第23話
その日の夜。
真壁は、病院の地下駐車場に駐車している自分の車に、ゆっくりと乗り込んだ。これもかなりの高額だったけれど、その金は以前に治療した代議士に出させた。
運転席に乗り込んだ真壁は、ゆっくりと鞄からカルテを取り出して広げた、いずれもが自分が診察した患者達、かなりの難病の人間もいれば、大した事の無い病気の者もいる、だが……
真壁が興味を持つのは、病気の内容じゃない。
住所、氏名、年齢、職業、果ては通っている大学や勤務先などの情報から、いくら金を搾り取れるのか、それだけが真壁にとっては重要だった、先日死んだ、あの須藤とかいう何処かの高校教師の娘など、ろくに金も払う能力も無いくせに、難しい手術を受けられると本気で思っているのだろうか?
それが娘が死ねば、『殺された』などと言って自分を訴えようとするなんて。
「バカな逆恨みも良いところだ」
真壁は吐き捨てる様に言う。
所詮、世の中は金なのだ。
金がある者が強く、金のある者が全てを手にできる、そうで無い者は何も得られないまま、無様にくたばって行くだけだ。
そうだ。
それで良い。
真壁は、そう思っていた。
金を得る事の出来ない人間は、それだけの『力』が無いのだ、その『力』は無論、人によって様々だろう、自分の様に医師としての才能がある者もいれば、人からだまし取る者もいるかも知れないし、奪い取る者もいるかも知れない、或いは真壁には想像も付かない賢い方法で、今まさに大金を手にしている者も、ひょっとしたら一人くらいはいるかも知れない。
まあ、そいつらがその金を、警察なんかに見つからずに自由に使えるかどうかは、また別の話だ。真壁は思う。
だが、自分は違う。
自分は、警察にも、法律にも決して罰せられる事の無いやり方で、大金を手に入れて来た。金を払えない貧乏人達を治し、その命を救ってやったのも、今まで閑古鳥が啼いていたこの病院の経営を立て直したのも、全ては自分の名前を広める為だ、バカな世間の奴らは、すぐに自分の事を持ち上げ、自分に頼るようになり、自分を有名にしてくれた。
そして案の定、この病院には多くの患者が来る様になった、後はその中から自分に金を落としそうな者達を見つけ、そいつらを助けてやれば良い。自分はそれでもっと有名になれるし、そういう連中は金も落としていく、その反面、貧乏人達は『助からない』、『適切な処置を行ったがダメだった』とか何とか言って見殺しにする、所詮、貧乏人が何を言おうとも、今の自分は名医として名が知られている、だからこそ……
「どうする事も出来ないって事さ」
真壁は、軽く笑って言う。
そうして大金を得、地位を得、自分は何不自由の無い生活を送るのだ。
自分に何も与えられないバカな貧乏人共など、どうなろうと知った事か、そもそもそういった者達は、どうせこの世の中に何ら貢献できる『力』の無い者達ばかり、いっそ死んだ方が、かえって世の中の為になる、というものだ、むしろ自分は……
「役立たずを『間引いて』やっているのさ」
ははは……
と。
真壁は、笑った。
さて。
真壁は笑いながら、再びカルテに視線を落とした。今日診察した患者の数は、全部で十五人ほど、その中から金のありそうな奴らを探して、どうやって搾り取るか考える、真壁の一番好きな時間だった。
だからこそ……
コンコン、と突然聞こえた、愛車の窓ガラスを叩く音に、真壁は、いつも患者達に向けている優しい笑顔を浮かべる事をうっかり忘れ、不快そうな顔を向けてしまった。
「何だ?」
車の窓を開けて、不快感を滲ませながら問いかける。
そこにいたのは、一人の少年だった。にこにこと、愛想の良い笑顔で真壁を見ている、その屈託の無い笑顔は、同性である真壁でも一瞬、何だか妙な気分にさせるものだったが、すぐに『お楽しみ』を邪魔された事を思い出して、また不快感を滲ませた顔になる。
「何か用か?」
少年に問いかける。
「ええ」
少年は、にっこりと。
愛想良く笑って、頷いた。
「悪いが……」
真壁が不快そうに言うのを、ジャスティスは笑顔で聞いていた。
「今は急いで帰らないといけなくてね、急患でも無いのならまた明日……」
「いえいえ」
ジャスティスは、首を横に振る。
「すぐに終わりますから」
そして。
ジャスティスは、後ろ手に持っていた日本刀を、ぐるんっ、と回転させ、刃をぐい、と車内に……
正確に言えば、真壁の喉元に向けて突き出した。
どす……
と。
鈍い音と共に、刃が……
真壁の喉を、貫いた。
「がっ……」
呻く真壁の顔に、にっこりと。
にっこりと、ジャスティスは笑いかける。
「『貧乏人』は『間引いて』も良い、ですか?」
ジャスティスは言う。
「なら」
ジャスティスは、微笑みながら、さらに深く刃を食い込ませた。
「僕が、貴方みたいな薄汚い『悪人』を殺すのも」
ジャスティスは、笑ったままで言う。
「また、世の中から『悪い奴』を『間引く』事になるから構わない、という事ですね?」
ずっ、と。
ジャスティスは、真壁の喉から刃を引き抜く。
ぶしゅうう、と……
貫かれた真壁の喉から血が噴き出し、その身体がカルテと共に、助手席の方へと倒れ込んだ。
それを見ながら。
ジャスティスは、にこやかに。
にこやかに、微笑んでいた。
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