第21話

 ガチャ、とドアを開ける。

「相良、先生は悪いが今手が離せないんだ、すまないが……」

「包丁持って、お料理でもしてたんですか?」

 楽しそうに。

 そして。

 何処か、嬉しそうにすら聞こえる口調で。

 相良勇輝が、言う。

 そこでようやく、雅志はちらりと右手に持ったままの包丁を見た、こんな物を持ったまま、教え子の前に顔を出すなんて、教師としては致命的だ、もっとも……今の自分は教師らしい表情などしてはいないだろうが。

「そんなところさ、だからお前はもう……」

 帰れ。

 そう言おうとして、雅志は顔を上げて、勇輝の顔を見る。

 だが。

「……っ」

 勇輝の顔を見た瞬間に。

 雅志は、思わずぎょっ、と目を剥いていた。

 勇輝は……

 勇輝は……

 笑っていた。

 にこにこ。

 にこにこと。

 楽しそうに。

 嬉しそうに。

 満面の笑みで……

 笑って、いた。


「……相良……勇輝……?」

 雅志はもう一度。

 目の前の少年に向かって呼びかけた。

「はい?」

 少年。

 勇輝は、にこにこしたままで言う。

「お前……」

 雅志は、勇輝の顔を見て言う。

「お前、本当に、勇輝、なのか?」

 一言一言を、区切る様に問いかける。そうで無ければ……

 そうで無ければ、とても信じられなかった、目の前にいるこの少年が、本当に……

 本当に、相良勇輝なのか……

「何を言っているんですか?」

 勇輝は、まだ……

 まだ、にこにことしたままで言う。

「僕は相良勇輝じゃないですか、いつもいつも遅刻をしては先生に、つまりは貴方に怒られてばっかりいる、成績も運動神経も最悪の劣等生」

 にこやかに微笑みながら、勇輝は言う。

 そう。

 雅志は、心の中で頷く。それは間違い無い、ここにいるのは紛れも無く相良勇輝、少なくとも、顔だけはそう見える、だけど……

 だけど、明らかに何かが……

 何かが、おかしい。目の前にいるこの少年からは、何か……

 何か、異様な雰囲気が醸し出されていた。

「ところで先生」

 にこにこしたままで、勇輝が言う。

「先生は、こんな噂を聞いた事がありませんか?」

 勇輝が言う。

 雅志は、黙っていた。

「自分の欲求を満たす為、様々な悪事に手を染める『悪人』、法で裁こうにも、彼らには高い社会的な地位があり、警察でも手出しは出来ない」

 勇輝が言う。

 まるで謳うようなその口調に、雅志は口を挟む事が出来なかった。

「そんな『悪人』達を、闇へとひっそりと葬り去る『殺し屋』が、この世の中にはいる」

 勇輝が、告げた。

 雅志は息を呑む。

 確かに、そんな噂を聞いた事がある、生徒達が教室で囁き合っていたし、ネットなどでも度々話題になっているらしい、先日、何処かのヤクザの組が、事務所ごと皆殺しにされた、というニュースが報じられた時にも、そんな話が流れていた、あのヤクザ達は、悪い事をしていたので、『殺し屋』に消されたのだ、と。

 そして。

 その『殺し屋』は、今し方勇輝が言った通りに、法では裁けない『悪人』達を、闇から闇へと葬り去る『殺し屋』だ、と、そういう話も確かに聞いた。

 その『殺し屋』の名前は確か……

 確か。


「『ジャスティス』」


 勇輝が。

 否。

 『殺し屋ジャスティス』が。

 にっこりと。

 雅志に微笑みかけながら、言う。

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