第7話 ビーズブレスレット

 霧の中には沢山の木々が見える。この辺りは森と言うよりも、もっと広い樹海らしい。真剣な面持ちで「この樹海の果てを見た者は誰も居ない。このアタシでさえ……」と、オオムネさんが嘯く。話半分と考えてよさそうね。

 よく見るとポツンポツンと家屋も見える。家の幽霊らしく、瓦屋根の平屋が多い。中には藁葺き屋根の家も。大正時代の漫画に出てきそうな西洋風の館もチラホラ見えた。【冥界洋裁店】からは見えなかったが、結構この狭間の地にも住んでる幽霊は多そうだ。


「アレがアタシん家。同居人は1人だから気がねなくぅー」


 そう言って案内してくれたのは、オオムネさんの派手な衣装とは不釣り合いな古い和風長屋の一軒家だった。古井戸が数メートル先に有り、井戸の周りで数人の和服姿の幽霊さん達がお喋りしている。誰も皿の数を数えてなかったので何故かホッとした。

 オオムネさん家の前には背もたれの無い木のベンチが置いてあり、私達は横並びにそのベンチに座った。


「これは縁台えんだいって言ってね。お立ち台にも使えて、とっても便利でーんだい。なんつって」


 昭和の頃の長屋には、このベンチを持ってる家が何軒か有って、近所の人同士で集まって将棋を指したり、夕涼みをしたりして楽しんだそうだ。オオムネさんはその縁台に跨るように座り直し、冥界に来た時の話を聞かせてくれた。


「聞いてちょんまげ!アタシさー、あの鬼ババアに服を剥ぎ取られたうえ、裸で裁判7回も受けたのよん!んとに、チョベリバー」


「えっー!周りに男の人も居たんでしょ?それってゼッタイ酷ーい」


「3回目の裁判なんてさー、裸なのにクネクネ動く蛇に巻かれながら受けるの。これって、どう思う?」


「は、裸に蛇ッ!嫌、そんなのゼッタイ嫌ッ!ゼッタイ無理ッ!」


「それがさー、見られてる恥ずかしさと相まってね、クネクネされる度にだんだんと快感に変わるのよねー」


「はい?」


「あの蛇舌のチロチロが肌を刺激するたび――」


「お前さんはオボコに何教えてるんだぃ!」


「――イデッ!!ちょっ!カンカン居たのー?」


「居たら悪いのかい!ここはアタイんちでも有るんだよ!」


 後ろからオオムネさんの頭を殴ったのは、日本髪なのにネグリジェのような西洋ドレスを着た凄くアンバランスな女の子だった。歳は私と同じぐらいだと思うが、その喋り方はゼッタイ変。


「ツクロちゃんだろ?アタイはカンカン。おムネの同居人さね。よしなに頼むよー」


「どうして私の名前を?」


「ニャア」「僕が教えたんだよ」


「マタタマ!いつの間に居たの?」


 マタタマは白骨さんが心配だから寄越してくれたみたいだ。番犬じゃなくて番猫なのね。


 カンカンさんは江戸時代に亡くなった人で、冥界の古株らしい。通常死んだ人は現世の時間感覚で百年から五百年ほどで転生するそうだ。古い人でも平城京時代を生きた人は、怨霊や妖怪系以外は皆無らしく、幽霊でいられるのは千年が限度ではないかと、カンカンさんは語る。なるほど。原始人の幽霊を見た話を聞かないわけだわ。但し、天界と冥界が同じルールかどうかは分からないとのこと。

 この冥界は黄泉とも言って、天国と地獄の中間らしく、キリスト教の煉獄に近いそうだ。現世に一番近い死者の住処だから、現世に未練が有る人は中央冥界からこの狭間の地に移住してくるらしく、その人達がお盆でも無いのに現世に行って幽霊騒動を起こしてしまうのだ。オオムネさんみたいな幽霊なら枕元に立っても怖くは無いのだが……。


「怨みで現世に行く者も多いからね。帰って来たら地獄送りだし、怨霊に成って現世を彷徨さまよう霊も多いらしいよ」


「お二人は何でこの狭間の地に居るんです?」


「正直アタイは銭が無いからさ。江戸っ子は宵越しの銭を持たないからね。冥界だからずっと宵なんだけどさあ」


狭間の地こっちの方が金銭的にラクチンなのよ。転生するには中央に居た方が早いみたいなんだけどね。あーあ、現世のバブルの頃に戻りたいわー。ディスコで踊ってるだけで胸元に万札がワンサカ入ったのに……」


