第5話 奪衣婆

「ただいま」


「おかえりなさい!白骨さん!」


 バンテジが食料と水を調達に行ってる間に白骨さんが荷物を抱えて帰って来た。

 バンテジも早く帰って来ないかなー。3人でお喋りがしたいのに。


 あれからマリオネットさんと3人で談笑していた。冥界の事をいっぱい聞いていたのだ。

 中央冥界はこの辺りと違って見渡す限りお供え花に覆われていて、もっと人や建物も多いらしい。ジメジメしたイメージを持っていた私からしたら意外だった。

 もっとも、現世で犯罪などの良くない行動をしていた人達は、地下の地獄に送られるらしくって、そちらは私のイメージ通りに目もあてられない惨状らしい。何処までが良くない事なのかは冥界の裁判官が決める事みたいで、裁判官の気分と運しだいだとマリオネットさんは言っていた。

 私はゼッタイ地獄なんか行きたくないが、果たして大丈夫なのだろうか?その前に女王の手下に見つかったりしたら、ゼッタイ悲惨なんだけど。


「あら?マリオネットさん来てたの?」


「うん。つい、さっき帰ったの。白骨さんに会いたがってたわ」


「そう。もう少し待ってれば良かったのにね」


 そう言いながら白骨さんは肩に掛けていた頭陀袋から何かを取り出した。


「見て、ツクロちゃん!ジャーン!あなたにプレゼントよ」


「プレゼント?」


 白骨さんはチョキチョキしながら私に年期が入ってそうな裁ちバサミを見せてくれた。

 裁ちバサミは大きくて先が尖っているから、白骨さんが持つとホラー映画のワンシーンみたいで怖いんだけど、それは言わずに心の中に留めておこう。


「職人さんが手打ちで作ったハサミよ。勿論これもハサミの幽霊なんだけどね」


「そんな高級な物を私に?」


「服を作るにはハサミが命。良い物を使わなきゃ」


「有難うございます!うれしいです!」


 私はハサミを受け取り、さっそく近くに落ちていた紙の切りクズで試し切りをしようとしたのだが――。


「コラッ!裁ちバサミで紙を切っちゃ駄目でしょ!」


「えっ!そうなんですか?」


「裁ちバサミは布だけを切るように作られているの。紙を切ると刃が傷んで、切れ味が悪く成るのよ。だから型紙を切る時は紙用のハサミを使うこと!いいわね!」


「ハイ!分かりました」


「分かればよろしい!じゃあねー、次はコレ」


 そう言って今度はいっぱいのカラフルな待ち針や、大きさの異なる縫い針を袋から取り出した。


「ちょうど現世では針供養が有ったみたい。良い針が沢山手に入ったわ。それに糸切りバサミや指ぬきの入ったソーイングセット。これもツクロちゃんにあげるわね」


「いいんですか?やったー!」


「さあ、道具も揃ったし、さっそくお店のお手伝いをしてもらいながら始めるわよ」

 

「はい!頑張ります。でも冥界って本当に良いとこですね」


「えっ?」


「だって中央冥界の話を聞いたら、とっても平和で楽しそうなんだもん。古いけど、こういったハサミや針も手に入るし、色んな物が売ってて不便はなさそう。争いや競争も無くてゼッタイに死ぬ事も無い。地下の地獄に行かなかったら楽園だわ」


「…………」


「私、歩いて渡ろうと思うんです」


「歩いて渡る?」


「三途の川をです。そんなに流れは早く無さそうだし、舟を使わなくても向こう岸まで行けそう。勿論白骨さんに教わって自分の服は作ります。けど、先に中央冥界に行って、ちゃんと死んでからココに戻って作ろうかなーと――」


「絶対に歩いて渡っては行けません!!」


「へっ?!」


 白骨さんが怒鳴ると同時に『カランコロン』とドアベルの音が鳴った。見ると女の人が1人、扉の前に立っていた。


「ハァ……ハァ……お、お願い。ふ、服をちょうだい……」


 ふえっ?は、裸?

 全身ずぶ濡れの綺麗なお姉さんが、素っ裸で店に入って来たのだ。

 随分息が荒い。走って来たのだろう。

 そりゃ裸ならゼッタイ走るか。

 てか、何で裸?

 何か事件に巻き込まれたのかしら?


「あなた……まさか逃げて来られたんですか?」


「お願い!お金はいつか払うから!何でもいいので、早く服をッ!!」


「残念ながら服はお渡し出来ません」


「はあ?何でよッ!?」


 ええ?!白骨さん、お姉さんを裸で帰らすの?

 せ、せめてタオルを!

 あ!どうしよう?今、ショーウィンドウの向こうに人影が見えた。

 アチャー!バンテジならまずいわ。こんな綺麗なお姉さんの裸を見たらゼッタイ鼻血ブーだわ。


「ごめんなさい……もう、手遅れなんです……」


「何言ってんのよ、この骸骨ババア!服だせって言ってんだよッ!!」


 このお姉さん柄悪いなあ……そう思った時、再び『カランコロン』が鳴った。


「見つけたよ、お嬢ちゃん。匕ッシッシッシッ……」


「ヒイッ!!」


 な、何この人?

 開いた扉の向こうには、2メートル以上の巨大なお婆さんが立っていた。ベッタリした白髪にボロボロの着物姿で、小学校の時に図書室で見た妖怪辞典に出てきそう。いや、ゼッタイ妖怪だわ。だって爪、長すぎるもん。


「は、離して!もう、服も無いから!川も渡れないでしょッ!」


「ヒッシッシッシッ。まだカワが有るよ。次の川の渡り賃はカワで貰うよ」


 そう言って巨大なお婆さんは、裸のお姉さんの腕を掴み、外に無理矢理連れって行った。

 カワの渡り賃をカワで貰う?


「チクショー!!離せババア!!」


 外に出ても裸の女の人の叫び声は聞こえていた。何をされているのかショーウィンドウから覗こうとしたが――。


「見てはいけません!!」


 白骨さんに止められた。


「今の巨人族みたいなお婆さんは、何者なんです?」


「三途の川の番人。奪衣だつえばばさまです」


「奪衣の婆様?」


「三途の川の舟は生前に重い罪が有ると、お金を払っても乗せてもらえません。罪人つみびとは歩いて川を渡らないと、向こう岸には行けないの。つまり川を歩いて渡る人は、罪を背負った人達なんです」


「えっ?!そうだったんですか?」


「奪衣の婆様は、川を歩いて渡ろうとする人から渡り賃として衣類を奪います。その衣類を衣領樹えりょうじゅという木に掛け、枝のしなりで着ていた人の罪の重さを計り、川の渡り場所を決めます。罪の重い人は深くて流れの速い場所を渡らなければならない。あの女性はおそらく困難な場所を渡らされ、向こう岸に渡るのを断念して戻って来たのでしょう」


 白骨さんが川を歩いて渡るのを止めた理由が分かった。私も服を脱がされるとこだった。


「あの女の人、ずっとこの狭間の地に居ることは出来ないんですか?ゼッタイ川を渡らないといけないの?」


「死んだ人間は必ず一度は向こう岸に渡らなければ成りません。拒む事は出来ないの。拒めば裁判もなく地獄行きです」


「じゃあ……あの人は……」


「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 『ビリリリリ』という何かを引き裂く音と一緒に、凄い悲鳴が外から聞こえてきた。

 さっきの女の人の声だ。


「衣類が無いと川の渡り賃として次は生皮を剥がされます。あの女性は全身の皮を剥がされたうえ、これから強制的に再び川を渡らされます……」


 そ、そんな……じゃあ、この悲鳴と音は……。


「そして、彼女は裁判もなく地獄行きでしょう。更なる試練が待ってるの。可哀想だけど、これが冥界のルール……」


「イダイッ!!イダイッ!!ごべんなざい……ダジげでぇぇぇ……」


 泣き叫ぶ声がフェードアウトして行く。

 連れて行かれたんだ……地獄へ……。


「ツクロちゃん……冥界は決して楽園では有りません。少しでもルールを破れば、現世では考えられない罰が待ってます。お願いだから、それはしっかり肝に銘じといてね」


 はい……肝に銘じます。

 けど、それでも私は現世よりコッチの方がゼッタイ良い。

 コッチの世界が似合っているわ。

 だって、そうでしょ?ゼッタイお母さんもそう思うよね?


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