第2話 船賃と仕立て代

「じゃあ測るから、腕を下げて垂直に立ってくれる?」


「待って!待って!あなたが測るの?」


「そうだよ」


「『そうだよ』って……どこ測る気よ?」


「肩幅、袖丈、バスト、ウエスト、ヒップ――」


「巫山戯ないでよッ!変態!」


「大丈夫だよ。おっぱい触らないから」


「当たり前でしょッ!!」


 どういうこと?

 ドレスメーカーって、男がサイズ測るの?

 これってゼッタイ、セクハラよね?

 冥界ではコレが常識なの?


「俺、裁縫出来ないから簡単な仕事は全部俺の仕事なんだよ。うちの客はオバさん幽霊ばっかだから、誰も気にしてないよ」


 私は気にするんだけど。

 同い年ぐらいの男の子にスリーサイズなんか知られたく無いし。

 しかも今、ブラ着けて無いんたけど。

 これってゼッタイ、ヤバくない?


「あ、あの……私、パジャマだから……その……着けて無いのよね……」


「冥界じゃ下着を着けてない人の方が多いよ。だいたい、これから死のうとする奴がなんで恥ずかしがるんだよ。そんなボタンが無きゃ、どっちが前か後か分からないようなスタイルなのに、恥ずかしがる要素も無いだろ?」


 絶句。近くに裁判所無いかしら。

 これってゼッタイ訴えたら勝てる奴よね?


「こらっ、バンテジ!お客様に失礼よ!すいません。うちの子がとんだ失礼を……」


「母さん、謝る必要ないよ!だいたいコイツ、客じゃ無いだろ?お金持ってるわけ無いじゃん」


 やっぱりお金いるんだ。

 どうしよう。取りに帰るしかないの?


「ねえ、教えて!あの川に停泊してたフェリーに乗って向こう岸に渡れば、私は確実に死ねるの?」


「……そうだよ。ココはまだ現世と冥界の狭間の地だから、お前みたいに幽体離脱した奴がたまに来るんだけど、そんな奴が川を渡って『常世』と言われる中央冥界に行けば、離魂した魂は本体に戻れず、現世の身体は死ぬことに成るんだ」


 やっぱりそうなんだ。

 だったらフェリーに乗れれば無理に自殺する事なく、そのまま自然死が出来る。苦しむ事も躊躇う事もないわ。

 お金さえ有ればゼッタイ、フェリーに乗せてくれるはず。服をココで作ってもらってから向こう岸の中央冥界に行こう。

 病室に戻って再び離魂出来る確証は無いけど、お金を取りに帰るしかない。

 そうよ。それがゼッタイ、ベストだわ。


「仕立て代と船賃取りに一旦元の世界に戻るわ。パジャマがついて来てるんだから、お金を肌見放さず持って幽体離脱すれば、この世界にお金も持って来れるんでしょ?幾ら持って来ればいいの?」


「そうだな……船賃の六文は現在のお金に換算して60万ぐらいかな。仕立て代は生地代込みで40万ぐらい。合わせて100万だよ」


 何それ?

 高過ぎなんだけど……。

 そんなお金、うちに有るわけない。

 どうしよう……。


「お金無いなら諦めな。死んだ方が楽出来ると思ったら大間違いだぞ。この世界はこの世界で大変なんだぞ」


「何よ!偉そうに!あなたに私の立場が分かるの?何も知らないくせにッ!」


「だったらお前は俺達の事情が分かるのか?自分の事しか考えない、あまちゃんがっ!」


「2人とも喧嘩はよしなさいッ!!」


 白骨クチュリエールさんは腰に手を当てながら、私達を怒鳴りつけた。


 久しぶりに叱られた。

 最後に叱られたのは何時だったけ?

