第13話
「二人共、お父さんの生徒さんなんですね」
自己紹介した勇輝と伸也に、恵美という少女は嬉しそうに言う。
「そうなんです!! 先生には、いっつもすっごくお世話になってるんですよー」
伸也は嬉しそうに言い、勇輝を押しのけて恵美に近づく。
勇輝はややムッ、としたけれど、伸也は無視して、さっきクレーンゲームで取ったぬいぐるみを恵美に差し出す。
「だから今日はこうして、娘さんのお見舞いに同行したんですー」
「……たまたま先生を見つけて付いて来たってだけじゃ無いか」
勇輝がぼそりと言う。伸也は無視して、ぬいぐるみを恵美に渡して嬉しそうにしていた。
恵美もまた、伸也と楽しそうに会話をしている、勇輝は何も言わずに二人を見ていた、どのみち、こういう場面では自分よりも、彼の方が相応しいだろう。
そう思って、勇輝は無言で病室の中を見回す、そういえば須藤は何処に行ったのだろう?
そんな事を、一瞬考える。
「勇輝、くん?」
恵美の声がする。
「……ん?」
勇輝は恵美の方を見る。
「どうかした?」
「ああ、いや、先生は何処に行ったのかなー? ってね」
勇輝は軽く笑う。
「……そういえばそうだな?」
伸也も辺りを見回した、恵美も不安そうになる。
「まさか、本当に今頃ナースとエロい事を……?」
伸也が言うのを、勇輝はじろっ、と睨み付けた後、ゆっくりと立ち上がる。
「ちょっと探してくるよ、二人はここにいてくれ」
勇輝はそう言って、返事も待たずに病室を出た。
がらり、と。
病室の引き戸を開けて廊下に出る。
須藤は、病室を出てすぐの場所にいた。
その表情は、どんよりと暗く、落ち込んでいる様に見えた。
「……先生」
「あ ああ」
須藤が勇輝に、今気づいた様な顔で振り返る。
「いや、別に……」
須藤が小さい声で、呻く様に言う。
「……何が、あったんですか?」
勇輝は問いかける。
須藤は何も言わない。
勇輝は黙って、須藤の顔を見ていた。
須藤は、ややあって……
ややあって、ゆっくりと息を吐いた。
「……長く、ないんだ」
須藤が言う。
「……っ」
何の事なのか、とは聞かなくても解った。
「恵美は……長く無い、心臓の病気なんだ、心臓移植出来れば、助かるかも知れない、だけど……」
須藤は目を閉じた。
勇輝は、拳を握りしめる。
「移植出来る、心臓が無い……」
須藤が言う。
勇輝は黙っていた。
「……もうすぐ、娘は……」
須藤は目を閉じる。
「……っ」
勇輝は、微かに息を呑んだ。
そんな……
自分は、短いやりとりしかしていないけれど、それでも……
それでも、彼女がとても良い娘だと解る。それなのに……
それなのに、そんな……
「……すまない」
須藤は、微かに目元を拭い、じっと勇輝を見る。
「お前らに話す事じゃなかったな、もうバレてしまったから言うけど……」
須藤は、じっと勇輝を見る。
「これからも、時々娘に会いに来てくれると嬉しい、あいつは……ずっと入院していて、今まで友達も出来なかったからな」
勇輝は押し黙る。
だけど。
ややあって。
「……はい」
そう言って。
勇輝は、少しだけ笑った。
あまり、良い笑顔では無かったけれど。
それでも。
勇輝には、笑うしか出来なかった。
『家族』を失う悲しさは、勇輝には……
勇輝には、痛いほど解るからだ。勇輝はほんの一瞬で、全てを奪い去られてしまったけれど、須藤は……
彼は、愛する娘が少しずつ、けれど確実に、死に向かうのを、ただ……
ただ、眺めるしか出来ないのだ。
そう思うと、勇輝はとても笑う気にはならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます