀は想像してみた。これには美紀も同感したらしい。

「それがまあ気の毒に亡くなられてもっと早ように知り合っていればねぇ気兼ねなく連絡してくれたかも知れないから悔やまれるわね」

「そうだねー、……それでばあちゃんが生協に頼んだのは近くにそう言うお店がなかったからだ、じゃあご近所はそれで食材を求めていたのか」

「でも野菜なんかは近くに畑があるからそこで分けて貰ってたの、もちろんお金は払うけどまあお野菜だけは新鮮なのが一番ね特に夏のトマトなんか瑞々しくって美味しかったわよ」

「じゃあ山下さんは多分ご主人が車を使っていたからあの国道沿いのコンビニで買ってたんだそして亡くなってからは歩いて行ってたんだね」

 夕紀に云われてばあちゃんもそうだろうと頷いている。

「ご主人が買い物されるから畑へ直接買い出しするのは知らなかったかも知れないね」

 美紀もこのお茶は気に入ったのか上手そうに飲みながら、夕紀に同調すると、ばあちゃんは山下さんとの成り行きを想い出したようだ。

「そうそう、それで多分、山下さんはあたしより前からあのお店には行ってたらしくてあたしはたまに生協で忘れた物を夕食前にちょっと寄ったけれど初めて朝に行ってそれから顔を合わせるようになって知り合ったのよ」

 と言いながら美紀が気に入ったお茶を二人に注いでくれる。

「それもお父さんが喫茶店を始めておばあちゃんが興味津々と食材を求めた結果なんだ」

 どうも今までは生協から届くあり合わせの物で食事を作っていたらしい。

「そうか、そう言う巡り合わせだったのか山下道子さんとは、じゃあ最初は余り喋らなかったんだ」

 それは最初の方だけで後はそうでもないらしい。やはりご主人を亡くしてから心細いけれど気さくに話し合える相手が見つからなかったらしい。そこでやっと気が合うばあちゃんを見つけたようだ。それからは付き合いは短いが、知ってからは結構料理の食材であの店への行き交いで、お互いに夫を亡くした共通の立場から話が合った。

 そこで夕紀は、彼女が地元の関西の人かどうか尋ねると、言葉の端々のイントネーションにちょっと違和感があると聴かされて二人は俄然張り切りだした。

 ばあちゃんはあたしが大きくなれば、今度は昔の古い友人を誘い合って旅行した。中でも地元の人たちとの触れ合いを大切にしたせいか、言葉遣いには大いに関心を持ったらしい。矢っ張り旅は景色も良いけれどいろんな人との交わりから、その風土に溶け込んだ風景に、心が奪われるようになったらしい。  

 それで旅行好きだった祖母から旅先の人々に接するこつを聞くと、やはり地元の方には極力耳を傾けて聴き手に回るらしい。

 そこでばあちゃんの印象深い山陰地方、特に宍道湖の話を始めると、受け答えする美紀はやたら地元の方言が混じりだした。

 労せずしてこう話が弾むとは、夕紀にとっては取り越し苦労で嬉しい誤算だった。ここからやっと夕紀達のペースに祖母を引き摺り込み、一気にこの訪問の要点にはいれた。

「大家さんから頼まれて遺品整理しているの、そこでばあちゃんは何かあの人のことで気付いたものが有ればどんな些細な事でも知りたいんだけど」

 そう言うことか、とばあちゃんはピンと来たらしく、考え込むように少しトーンを落とした。そう言えばとおばあちゃんが語り出すと、二人は待ってましたと身を乗り出す。これを何度かやり過ごして、がっかりさせながらも根気よく待った。

「そう言えば山下道子さんの喋り方だけど橘美紀ちゃんと少し似通った所があるわね」

 この一言を聞き出すために二人はここまで粘ったのだ。

「どんな、どんな風になの」

「そうねー、それは今解ったんだけど山陰でも山手の方の岡山か広島かしらでも山下さんの話し方がもっと似ているとすれば……、橘美紀ちゃんは生まれも島根なの」

「そうで〜す」

「じゃあひょっとして同郷かも知れないわね」

 エッ、それって何なの、とドキッとして美紀は驚愕した。


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