 そうだ。あれ依頼、私は両親に叱られた記憶がない……。


「ごめんなさい。大きな声を出しちゃったわね」


 白骨さんは叱られてシュンと撓った私に優しく手を添えながら声を掛けてきた。

 その顔に表情は無いが、元はきっと優しい顔の女性だったんだろうと想像できる。


「ねえ、クチュリエールさん……」


「はい。なんでしょう?」


「私をココで働かせて貰えません?」


「えっ?」


「お願いします!何でもします!私、裁縫も少し出来るので、お手伝い出来ると思います。仕立て代と船賃を稼がせて下さい!」


 肉の無い手を顎骨に当てながら、白骨さんは暫く考えていた。そして……。


「分かりました。雇いましょう」


「本当にッ!?いいんですか?!有難うございます!」


「但し、自分の死装束は自分で作ること」


「えっ?」


「そうしたら仕立て代は必要なくなるわ。服の作り方は私が教えます。しっかり勉強して素敵なエンディングドレスを作るのよ」


「有難うございます!宜しくお願いします、先生!」


「先生じゃないわ。私の名前は白骨はっこつ。よろしくね」


 そのままなんだ……。


「ツクロ!私は棚畑たなばたツクロって言います!15歳です!」


「15……」


「あっ……やっぱり冥界でも中学生を雇っちゃ駄目ですか?」


「ううん。違うの。うちのバンテジと同い年だと思って」


「同い年だったんだ。バンテジって変な名前」


「死んで改名してるからな。生きてた頃の名前は忘れた。お前は生きてるから、それ本名なんだろ?ツクロの方こそ変な名前」


「変じゃないわ。みんな可愛いって言うもん!」


「こらっ!また、喧嘩はじめる!暫く一緒に暮らすんだから、2人とも仲良くするのよ。いいわね」


「でも、母さん。大丈夫かな?メイクイーンに見つかったら大変な事に成るんだろ?」


「メイクイーン?何、それ?」


「冥界の女王だよ。冥界に君臨する絶対的支配者。壮絶な魔力を持ってるらしくって、その気に成れば地上に大いなる災いをもたらし、一瞬で1億人以上の人類を冥界に送り込むことも可能なんだって。天空の神様さえも逆らえない存在らしいよ」


 何その超ラスボス設定……。

 ゲームならレベルマックスでもゼッタイ倒せない奴でしょ?

 私、死にに来たんだから関係ないわよね。

 むしろ歓迎会をして欲しいぐらいだわ。


「そのメイクイーンが生きたままの人間が冥界に来る事を嫌っていて、そんな人間を見つけたら醜い姿の化物に変貌させ、黄泉よもつ醜元しこもとと呼ばれる女王専属の奴隷にさせられるんだ。もの凄く酷い扱いされるみたいだよ」


「……で、でも殺されはしないわよね?だって冥界なんだから既に死んでるんだし……」


「だからキツイんだよ!既に魂の状態だから、いくら傷つけても死なないんだ。痛みや苦しみだけは永遠に続く。魂の状態じゃ意識を失うこともないし、死ぬような苦しみをずっと受け続けることに成るんだ」


 ……み、見つからなきゃ良いのよ。

 そんな女王様がこんな所をウロウロしているはずないし、ココに来る前にも沢山の人が居たから見つかる確率はゼッタイ少ないと思うわ。


「メイクイーン本人は中央冥界から滅多に出ることはないけど、手下の家来がこの辺りをパトロールしてるんだ。正直俺達も誰が女王の手下でスパイなのか分かってないんだけどね。でも、さっき言った醜元しこもとは見た目ですぐに分かるよ。醜元しこもともたまに近所を……ヤバい!言ってるそばから来た!」


「へっ?!」


 バンテジがショーウィンドウの方を指していたので慌てて振り向いて見た。

 大きなガラス面の向こう側に人影が動いている。人影?あれは人って呼べるの?

 そ、そんな……あ、アレって……。


「ツクロちゃん!其処の試着室に隠れて!早くッ!」


 ちょ、ちょっと!!

 ちょっと、ちょっと!!

 これってゼッタイ、ピンチじゃない?

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