第11話
担任の教師は、勇輝と伸也には全く気づいていない様子で、ゆっくりとした足取りで街を歩いている。
「何、してるんだろうな? まさか……生徒指導で見回りとか?」
伸也が問いかける。
確かに、繁華街に生徒が行かないように、教師が見回りをする、というのは、勇輝達が通う高校でもやっている事だ。
だが。
「それにしちゃあ……どんどん街から離れていくぜ」
勇輝が言う。
そうだ。
確かに担任は、街を歩いていた。
だけど。
その足は、どんどん繁華街から離れ、喧噪が少ない街外れへと向かって行く。この先にも大きな病院やら銀行やら、それなりの賑わいはあるものの、放課後の高校生が行くような場所ではあまり無い。
「……もしかして……」
勇輝は小さく呟く。
「看護師と、え エロい事してるのか!?」
伸也が大きな声で言う。
勇輝は、思わず軽くズッコケていた。
「君はバカか!?」
振り返って問いかける勇輝に、伸也はムッとしながら。
「何でだよ? この先にあるのは病院だぞ? となればやはり……ナースと怪しげな関係に……」
伸也は、両手を頬に当てて、表情を恍惚とさせて言う。
「……あのね、君じゃないんだから、誰も彼もがそう女の子ばかり追いかけるわけ無いだろう?」
勇輝はため息と共に言う。
その言葉に伸也はまたムッ、とした顔になり、勇輝を睨み付ける。
「だったら確かめてみようぜ」
「……確かめるって……」
勇輝は伸也の顔を見る。
「……見つからない様に尾行するのさ、さあ、行こう」
そのまま伸也は、勇輝の返事も待たずに担任教師の後を追って、こそこそと忍び足で歩き始めた。
勇輝はそれを見て、はああ、とため息をつきはしたものの、結局は伸也に続いた、やはり勇輝も、担任が何処に行くのかが気にならない、と言えば嘘になるからだ。
そのまま二人は、ゆっくりと夕方の繁華街を、電柱や車の陰に隠れながら、担任の後をゆっくりと尾行していった。
やがて担任が足を止めたのは、繁華街の外れにある花屋だった。
担任教師はそこで、大きな花の束を購入し、やはりゆっくりとした足取りで歩いて行く。
「……あの花束、きっとナースに渡すんだな……」
伸也が言ったけれど、勇輝はもう何も言わなかった。
そして。
二人はそのまま、またしてもこそこそと後をつけ始める。
やがて。
担任は、ゆっくりとした足取りで、大きな総合病院に入っていった。
「や……」
伸也が言う。
「やっぱり、ナースといやらしい事を……」
勇輝はため息をつく。
「君は、普通に誰かのお見舞い、という発想にならないの?」
「……うちの先生に、見舞いに行かなきゃいけない身内がいるなんて、聞いた事が無いぜ?」
そう言われて、勇輝も返答に窮した。
確かに、まあ、普通生徒に、そんなプライベートな事までべらべらと話す教師はいないと思うけれど、それでも、そんな相手がいる、という話は、勇輝もついぞ一度も聞いた事が無い。
「と とにかく入ってみようぜ」
勇輝は言いながら、担任の後を追って走り出す。
総合病院のロビーに入る。
だけど。
「……いない、な」
伸也が呟く。
「……うん」
病院のロビー、昔は、総合病院、と言っても、ただ大きい病院、という程度の物でしか無かったけれど、医院長が新しくなってからは、病院も改装し、医師達も、内科、外科、精神科、果ては歯科医に至るまで、とにかく優秀な人材を集め、今ではこの街だけで無く、余所の街からも患者が来る様な、大きな病院になったそうだ。
その為、この病院のロビーはいつも沢山の人で溢れている。
この中から、たったの一人の人間を探すのは……
勇輝は辺りを見回す。
だが教師の姿は何処にも無い。
「くっそー、先生にナースを紹介して貰う俺の計画が……」
伸也が言う。
「あのね……」
勇輝はさすがに呆れた。
「誰かのお見舞いだろう? さすがにこれだけ人がいる中で、誰といやらしい事なんかするんだよ?」
勇輝が言うと、伸也は首を横に振る。
「いやいや、きっと今頃先生は、誰も入院していない病室とかで、お目当てのナースとあんな事やこんな事を……」
伸也が言うと。
「お前は……」
声が、響いた。
二人の背後から。
そして。
ぽん、と。
二人の肩に、同時に手が乗せられる。
「普段から先生の事を、放課後にこっそりと病院に来て、ナースとエッチな事をする変態教師、という目で見ている、という事だな?」
穏やかな声。
だけど。
振り返らずとも解る。
この声の主は、こんな穏やかな声でも、きっと……
きっと。
もの凄く、怒っているのだ、と。
「なあ」
声が言う。
「あ、いや、言ってるのは伸也だけで、僕はほら、きっと先生はどなたかのお見舞いだろうって……」
「て てめっ……」
伸也が勇輝を睨み付ける。
勇輝も伸也の方を見る。
「な 何だよ? 本当に僕はお見舞いだと思ってたし、エロい事してる、って言ってたのは君だったろ?」
勇輝は伸也に向かって言う。
「……っ」
事実を言われた伸也は二の句が繋げない。
勇輝は、ふふん、と伸也に笑いかける。
「ドヤ顔をしているところ悪いがな」
声が言う。
「放課後、どうやら二人共随分と楽しく遊んでいたようだが、そもそもあの辺にあるゲームセンターは、放課後に生徒が入ってはいけない、という事になっていたよな?」
勇輝は、ぎくっ、と肩を震わせた。
「そうですよねー、それなのに勇輝がゲームセンターへ行こう行こうって、しつこくって」
「……お お前……っ」
勇輝は伸也を睨み付ける。
「なんだよー? ゲームセンターに行こうって言い出したのはお前だろう?」
「……っ」
こちらも、事実を言われて勇輝は二の句が繋げない。
「そうか、そうかー」
楽しそうな声。
「それでは二人共、明日の朝一番で反省文だな、それから……」
ぐるっ、と。
無理矢理後ろを振り向かされる。
「他人様を尾行するなんて、プライバシーの侵害行為をした、という事に関しても、みっちりと説教しないと、なあ? 相良、高坂」
にこにこ、にこにこと。
満面の笑みを浮かべながら。
その目が、全く笑っていない担任教師が。
二人を、見下ろしていた。
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