第4話 永遠に起きる
「うーん……でも、これって本当に霧なのかなあ?」
全く動いていない。上空は、ただただ不気味な暗灰色に染められていると、言った方が正解かも知れない。
辺りも不気味な暗灰色の霧に包まれているので、百メートル先はよく分からない状態。少なくともこの洋裁店以外の建物は、部屋の窓からでは確認出来ない。
「白骨さん遅いな……いつ帰って来るんだろ?」
そういえば私がこの世界に来てから、現世の時間はどれぐらい経ったのだろう。
ふと、壁の古時計に目をやった。時計の振り子は動いているが、針は一向に時を刻もうとしない。決して壊れている訳ではないのに。
この世界では時間は意味を持たず、ただ経過だけが存在する。何が言いたいかというと、ようは私や白骨さん達は動いているが、時は止まっている状態なのだ。だから年をとる事もないし、1日という物が存在しないから昼も夜もなくて寝ることもない。確かに
バンテジが前に「魂の状態では意識を失う事がない」と言ってたが、それは「眠ることはない」をも意味してる。ひょっとしたら、意識そのものが霊魂なのかも知れない。
現世で「永遠の眠りにつく」ってことは、こちらに来て「永遠に起きている」に成り変わるのだ。
こちらの時間は止まっているが、現世は地球が回っているかぎり時間は進んでいる
私はこの動かない時と、不思議な体感に今更ながら不安を覚えていた。
「フー」「あっち行け」
「カアー、カアー」
「フギャー」「あっち行けって言ってるだろ」
「アホー、アホー」
「フギャギャー」「うるさい!あっち行け!」
2階の窓から外を眺めていたら、叫び合う声が聞こえてきた。何事かと下を見ると、庭で黒い物体が2つ動き回っている。
何してんのアイツら?喧嘩?
「何、騒いでるのよ!マタタマ!」
「フニャーン!フニャーニャーン!」「ヤタメが、また店に入ってボタンを盗もうとしてるんだ!」
暴れ回る黒い物体の一匹は白骨さんの飼い化け猫。二つ尾に二つ口の猫又『マタタマ』だ。二つ尾と首に緑色のスカーフを巻いている。
「バカー、バカー」
もう一つの黒い物体はこの辺りに住んでる怪鳥。三つ足に三つ目の
2匹は犬猿の仲だ。猫と烏だけど。
この子達は霊獣と言われる冥界の動物達で、現世の姿とは少し異なっている。
こういったお化けというか、妖怪みたいな動物達はあっちこっちに居て、よく見ると霧の中にも奇妙な姿の動物や虫が複数蠢いている。特に害は無いらしいがゼッタイ気味が悪い。
「マタタマ!いい子にしないと!ご飯あげないわよ!」
「フニャー!」「そんな!僕、コイツを追っ払ってあげてるんだよ!」
「ザマー、ザマー」
「そういえばお腹すいてきたなー。バンテジに言ってモグモグタイムにしよう」
眠気は無いが、不思議と空腹感は有る。バンテジに聞くと動いてるからエネルギーは多少なりとも使っているそうなのだ。だから魂の状態でも食事は取らなくてはいけない。朝も晩も3時のおやつ時も無いから、私は食事の時間を総じてモグモグタイムと言っている。
「でも、ずっと食べなくても餓死しないんでしょ?」
「その代わり、ずっと耐えられいほどの空腹感が続くよ。動く事も出来なく成る」
「それはゼッタイ嫌だわ」
私はバンテジとお喋りしながら洋裁店の裏口から外に出た。庭の野外テーブルにクロスを敷き、皿とグラスとピッチャーをその上に置く。そしてパンと水だけの質素なモグモグタイムが始まる。量や栄養はあまり関係ないみたい。とりあえず空腹時に食べる事が大事なのだ。
「あんたは鰹節ね」
「ニャア」「ワーイ」
「ヤタメ!あなたも食べる?」
「くれー、くれー」
「フギャー」「あんな奴やらなくていいよ!」
私は皿に削り節を取り分け、2匹にあげた。
因みに、この世界では生物(死んでるから生物ではないんだけど)を食べる事は出来ない。水や無機物、もしくは調理された物の幽霊しか食べれないのだ。
そうなの。このパンとか鰹節は物の幽霊なの。食べて貰えずに死んじゃった調理物や、お供え物が私達の主食に成るわけ。
バンテジは実際にはパンを食べてるのでは無く、何かのエネルギー体を霊的な力で見た目をパンに変えた物を食べてるのだろうと言うが、私には全く理解不能である。お腹が膨れれば理屈なんかどうでもいい。
「ウメー、ウメー」
「フギャーギャー!」「マンマ終わったら、さっきの続きだぞ!」
この世界の動物は喧嘩はしても、相手を食べたり殺したりはしない。てか、出来ない。
植物を含め、食物連鎖が行われてない不思議な世界なのだ。全てが霊的な死んだ生物。
そして実はこの皿やグラスも物の幽霊。
「物が幽霊に成るには時間がかかるみたい。50年から100年ぐらいかな。だからツクロから見たら、かなりレトロな物しか無いはずだよ」
「ふーん、そうなのね。だからテレビや電話が無いんだ」
「テレビやラジオは中央冥界に売ってるけど、放送局の幽霊が無いから、ただの置物だよ。電話もだ。店の間に黒電話が有ったろ。アレも使えないから、ただの置物」
「えっ?!あの黒いの電話だったの?それっぽかったけど、押しボタンが無いからゼッタイ違うと思ってた」
「あと古い自動車や飛行機も有るけど、燃料がほとんど無いから、乗る人はあまりいない。冥界は舟か汽車の移動がメイン。もしくは馬車」
「馬車かあ……あっ!アレ、その馬車じゃない?もしかして白骨さんが帰って来た?」
霧の中から前足5本、後足4本の九足馬に引かれた荷馬車が現れた。
でも
「マリオネットさんだ。うちが生地を仕入れてる
「生地屋さん?」
「そう。マリオネットさんとは実は生前からの付き合いで、その時から問屋と仕立屋の関係だったんだ」
「白骨さんは生前からクチュリエールだったのね」
馬車を停め、馬を庭の杭に繋ぐと、マリオネットさんは荷台から生地板の束を肩に担いでこちらに向かって来た。
「バンテジ君、久しぶり!白骨さんは居る?注文の品物を届けに来たんだけど!」
「今、留守だよ!店開いてるから奥の間の裁ち台の上に置いといてー!」
「あれ?君……ひょっとして妹さん?」
マリオネットさんは私の方を見て目を丸くした。妹?バンテジに妹が居るの?
「んなわけ無いよ、マリオネットさん!別人だよ!」
「そ、そうだよな……ビックリした」
「こんにちは!ツクロです!ここで暫く働かせてもらう事に成りました。宜しくお願いします!」
「マリオネットです。よろしく!おっ!2尺袖の襦袢を死装束に仕立てか。桜色がよく似合ってるよ」
「有難うございます。白骨さんに身上げしてもらいました」
パジャマ姿のままはまずいので、白骨さんに古着を譲って貰った。本当は袴着の時に着る長襦袢なんだけど、白骨さんに腰上げしてもらい、半襦袢に近いショート丈にしちゃった。ピンクの三角頭巾とコーデしてオキニである。
「ねえ、バンテジ。あなた、妹が居るの?」
さっきの話が気に成ったので、マリオネットさんが店に入ってから速攻で聞いてみた。
「ああ、居るよ」
「本当に?!どうして一緒に住まないの?」
「一緒に住めるわけ無いだろ」
「えっ?何で?……あっ!ごめん、そういうことか。そうだ!そういえば白骨さんとバンテジは何で他界したの?白骨さんも寿命じゃないわよね?」
「うん……まあ、それはいいじゃないか……」
バンテジが俯いた……あっ!しまった!
これってゼッタイ聞いちゃいけなかった?
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