第4話 サークルでの談議

 夕紀は午前の講義を終えて、昼食を摂りに学食へ行くと、弟の秀樹に出くわした。学食で食べている彼の前に、トレーに昼食を載せたまま前の席に座った。

「まだ大学生でもないあんたがここへ何しに来たん」

「見りゃあ解るだろう昼飯食いに来たんだよ」

 ばっかじゃあ無かろうか。もっと気の利いたものが言えないか、と夕紀は笑った。

「あんた、お母さんにお弁当作ってもらえなかったんか、それでわざわざここへやって来たってわけか、浪人生じゃあしゃあないけど。いつまでも脛を齧ってないで進学を諦めて働いた方が良いけれどなあ、あの母さんがあんたを一流大学に入れるのを夢見ているのならもっと頑張れよ」

「俺は姉貴と違って京大は無理なんだよなあー」

「そうか今年も無理で三浪目ならもう私学に入るか、でも母さんが泣くよなあ。でも母さんの詰め込み主義が悪かったのなら自業自得だ秀樹もソロソロあの母さんから離れろ自立しろ」

「でもよ、お袋はもう諦めてると思うただ意地っ張り何だよ。それより親父の店は結構上手く行ってるだろう、いい加減よりを戻せば俺ももっと楽に生きられるのになあー」

「それで母さんから逃れても目的があればいいが無ければどうするの。いよいよニートになれば母さんもだけど、内の父さんも嘆くどー。でもそれはおばあちゃんが許さないわよッ」

「どう許さないんだ」

「おばあちゃんに言わせれば生きる値打ちが無い者はサッサといねと云うもんね」

 ばあちゃんは必ず死ねとは云わずいねと言う、これが唯一の思いやりらしい。

 それは早くから自立心を促す祖母なりの、人生に立ち向かう為のシグナル何だ。弟はどうやらそれに気付き始めたらしい。それで弟はおばあちゃんの家に行きたいと言い出すと、自分の尻拭いは自分でしろっとサッサと夕紀はトレーを持って席を立った。

 お父さんもお母さんを、夕紀と同じ目で見ている。それは最近になって店にやって来るお母さんを見て「夕紀、あいつは何しに来てると思う。俺が思うには弟からかなり云われていると睨んでいる」と云った通り。今度の受験で落ちたのが母と弟に相当な亀裂が生じて、厄介になっているらしい。それは店で母が、父に突っかかる姿で確信できた。


 夕紀は午後の講義が終わるとさっそくサークル仲間を集めた。

 この福祉のサークルに活動している部員は二十人ほどだが殆どが異性との付き合いに関心があり、真面に福祉に関わっているのは数人だ。夕紀はそれを嘆いていた。

 お父さんは一切調査費を云わない佐川さんの要望は厚かましすぎるから、部屋の物を整理して転売すれば後は適当に扱えと云われた。でも福祉を掲げるサークルとしては無償で取り組むべき問題だとメンバーに図った。

 この大学は敷地が広くてしかも今出川通り、東山通り、一条通り等の広い一般道で各部が分かれている。その中で建物の裏が吉田神社の森に覆われて、静かな別館の一室を借り受けてサークル活動を行っている。今日も案の定五人しか集まらなかった。新学期を前にしての春休みだから致し方がない。流しテーブルを二つ合わせて二人と三人で向かい合った。

 夕紀の隣は橘美紀たちばなみきで、向かい側に石田、北山、米田と並んだ。そこへ文学部から一人、桜木がやって来て夕紀の隣に座った。

 そこで集まったメンバーに夕紀は孤独死した山下道子さんについて説明する。それに対してメンバーから多くの意見が寄せられた。中でも多いのが身元不明で国庫に入れるとはけしからん。税金以外に国は正当な理由で増やした個人資産を徴収するなどもっての他だといきりまくる。

 それはキチッと供養しなければいけない、彼らが言う供養とは遺産は本人のためにも断じて国庫に入れるべきでは無い、と云う意見なんだ。さすがは反骨精神の多い大学だけある。もっともこの多数は夕紀を入れて五人の仲間だ。男三人と女二人のメンバーと、そこへ文学部から招いたが学生が一人居る。彼はあらかじめメンバー達と事前に相談して招致した学生だ。しかしそれ以外の顔触れは、三浪が決まった秀樹と、表面上はさほど変わらない。要領よく試験を通った連中だ。弟が要領が悪いと云う訳ではないが、全てを呑み込もうとするから落ちるのだ。出題に山をはるので無く、試験問題に何が必要なのか、そこを見極めて特化すれば、同じ二年を掛ける意義はあったはずだ。ハッキリ言って弟にはその特化した才がなかった。地道にコツコツやるのが向いているのだ。それをどうやって悟らせるか。以前の福祉サークルでは、このような議論をしていたが、今回は実践的に立ち向かうには丁度良い案件だ。何処が福祉だと言われれば、こじつけた理屈でも、夕紀はやるつもりだった。それが案外スンナリ受け容れられた処が、さほど苦も無く受験の網をすり抜けてきた連中の証しでもある。この連中と比較して、弟を箸にも棒に掛からんようにしたのは、母親だと夕紀は嘆きたくなる。

「それでみんなは孤独死した山下さんの自宅整理に賛成なんですね」

 賛成、賛成と騒ぎ出した。この浮かれように、これが善意の行動なのかと首を傾げたくなる。その内に誰かが、一番売れるのは全集物じゃないかと言い出すと、独り桜木は眉を寄せて腕組みをし始めた。福祉を掲げるサークルとしては、これには夕紀も少しは胸を痛める。

「今一度言っておきますが整理は二の次でこれはあくまでも山下道子さんの遺産を国庫編入への阻止ですからね」

 と念を押しても当然、当たり前だろう、今更何も言わなくてもそれに賛同する声が挙がる。独り橘美紀は「もっと真面目に議論してよ」と気炎を吐くが、男どものヤジに似た声に掻き消されそうだ。この周りから掛かる多数決の声には、夕紀は何処まで信頼して良いか途方にくれた。

 とにかくそんな問題よりも世情に関心を寄せる。そんな連中だから、夕紀の提案は直ぐに受け容れられる。さっそく次の日曜日には、孤独死した山下道子さんの家に乗り込むようになった。

 会議を終えて散り際には、みんなはお宝は眠ってないか、と耳が痛くなる雑談を聞き流して夕紀は部屋を出た。

 解散した後に招待者の桜木が、夕紀の後を追っかけて来た。

 彼を呼んだのは、事前に主立ったメンバーに、山下さんの大量の書物をまだ見ぬ前から「全集物が多いと聞いたけどどうだろう」と問えば、その方面の知識が乏しくて殆どがお手上げらしい。それで夕紀は桜木を同席させた。

「その古本ですけれど全部引き取って新入生歓迎会のバザーで売ればどうですか全集はフリマで売れないでしょうか?」

「その前にどんな傾向の本があるか、話だけでは解らないでしょう」

 彼はいたって慎重派で、あの適当に扱う連中からすれば、頼もしい存在でもあるが、桜木は取らぬ狸の皮算用だと笑った。

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