第15話

「何処行ってたんだよ?」

 恵美の病室に戻った勇輝に、伸也が声をかけてきた。

「……いや、ちょっと先生と話をしていただけさ」

 勇輝は、軽く笑う。

「……お父さん、と?」

 恵美が、勇輝の顔を見て問いかける。

「……お父さん、何か言っていたの?」

 問いかけに、勇輝は口ごもる。

「ああ……その……」

 勇輝は、視線を逸らす。

「……何を、言われたの?」

 恵美が問いかける。

 勇輝は、目を閉じる。正直、隠し事は得意では無いのだ。

 勇輝は、軽く息を吐いた。

「……君の事を、頼むって、そう言われたんだ」

 勇輝は言う。そう。それは嘘では無い。少なくとも……そう言っていたのだから。

「……そう」

 恵美は、頷いた。

「おいおーい……」

 伸也の声が割って入る。

「何で勇輝だけにしかそれを言ってくれないんだよー? お父さーん!!」

 伸也は、大声で廊下の方に向かって呼びかけたけれど、それに須藤雅志からの返事は無かった、既にもう廊下にいなかったのだろう、一体……

 一体、何処に行ったのだろう?

 勇輝は、そんな事を考えた。


 そして。

 勇輝と伸也が、須藤雅志から、『娘が急変した』という報告を受けたのは……

 その、数日後の事だった。


 勇輝と伸也が病院に駆けつけた時には、既に……

 既に、全てが終わっていた。

 須藤恵美は、もう……

 もう、何も言わない身体となっていた。

 伸也がいくら朗らかに話しかけても、彼女は何も言わない。

 まるで……

 まるで、眠っているかのように……

 黙って、目を閉じているだけだ。

 勇輝は顔を上げて、須藤雅志を見ていた。

 昏い表情。

 生気を失った目。

 ぶつぶつ、ぶつぶつと。

 小さい声で、独り言を言い続ける口。

 そこには……

 そこにはもう……

 遅刻した勇輝を、出席簿で殴りつけた、あの厳しい担任の表情は無かった。


「……先生」

 霊安室を出、そのまま廊下に置かれた椅子に、力無く腰掛けている雅志に、勇輝と伸也はゆっくりと歩み寄る。

「……ああ……」

 雅志は、ゆっくりと顔を上げた。

「お前達、か……すまないな、せっかく来て貰ったのに、今日はこんな事で……」

「……何言ってんだよ、先生……」

 伸也が言う。

「……恵美ちゃんがやべえ、って、先生が俺らに連絡してくれたから、俺らは来たんだぜ?」

「ああ……」

 雅志は頷いた。

「そうだったか? はは……すまん、忘れていたよ……」

 雅志が言う。

「先生……」

 勇輝は、雅志の横に座った。

「大丈夫、ですか?」

 ぽん、と。肩に手を置く。

「……ああ……ダメだ……」

 雅志は言う。

「娘は、私の希望だったんだ、早くに妻を亡くしてしまって、ずっと一人で育てて来た、それなのに……」

 雅志は目を閉じる。その眦に涙が光っていた。

「それなのに……どうしてこんな……ドナーも……」

 雅志が言う。

「ドナーが、見つかりそうだったのに……」

 雅志は、呻いた。

 そうだ。

 確かに以前、雅志からそう聞かされた。

 だけど。

「……間に合わなかったんですか?」

 勇輝は問いかける。

「残念ながら……」

 声がする。

 雅志の物では無い声だ。

 勇輝は……

 伸也は……

 そして雅志は……

 同時に顔を上げて、そちらを見る。

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