第18話

「あの」

 声がする。

 雅志は、ゆっくりと……

 ゆっくりと、顔を上げる。

 そこに立っていたのは、さっきの受付の看護師だった。

「……どうも」

 雅志は、軽く頭下げた。

「……もしかして、貴方は……その……」

 受付の看護師は、じっと。

 じっと、雅志の顔を見る。

「……須藤恵美さん、の、ご親族の方、ですか?」

「そうですけど……?」

 雅志は、その看護師を見て言う。

「……実は……私は……」

 看護師は、じっと雅志を見る。

「私は、あの時、恵美さんの手術に立ち会っていたんです」

「……っ」

 雅志は息を呑んだ。それはつまり……

 つまり。

「……はい」

 雅志が何かを言うよりも早く、その看護師は頷いた。

「私は見ていたんです」

 看護師は言う。

「あの人が……」

 看護師が微かに震えながら言う。

「あの人が、真壁先生が……」

 雅志は、看護師を見ていた。

 そして。

 看護師が、言う。


 しばらくしてから。

 雅志は、どんどん!! と、真壁の診察室の扉を叩いた。

 そのまま返事も待たずに、扉を蹴破るようにして開ける。

「真壁先生っ!!」

 雅志は怒鳴り付ける。

「おや?」

 真壁は、部屋の奥の方にある、大きなデスクに座り、脚を組んで、こちらを見ていた。

「何か、お忘れ物ですか?」

「……っ」

 雅志は、ぎりり、と歯ぎしりした。

「……あんた……」

 雅志は言う。

「あんたは、見捨てたのか!?」

 雅志は問いかける。

「何の話ですか?」

 真壁は言う。

「とぼけるなっ!!」

 雅志は、ドスドスと荒々しく歩いて、部屋の中に入り、ばんっ、と机を叩く。

「あんた、娘の手術の時、何もしなかったそうじゃないか!?」

 真壁は何も言わない。

「娘が苦しんで、助けを求めているのを……!!」

 雅志は言う。

「あんたは、見捨てたんだ!!」

 雅志は怒鳴り付けた。


「見捨てたなんて」

 真壁は言う。

「人聞きの悪い、私は……」

 真壁は、軽く笑った。

「『命』という物の価値を、知っているだけですよ」

「……価値、だって?」

 雅志は問いかける。

「はい」

 真壁は笑ったままで言う。

「貴方の娘さんが急変したあの日、この病院に出資して下さっている、ある代議士のご子息が運び込まれてきたんです、怪我をした、とかなんとか言ってね」

 真壁が言う。

「ああ、実際にはちっとも大した怪我ではありませんでしたよ、飼い犬と庭で遊んでいて転んで擦りむいただけです、だけどね……」

 くくく、と。

 真壁は嫌らしく笑った。

「ちょっとだけ、診察の時間を遅らせて、痛い、苦しいとか言わせて、その後に、『危険な状態です』とかなんとか言えば、いくらでも金を貢いでくれるんですよ、ああいう連中は」

 真壁の笑い声と。

 話をする口調は。

 どんどんと、大きくなっていく。

「だから、その為にちょっと、時間を稼ぐ必要がありまして、ね」

 ははははははははははは……!!

 真壁は、これまで以上に大きな声で笑った。

「つまり……」

 雅志は、ぎりり、と歯ぎしりして言う。

「あんたは、その為に、ドナーまで見つかったうちの娘に何もしないで……」

「何もしていない、とは心外ですね、きちんと言いましたよ」

 まだ笑いながら、真壁は言う。

「君のおかげで、私はまた金を得られる、ありがとう」

 真壁は言う。

「私の為に、良いタイミングで急変してくれて……」

「もう沢山だっ!!」

 雅志は叫んで、握りしめた拳を振り上げ、そのまま真壁に向かって襲いかかる。だけど。

 真壁は微動だにせずに、その拳をぱしっ、と受け止める。

「危ないなあ」

 真壁は言う。

「手は医者の命なんだから、勘弁して下さいよ、本当に」

 そして。

 真壁はどんっ、と。

 雅志の身体を突き飛ばす。

「良いですか?」

 真壁は、たたらを踏んで離れた雅志に向かって言う。

「所詮、この世の中はね……金なんですよ」

 真壁は、はっきりと。

 はっきりと、告げた。

「金も無い、何処かの偏差値の低い高校の、一教師の娘と、我が病院に出資してくれている上、気に入られれば院内での地位の向上にも繋がる人間の息子」

 真壁は、せせら笑う。

「命の『価値』が、どちらの方が上かなんて、考えるまでも無いでしょう?」


 ははははは……!!


 真壁は。

 勝ち誇った様に……

 笑って……

 告げた。

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