第14話

 それから。

 勇輝と伸也の二人は、何かと時間を見つけては、須藤恵美の病室を訪れるようになっていた。

 最初のうちは、何処かぎこちない雰囲気だった恵美も、だんだんと二人に打ち解ける様になって来て、最近では笑顔を見せてくれるようになった。

 伸也は、そんな彼女を見て嬉しそうにしていた。

 だが……

 だが、勇輝は……

 勇輝は……


「……相良」

 その日も、恵美の病室に見舞いに来て、伸也と、恵美と、三人で色々な事を話していた。

 だが勇輝だけは、どうしても……

 どうしても、笑顔にはなれなかった、彼女の余命が、もう……

 もう、あまり長く無いのだ、という事が、どうしても頭から離れてくれないのだ。

 そして。

 曖昧な笑顔を浮かべながら、今日も恵美と話をしていた時。

 背後から、須藤雅志(すどうまさし)、つまりは勇輝と伸也の担任であり、恵美の父が、小さい声で呼びかけて来た。

「はい?」

 勇輝は、振り返って言う。

「……ちょっと来てくれるか?」

「何だよ勇輝ー」

 伸也がからかう様に言う。

「こんなところでまで、お父さんになんか説教される事でもしたのか?」

 伸也はそう言ってゲラゲラと笑った。

「……お父さんって……お前なあ」

 勇輝はさすがに顔をしかめる。こいつの中ではどうやらすでに、恵美とは『そういう事』になっているらしい。勇輝は半ば呆れながらも、ゆっくりと椅子から立ち上がって、雅志が待つ病室の外に向かって歩き出す。


「……はい?」

 廊下に出た勇輝は、雅志と向き合った。

「……あまり、娘と会うときに悲しそうな顔はするなよ?」

 雅志がそう言って、勇輝の顔を見る。

「確かに、あいつはもう長くは無いけど、それでも……」

 雅志は、じっと。

 じっと、勇輝の目を見る。

「可能性が無い、という訳じゃないんだ」

 雅志が言う。

 その口調が、少しだけ。

 少しだけ、『長く無い』という事を、勇輝に伝えた時とは違っている事に気づいた。

「……それって……」

 勇輝は呟く。

「……ああ」

 雅志は頷いた。

「……ドナーが、見つかりそうなんだ」

 勇輝の顔も、少しだけ明るくなる。

「主治医の先生が、教えてくれたんだ」

 雅志が続けた。

「そう、ですか……」

 つまりは彼女は……

 彼女はまだ、生きる希望がある、という事だ。

「……だから」

 雅志は、じっと。

 勇輝を見る。

「お前は、凄く優しい、という事が、娘との交流で解ったよ、毎日毎日、娘がもういなくなってしまった時の事を考えて、その……」

 その言葉に、勇輝は目を閉じる。

「……どうしても、先生の事とか、あの子の事とかが、他人事とは思えなくて」

 勇輝は言う。

「家族を、突然失うのは……」

 勇輝は目を閉じる。

「……解ってるよ」

 雅志が言う。

「お前が、私や、娘の事を考えてくれているって事はな、だけど……私がお前と伸也を恵美に会わせたのは、まあ、成り行きではあるけれど、それでも、あいつが少しでも前向きになってくれれば、という気持ちからなんだ」

「……そう、ですね」

 勇輝は、頷く。

 確かにそうだ、いつまでも、悲しい顔をしているわけにはいかない。

 それにもしかしたら……

 もしかしたら、彼女は生き残れるかも知れないのだ。

「……ええ、僕も、そう思う事にします」

 勇輝は、微笑んで言う。

「ああ」

 雅志も、笑った。

「……色々ありがとう」

 雅志の言葉に。

 勇輝は、頷く。

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