第20話

 雅志は、無視した。

 誰が来たのか知らないが、今は……

 今は、誰とも関わりたく無い。

 雅志は、そのまま無視して、キッチンシンクの下の棚を開けようとした。

 だが。


 ピンポーン。


 またしても、インターホンの音が響く。

 雅志はまた無視した、棚を開ける、料理用の包丁が入っていた、それを手に取る。

 じっ、と視線を刃に落とす、天井からの電球の明かりを受け、刃が鈍く輝く。

 恐ろしい。

 とか。

 これから『する』事を考えて、痛いかも知れない、とか。

 そんな感情は、何一つとして湧いて来ない。

 刃をじっと見る。

 自分自身の顔が、映っている、酷くやつれ、精細さを欠いた表情、どんよりとして目は、まるで死んだ魚のようだった。こんな自分が『あちら』に行ったら、恵美は怒るかも知れないな、雅志は苦笑いと共に、一瞬そんな風に思った。

 だけど……

 だけど……

「父さんは……もう……」

 そうだ。

 もう、父さんは……

「疲れて、しまったんだよ……」

 雅志は言う。

 そうして。

 包丁を、ゆっくりと……

 ゆっくりと、喉元に押し当てようとした時だった。


 ピンポーン。


 またしてもインターホンの音だ、雅志は舌打ちしてドアの方を見た、誰だか知らないが、これだけ出ないのだから、いないと思って立ち去るものだろう、或いは出られ無い状況なんだ、と気が付かない、察しの悪い奴なのか?

 雅志がそう思っていた時だった。

 ピンポーン。

 ピンポーン。

 ピンポーン

 相手はどうやら、雅志が家の中にいる事に気づいているらしい、ついでに言えば、出られるのに出ないでいる、という事にも気づいているらしかった。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。

 しつこくインターホンを鳴らす音、おまけにガチャガチャと、しつこくドアノブまで回す始末だ。

 雅志は苛々と歯ぎしりした。

 それでも出ないでいる、今度は……


 コンコン、コンコン……


 激しく扉までノックし始めた、もう死ぬ決意まで固めたというのに、あのバカな奴のせいで台無しだ。

 雅志は仕方無く、包丁を元の棚に戻して立ち上がった。

 そのままドスドスと、荒々しく家の中を歩き、玄関まで歩く。

「はい?」

 無愛想に問いかける。

「どちら様ですか?」

 問いかける。

 聞こえてきた声は……


『相良ですー』


「……?」

 雅志は怪訝な顔になる。

 相良、つまりはあの……

「……相良勇輝か?」

 雅志は問いかける。

『そうですー、開けて下さい先生、開けて下さーい』

 ドアの向こうからの声が。

 相良勇輝(さがらゆうき)の声が、呼びかける。

「……悪いがな」

 雅志は言う。

「今日、ちょっと先生は用事があるんだ、急ぎで無いのなら……」

『急ぎの用事ですので開けて下さーい』

 勇輝の声が、ドアの向こうから聞こえる。

「……どんな用事だ?」

 雅志は問いかける。

『あー……それは……その……』

 勇輝がドア越しに口ごもった。

 雅志はため息をついた、結局大した話では無いではないか。

 だが。

『と とにかく大事な話があるんです!! 開けて下さい、開けないんだったらまた……』

 勇輝はそのまま、またしてもインターホンを鳴らした。

 さらにはノブもガチャガチャ回し始めた。

 雅志は、またため息をついた。

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