「お金か……今、何の仕事してるんです?」


「実は仕事が中々見つからなくてね。アタイは現世では魚屋の看板娘だったんだけどさあ、この世界じゃ観賞魚以外の魚を売っちゃいけないんだよ」


「こいつ、魚屋のくせに河豚に当たって死んだんだって。ぷぷぷ」


「おだまり!遊郭で働いてて男に刺されたくせに」


「いや、遊郭じゃなくて普通のスナックだしー。あ、因みにお水の仕事もこっちの世界には無いから、アタシもプータロー」


「じゃあ無職?」


「イエッサー!」


「一応こんなの売ってるよ」


 そう言ってカンカンさんは縁台の上に缶箱を置いた。中には大小色とりどりのビーズがいっぱい。花模様やマーブル模様がとても可愛い。


「根付けやかんざしに付ける硝子の蜻蛉玉とんぼだまだよ。まあ、付ける人減ったし、全然売れやしないんだけどね」


「カンカン。これ、硝子じゃなくてプラッチック」


「ビーズ……そうだ!」


 私は襦袢の懐から白骨さんからもらったソーイングセットを取り出した。長さはそんなに無いが、太い縫い糸も入っている。


「ブレスレットにしません。そしたら売れるかも」


「ブレスレット?」


 私は針に糸を通し、ビーズを繋げていく。

 簡単なビーズステッチや組み糸なら私にも出来るし、カンカンさん達も出来るはずだ。


「なるほど!数珠にするのかい。頭いいね」


「いや、ブレスレットだって言ってるでしょ、カンカン」


「バテレンの言い方で数珠をブレスレットと言うんだろ?」


「ビーズブレスレットやミサンガは現世でも流行ってます。一緒に作りません?ゼッタイ売れると思います」


 縁台を囲んで私達は黙々とブレスレットを作り始めた。それぞれが好きな色のビーズ玉を好きな順番で繋げていく。見ると2人とも顔が真剣だ。見えないけどゼッタイ私もね。お洒落造りは、ついつい夢中に成ってしまうのだ。


「ニャア」「僕も手伝うよ」


「アンタには無理!」


 ビーズ玉で遊ぼうとしたマタタマの手をパッチンした。その時、一瞬カンカンさんと目が合ったのだが……。


「ちょっと!お前さん!顔をよく見せておくれ!」


「えっ?!」


 そう言っていきなりカンカンさんが顔を近づけ、目を見詰めて来た。カンカンさんは美形だから、目の前に来るとちょっとドキッとする。


「お前さん……生きてるね」


「えっ?分かるんですか?」


「ああ。目の真ん中の黒い部分が大きく成ったり小さく成ったりしてる。アタイら死んだ人間はここの部分が動かないんだ」


 そうか!幽霊の人達は瞳孔が開いたままなんだ。自分の目は鏡を見ないとわからないから、今まで気付かなかった。


「この辺りには五重四肢ごじゅうしし肋骨風鈴あばらふうりんと言う女王の手下が巡回してるんだ。他にも忍びの手下が居るという噂だよ。お前さん、捕まったら只じゃすまないよ」


「知ってます。近いうちに中央冥界に行って死人に成る予定です。それまで捕まらないように気をつけます」


「えー!!生きてるのに死ぬ気なの?!『もったいないお化け』が出るよ!お化けのアタシが言うのも変だけど」


「いいのかい?お前さん、アタイと歳変わんないんだろ?はっきり言って死んでも良い事なんか、ありゃあしないよ」


「…………」


「まあ、色々事情あんだろうから、無理には止めないけどさあ。暫くはこの狭間の地で暮らしてよく考えなよ。ここに居る間は死にゃあしないし、暇もある。だけど生きてる間は他人と目を合わせんじゃないよ。醜元しこもと連中には特にだよ」


「分かりました。有難うございます」


「ニャーニャアニャア」「大丈夫。僕は耳と鼻が良いから、醜元しこもとが近づいたら教えてあげるよ」


「本当に?流石番猫!頼りにするわ!警護お願いね!」


「ニャーン」「うん。まかせて」


 その時、私の目の前に黒い物体が『バタバタ』と音を立てながら上空から降りてきた。


「キレー、キレー」


「ヤタメ!」


 上空から降りてきたヤタメは、クチバシで缶の中のビーズを一つ摘むと、再び上空へと舞い上がった。


「フギャー!」「この泥棒ガラス!」


 そう言ってマタタマはヤタメを追って霧の彼方に消えて行く。おい。私の警護は?

 あの猫、ゼッタイ役立たずよね?




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