第28話
ピンポーン、と。
乾いた電子音が、家の中に響いた。
「あっ!!」
勇輝は弾んだ声を出し、ばっ、と玄関の方を振り返る。
そして、そのままドタドタと走り出した。
「はーい!!」
嬉しそうに弾んだ声を出し、ドアのロックを外して、扉を開ける。
「お帰り……!!」
父さん。
と、言うよりも早く。
その言葉が、喉の奥で凍りついた。
「……っ」
勇輝は息を呑んだ。
そこに立っていたのは……父では無い、知らない男だった。
三十代半ば、という年齢だろうか? すらりとした長身に、整った顔立ち、その顔にはにやついた笑みが浮かんでいた。
だけど……
勇輝は、その男の目をじっと見る。
にやついた笑み、こちらをバカにして、見下しているような嫌な笑みだ。
だけど……
その目は……笑っていない。
目の前にいる人間、つまりは相良勇輝の事を、まるで……
まるで、どんな人間か観察する様に……
否。
違う。
勇輝は、思った。
思わず、じりっ、と足を退かせる。
ただ、勇輝の事を観察しているのとは、明らかに違う、もっと別の……
別の、『何か』を見ようとしている。
にやついた笑みの向こうにある瞳からは、そんな鋭い眼光が、はっきりと感じられた。
勇輝は、黙って……
黙って、その男の顔を見ていた。
だけど……
ややあって。
「誰、ですか……?」
おずおずと。
それでも、はっきりとした口調で、男に問いかけた。
それを聞いて、男はますますにやり、と笑った。
「どちら様でしょうか?」
声がする。
後ろからだ、勇輝はばっ、と背後を振り返った。
母だ、濡れた手をエプロンで拭きながら、男に向かって問いかける。
「ああ、これは失礼」
その母の言葉に、男の顔から、にやついた笑みが一瞬にして消える。
「私は、相良さんの知人です」
「夫の? それでどんなご用でしょうか? 夫ならばご覧の通り、まだ帰宅してませんけど?」
母が言う。
勇輝は何も言わずに、母とその男を見ていた。
何となくだけれど、この男が父の知人というのは嘘だ、と解った。
この男は、多分父を知っているのだろう、だけど……
父は、この男の事を知らない。そんな風に感じられた。
「あ、そうでしたか」
男が、にこやかな口調で言う。
「では、奥様の方から、言づてをお願い出来ませんかな?」
そして。
男は、にっこりと笑って母に向かって言う。
「今、ご主人が取材している案件、そこから一切、手を引け、とね」
その言葉に、母はぴく、と眉を跳ね上げた。
勇輝は黙って、男の顔を見ていた。
「……もしもこれ以上深入りするようならば、『こちら』としても然るべき手段を執らせていただく、とも、ね」
男が、にこやかな口調で言う。
勇輝は恐る恐る、背後を振り返って母の顔を見る。
母も、黙ってその男を見ていた。
だけど。
ややあって。
母も、にっこりと笑う。
「ええ、良いですよ」
母は、あっけらかんと告げる。だが……
「ですけど……」
母は、にこにこしたままで言う。
「あの人が、それを聞き入れるかどうかは、私には解りません、それでも良いですか?」
その言葉に、今度は男の方が眉をぴくん、と跳ね上げた。
「あの人は、自分の仕事に誇りを持ち、強い使命感を抱いています」
母は、そんな男の様子など気にも止めずに続けた。
「私が言ったくらいで、あの人は、自分の『仕事』を放り出したりはしません、それはあの人にとって、信念を捨てる事になりますからね」
ふふ、と。
母が笑う。
「……その結果、こちらがそれなりの『手段』をとった、としてもですか?」
男が問いかける。
「ええ」
母は頷いた。
「むしろ、そちらがどのような手段をとるつもりなのかは知りませんけれど、そういう『脅し』の様な事をして来た、とあっては、多分あの人は、もっと大きな行動に出る、と思います、そう、例えば……」
じっと、母が男を見る。
「貴方方にとって、知られてはいけない事まで、知ってしまうかも知れませんよ」
くすっ、と。
母は、笑った。
勇輝は、何も言わずに男を見ていた。
沈黙だけが、三人の間に下りる。
ややあって。
ふっ、と、男が軽く笑う。
「強いですね、貴方達は」
男は、それだけを言いながら、玄関の扉をゆっくりと開ける。
「では、私はここで失礼します、とりあえずは伝言だけはお願いします」
「ええ」
母は、にっこりと笑う。
男はそこで、じっと勇輝の顔を見る。
「息子さんからも、君の父上に伝えといてくれよな」
ふ、と。
勇輝に優しく笑いかけ、その男は、開いた扉からゆっくりと出て行った。
JUSTICE @kain_aberu
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