第17話

 勇輝と伸也の二人を、病院から家まで送った後。

 雅志は……

 雅志は、ゆっくりと……

 ゆっくりと、病院に戻り、受付に向かっていた。

 受付には看護師が一人いて、黙って書類整理をしている。雅志はそれをじっと見ながら、受付近くに佇んでいた。どうすれば良いのか……

 話しかける。

 だが……

 だが、何と言えば。

「……あの」

 雅志は、受付に言うが、何と言えば良いのか解らない。

 それでも。

 雅志は、ぎゅっ、と目を閉じた後。

 ゆっくりと、口を開いた。

「真壁先生は、いらっしゃいますか?」

「……真壁先生、ですか? ちょっと今忙しいのですが……」

 受付にいる看護師は、じっと雅志の顔を見る。

「何時間でも、待たせて頂きます、どうしても……」

 雅志は、じっと受付の看護師の顔を見ながら言う。

「……お願いします」

 雅志は言う。

「どうしても、聞きたい事があるのです」

 雅志は、はっきりと告げた。

 受付の看護師は、その言葉に……

 何も言わずに、ただ黙って……

 黙って、頷いた。


 ややあって。

「お待たせしました」

 ロビーの椅子に座っていた雅志の耳に、穏やかな声が届いた。

「……どうも」

 雅志は、ゆっくりと……

 ゆっくりと、椅子から立ち上がった。

「それで、一体何のご用でしょうか?」

 真壁が問いかける。

「娘の事で、お伺いしたいことが……」

 その言葉に。

 真壁は……

 小さく頷いた。


 それからしばらくして。

 真壁と雅志は、真壁の診察室にいた。

「……それで」

 真壁が問いかける。

「一体、どんな事が聞きたいのでしょうか?」

 真壁は、じっと雅志を見る。

 雅志もまた、じっと真壁を見ていた。

 整った顔立ちにきちんとした髪型、白衣も、その下の衣服も綺麗だった、甘いマスクに優しい声、きっと……医者としてもそれなりに有名なのだろう。だけど……

 だけど雅志にとって、この男は。

 いいや。

 そこまで考えて、雅志は首を横に振る。先入観は捨てろ、彼が……

 彼が、娘を救おうと努力していたという可能性だってまだ。

 まだ、あるのだ。

「……娘の事です、一体、どうしてあれほどまでに順調に回復に向かっていた娘が、急に……」

「娘さんの病気は、残念ながら非常に治療が難しいものでした」

「で でも……臓器移植のドナーが見つかったと……」

 雅志は言う。だが真壁は首を横に振る。

「残念ですが、それよりも早く病気が進行してしまったのです、そればかりは私達にもどうする事も出来ません」

 真壁は言う。

「……っ」

 雅志は歯ぎしりした。

「非情に、残念な事です」

 真壁は、目を閉じた。

 雅志は、何も言わない。

 ただ黙って……

 黙って、その場に項垂れていた。


 そのまま、やんわりと、ではあったけれど……

 部屋を出るように、と言われて、雅志はふらふらと診察室を出た。

 雅志は目を閉じ、黙って……

 黙って、とぼとぼと廊下を歩いていた。

 やがてロビーに戻る。

 既に診察の受付時間は終わっていて、しん、とロビーは静まり返っている、雅志はそのまま、ロビーの椅子に力無く腰を下ろした。

「恵美……」

 雅志の呟きが、静まり返ったロビーの中に吸い込まれる。

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