第16話

 そこに立っていたのは、一人の男だった。

 すらりとした長身、きちんと整えられた髪、身につけている白衣も、きちんと洗濯され、整っている。

「残念ですが」

 男が言う。

「……先生」

 雅志が言う。

「……あの、須藤先生、この人は……?」

 勇輝は、小さい声で問いかける。

「真壁(まかべ)医師、娘の……」

 雅志は目を伏せて言う。

「恵美の、主治医の先生だ」

「ええ、そちらは……」

 ちらりと。

 真壁は、進也と勇輝を見る。

「恵美さんの、お友達ですか?」

「……ええ、まあ」

 勇輝は頷いた。

「そうですか」

 穏やかに、真壁医師は笑う。

「ですが残念ながら……娘さんのご病気は、もう、取り返しの付かない段階まで来ていました」

「でも……」

 雅志が、真壁の顔を見て言う。

「……恵美は、ドナーが見つかったと言ったでは無いですか……」

 真壁は目を閉じる。

「……申し訳ありません、ですが、予想よりも早く、娘さんの容態が急変してしまったのです、それが原因で、娘さん、恵美さんは……」

「でも……」

 ぎゅっ、と。

 雅志は拳を握りしめる。

「……申し訳ありません」

 真壁は頭を下げた。

「本当に、運が悪かった、そうとしか言えないのです……」

 雅志は黙り込む。

 本当に、運が悪かった。

 そんな言葉しか無いなんて。

「……それで、受け入れられると思いますか?」

 雅志が言う。

「……思っていません、ですが本当に、私には……」

 真壁は呻く様に言う。

「……っ」

 雅志が顔を上げ、何かを言いかける。

 だが。


『真壁先生、真壁先生』


 近くのスピーカーから声がする。


『至急、院長室にお越し下さい、繰り返します、真壁先生、至急、院長室へお越し下さい』


 真壁は顔を上げてその放送が聞こえて来たスピーカーの方を見、そしてゆっくりと息を吐いた。

「申し訳ありません、行かねばならないので……」

 真壁は、深く頭を下げた。

 そして……

 真壁は、ゆっくりとした足取りで歩いて行く。


「……相良」

 声がする。

 雅志の声だ。

 ぽん、と勇輝の肩に、手が乗せられる。

「高坂も」

 雅志が言う。

「娘の事では、お前達に色々と迷惑をかけたし、心配もかけた、それに……色々と遊んだりしてくれて、本当に感謝している」

 雅志は、沈んだ声で言う。

 勇輝と進也は何も言わない。

 言う事が、出来なかった。

「今日は、私が家まで送ろう、また明日、学校でな」

「……先生」

 勇輝は、雅志に言う。

「大丈夫だ……大丈夫だから、な」

 雅志はそう言って、勇輝と伸也の返事も待たずに、ゆっくりと歩き出す。

 勇輝は。

 そして伸也も。

 黙って、それを見ていた。

 雅志は振り返らないで、黙って歩いて行った。

 勇輝は、ちらり、と。

 先ほどの医師、真壁が歩いて行った方を一瞬見た。

 本当に……何も出来なかったのだろうか?

 本当に……?

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