第14話 美紀は夕紀の家へ

 遠ざかる宇田川さんを乗せたバスを見送ると、夕紀は「さてと今日はさあ仕事仕事」と美紀の肩を叩いた。これには美紀もエッ! と驚く。宇田川さんの言った喋り方が似ているのを確認する必要があるからだ。

 終点のバスターミナルから国道沿いを歩くと、直ぐに車一台が通れるぐらいの道に入った。まだこの辺りは参道に近くて、周囲はモルタル外壁の瀟洒しょうしゃな家が建っている。更に狭い道になると、トタン葺きや茅葺きもチラホラ見えてくる。そんな人気ひとけのない田舎路を通り、二人は夕紀の実家へ向かっている。

うちのおばあちゃんの観察力は宇田川さん以上だからね」

 しかも観光でよそよそしく接するのでなく、生活環境の中だから飾り気のない言葉を話す。だから宇田川さんよりも特徴をハッキリ掴むと夕紀は言い切る。だから美紀、家のおばあちゃんとは地で行くのよ、変に格好つけちゃダメだと念を押した。

「しかし初対面でそれはきついわねぇ」

 直ぐに地がでる美紀ならへっちゃら、と応援しているのか貶しているのか解らない。このごちゃ混ぜが結構功を奏するから美紀は不思議なもんだ。

 先ずは余計な先入観念から解き放つ必要がある。おばあちゃんの癖や性格を事細かく美紀の頭に植え付ける必要がある。そこに虚構が入ると解析が不正確になる。これらを実家に着くまでに言って聞かせた。

 おばあちゃんは亡くなった道子さんより六つも上だが、結構あの当時を覚えている。だからまだ三十代の宇田川さんの比ではないらしい。

「だからさっきは生き字引って言ったのか」

 あの喫茶店もそうだが、この辺りは民家が疎らに建っている。

 国道沿いには、ライバル社が少ないせいかコンビニもスーパーマーケット並みに店内も駐車場も拡張してある。山下さんとはこう言う店で知り合ったらしい。でもご主人が亡くなる前は、ご主人の運転する車で所用を足していたから、自分から一人で買い出しをするのは五年前からだ。けどおばあちゃんは生協の会員で配達して貰っていた。それが最近はこんな新しい店を見てから、チョコチョコ来るようになり、道子さんと知り合えた。

「それで最近になってあんた車買ったげるから免許取りなさいって言われちゃってるの」

「夕紀、それはそれだけおばあちゃんの足腰が弱ってきた証拠だなあ」

「いや至って元気だよ」

 昔は学校が休みになると、おばあちゃんはあたしを連れて、旅に連れて行ってくれた。お父さんには、暫く留守にするけれど後はよろしくって、それで行っちゃうんだから。山陰へ行くと帰りは瀬戸内海沿いに帰る。萩とか津山とかも行ったし、夏は信州が定番だった。そこでいろんな物珍しい物を見つけては、夕紀ちゃんどうだろうって言って買い求めた。それが今はあの喫茶店に所狭しと並んでいる。

「じゃああの店に飾ってあるのはおばあちゃんの収集品なのか」

「ウン、でもあたしがおねだりして買って貰ったのもあるけど殆どがおばあちゃんの、それ位おばあちゃん結構新しもの好きなのよ、だから今でも歳が幾つか判らんぐらい好奇心旺盛なのよ」

「夕紀とこもか、うちのばあちゃんもここ暫く会ってないけれど昔からそんな傾向があった」

 どうやら美紀の家は、我が家よりかなり古い習慣に縛られていた。にも拘わらず美紀が伸び伸びと育ったのは、祖母の陰に日向に見守られたお陰らしい。普通は家長が受け継いだ仕来りをその子孫が代々伝える。だが祖母の育て方は常軌を逸しているが、家長亡き後はその妻がその方向性を示す。その息子は逆らえないまでも亡き家長のやり方に継続性を持たそうとするが、忙しい若夫婦に代わって祖母が関わると、その子は祖母のやり方を受け継ぐ。これが所謂いわゆるおばあちゃん子と呼ばれ、両親を飛ばしたひと世代前の生き方を世襲した典型的な存在だ。

「似たようなおばあちゃんに育てられればこれは上手く行くかもしれん」

 山下道子さんの喋り方の癖をおばあちゃんが何処まで捉えているか。それを美紀の実家と比較して似通っているか果ては全く違うのか。これはあくまでも自然体で接していなければ見極めが付きにくい。でも焦れば焦るほどボロが出てしまう場合もあり得る。これを避けようと出来るだけ祖母の特性を、夕紀は美紀に伝える努力を惜しまなかった。如何いかんせん幾ら寄り道しても十分とは掛からない道のりで伝える夕紀まで焦ってしまう。

「夕紀は早とちりするからなあ」

「何言ってんのよそれは美紀の方でしょう」

 と時々は夕紀の言う意味が飲み込めないと美紀も苛つかせた。

「ワオー、もう家が見えて来ちゃった」

「なに! あの二階の窓は」

 二階の屋根には、城の破風窓を意識した出窓が、二つ取り付けてある。

「これは何なの、夕紀のおばあちゃんはただ者じゃないわね」

「でも改装したのはお父さんだけど」

 両親が一緒に成るときに見つけた物件だが、離婚して母が出て行くと、こんな風な屋根にしてしまったらしい。その時、父はおばあちゃんとは毎晩議論していたのを子供心に覚えていた。居間であたしがテレビを見ていても、キッチンテーブルにはなんかデッサンされた物を見せては、ああだこうだと言ってるからもう眠たくなって二階の部屋へ行っちゃった。

「そうだろうなあ、矢っ張りおばあちゃんは反対だったんだ」

「いや、そうじゃないのおさんを取り入れるだけの窓じゃあダメってばあちゃんが言って、じゃあどうするってなってばあちゃんがあの破風窓に決めちゃったの」

 どうやらこれには、父も反対しなかったどころか、面白いって言っちゃって決めたらしい。これには美紀も開いた口が塞がらない。よくよく聞くとおばあちゃんは任された孫がテレビを見ていても「勉強しろッ」なんて何にも言わないどころか「なるほどねぇー」と孫と一緒になって見ることもあるらしい。

「それで良く京大受かったわねぇ」

 と美紀が言うと、夕紀はテレビは社会科のお勉強と流される。それと受験勉強とどうリンクしているのと聞けば、視点を変えればどんな問題が出るか見えてくると彼女が言うから。それって予備校の教師に向いてると揶揄からかわれた。

 とにかく面白可笑しく繕って、夕紀はただいまと玄関を開けた。余り広い家ではないから直ぐに奥のばあちゃんに伝わったらしく。お帰りと直ぐに顔を合わさずに反響が来るから美紀も、素早い反応に耳も遠くなく、これで七十八歳? と驚き、何なのこの家はと美紀は少し戸惑いを隠せない。

 でもまあいいか、天才と奇才は紙一重で繋がっていると言うから、案外面白い話が伺えるかも知れない、と美紀は勝手に決め付けてその敷居を跨いだ。 



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