冥界のクチュリエール

押見五六三

第1話 冥界洋裁店

 初めて訪れたのに何故か懐かしんだ。もしかしたら、この濃霧に佇む木造家屋を見たら誰でもそう感じるのかも知れない。これって例のデジャヴって奴かしら?

 近づいてよく見ると、洋風と和風を足して2で割ったような感じの建物。入口前にぶら下がるミシン型の鉄製吊り看板が、この古びた家屋がドレスメーカーだと教えてくれている。ショーウィンドウに西洋ドレスで着飾った骸骨マネキンが数体並んでいるので、ゼッタイ間違いないわね。中学生の私でも断言できること。

 アンティークな真鍮ハンドルを握り、そのまま引きドアを開けると『カランコロン』というドアベルの音と共にスチームアイロンのモアモア蒸気と、その蒸気に乗った糊の香りが私を出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ」


 蒸気の中の人影が挨拶してきた。

 その顔は手元に有るアイロン台より真っ白だ。

 なにせその顔は白骨だから。

 動いたり、喋ったりしなかったらショーウィンドウの骸骨マネキンと区別がつかない。

 頭に巻いたスカーフとオーバーエプロン姿で、なんとなくこの店のクチュリエールだとは認識できる。


「服が欲しいの」


 私はぶっきらぼうに言った。

 ドレスメーカーに来たのだから、至極当然の台詞だ。


「どのようなお召し物をご希望ですか?」


「どのようなも、このようなも無いんでしょ?死んだら皆おんなじ白い着物を着るんじゃないの?」


「そんな事は御座いません。エンディングドレスと言いまして、今は時代に合わせて様々な色や形の死装束を冥界でも着ていただけます。その為の【冥界洋裁店】で御座います」


「ふーん、そうなんだ。じゃあ、どんなのが有るか見せてくれる?」


「かしこまりました。こちらへ……」


 そう言って白骨さんはアイロンを置き、ショーウィンドウ側の沢山の反物や商品見本が置いて有る方へと案内してくれる。

 私は棚に見覚えある三角形の布を目ざとく見つけた。


「あっ!これ頭に着ける布ね!テレビで幽霊が着けてるのを見た事あるわ」


「はい、そうです。この三角頭巾は天冠てんかんとも言いまして、冠に見立てているのです。当店ではお召し物に合わせる為、24色ご用意させてもらっています」


「これは?」


手甲てっこうと言います。文字通り手の甲や腕に巻く布です。定番の紐で固定するタイプから、リストバンド型やマジックテープで装着する物など、色々ご用意しておりますし、こちらも御希望の生地から御作りする事が可能です」


 私は麻製バッグが沢山置かれた棚を見つけた。

 冥界も買い物にエコバッグを使うのかしら?


「ねえ!何でこのエコバッグの中に紙が入ってるの?紙に何か昔のお金みたいなの描いてあるし……」


「それは頭陀袋ずたぶくろです。昔は三途の川を渡る船賃として六文銭をその袋に入れ、死者を埋葬したのです。ですが現在は本当のお金を入れる習慣は御座いません。紙に六文銭を描いて入れるのが主流です。当店はお子様用にキャラクターカードを頭陀袋に入れるサービスも行なっております」


 船賃?川を渡るのにお金がいるのかな?

 さっきココに来る時に見た、あの大きな川が三途の川よね?フェリーみたいな大舟も浮かんでいたし……このお金が描いてある紙さえ有れば、アレに乗せてもらえるのかな?


「どうかされました?」


「なんでもないわ。ねえ!セーラー服とか学校の制服みたいな死装束って作れる?」


「大丈夫ですよ。和風、洋風、どんな死装束も御好みに合わせて御作り致します」


 私は生地板に巻かれた色とりどりの布を暫く吟味してから、紺と緑が可愛いタータンチェック柄の生地を取り出した。スカートはコレで作ってもらおう。

 本当は死後の世界なんだから服装なんてどうでもいいんだけど、今着てるパジャマ姿でウロチョロするのは流石に変だし、ジロジロと好奇の目で見られるのが凄く嫌なの。

 そうよ。目立たない外出着なら別に何でも……ん?あれ!ちょっと待って!この千鳥格子の生地……これってゼッタイお洒落だわ。やっぱりスカートはこれで作ろう。でも、この柄じゃプリーツは沢山入れられないわね。ならセーラー服よりブレザータイプ……いえ、ボレロがいいわ。いや、待って!上はセーター着たいから、やっぱりスカートは無地だわ。そうすると色は……へっ?ウソ、ウソッ!ちょっと待って、何このエモいクルミボタン!これってゼッタイ付けないと後で後悔する奴だわ!あ、でも校則違反か……て、違う!そうよ!学校に着て行くわけじゃないんだから、どんなデザインでもいいの忘れてた!もうっ!コーデやり直し!そうね!まずは、スカートだけど……。


「あの……ちょっと、よろしいですか?」


「えっ?な、何よ?」


「お客様はまだ生きてられますよね?」


「……そうよ。けど、もうすぐ死ぬから構わないでしょ?今、注文しておいて、死んだら取りに来るわ」


「どのような形でお亡くなりに成られますか?」


「どのようなって……死に方に衣装が関係有るの?」


「はい。自然死ならそんなに変わらないのですが、自殺だとサイズが変わってくる可能性が御座います」


「えっ?なんで?」


「通常、冥界には葬儀時の姿で魂はやって参ります。葬儀が行われてない場合や遅れた場合、その人が死んで数日してからの姿で冥界にやって来るんです。例えば崖から海への飛び込み自殺をした場合、死体が直ぐに見つからないと体内のガスで身体は倍に膨れ上がるので、今のサイズで御作りしても着れない場合が御座います。又、電車などへの投身自殺だと身体はバラバラに成り、その状態で来られても普通の衣装は着れないのです」


 そうだったんだ。だからフェリーの前には白い着物姿のお年寄りが多かったのね。あの人達は寿命で亡くなった人達なんだ。首から上が無い人とかもいたけど、きっとあれは自殺か事故で亡くなった人なんだわ。


「サ、サイズが変わらないよう、綺麗な死に方を考えるわ」


「……そうですか。では、仕立てる前に先にサイズ測らせていただきますね。奥の者が測りますので、どうぞあちらに」


 そう言って白骨さんは店のから、アコーディオンカーテンで仕切られた奥の部屋へと案内してくれた。


「他にも店員さんが居たのね」


 カーテンを開けると、大きな裁ち台やレトロなミシン、そして無数のカラフルなミシン糸とボビン糸が並んだ整理棚が現れた。

 部屋の真ん中には、グレーの三角頭巾を逆さまに着け、まるで眼帯みたいにして顔の右上半分を隠した人が巻き尺を持って立っている。その巻き尺を持った腕は、包帯で適当にグルグル巻きにされていて腕ミイラって感じ。年齢はたぶん私と同じぐらいかな?サスペンダー付きハーフパンツがすっごく似合っている……けど、この子は……。


「えっ?男の子?」


 ちょっと、待って!

 それってゼッタイ可笑しくない?


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