第10話

「ちっくしょおおおおお!!」

 放課後。

 勇輝の大絶叫が、大通りいっぱいに響いた。

 隣では伸也が、学食の時以上の大きな声でゲラゲラと笑っている、既に腹を抱えている始末だ。

「思いっきり『縦』にしやがってええええええ!!」

 勇輝はがなり立てた。

「いやあ!! 本当に素晴らしい先生だ、生徒達をいつもいつも笑顔にしてくれる!!」

 ははははははは……と。

 伸也が大笑いする。

「……お前っ!!」

 勇輝はじろりっ、と伸也を睨み付ける。

「親友の不幸を笑ってるんじゃないよ!!」

 勇輝は叫ぶ、だが伸也はまだ笑ったままだ。

「これが笑わずにいられるかよ、一日で二回だぜ、二回!!」

 ひー、ひーっ、と。

 伸也は喉の奥で息をした。

「……っ」

 勇輝はギリギリと歯ぎしりしながら伸也の顔を睨み付ける。

「あの担任めぇえええええっ!!」

 勇輝は顔を上げ、思い切り大声で叫んだ。

 伸也は、まだゲラゲラと笑い転げていた。


 大通りを中程まで進んでも、伸也はまだゲラゲラと大きな声で笑い続けていた。

「……おい」

 勇輝はドスの利いた低い声で言うが、伸也はまだ笑っている。

「おい、伸也」

 勇輝はもう一度呼びかける。

 だけど伸也は気がつかない、と言うよりも気がつかないふりをして、更に笑った。

 その大きな笑い声に、近くを歩く人達が何事かと振り返るくらいだった。

「おい、伸也っ!!」

 さすがに頭に来た勇輝は、怒声を張り上げた。

「何だよ?」

 ようやく笑い終えた伸也は、勇輝の顔を見る。

 勇輝はその伸也の顔を、じろりっ、と睨み据える。

「笑いすぎだぞお前!!」

「しょーがないだろー?」

 伸也はそう言って、また笑う。

「こーんなに笑えるんだから、さあ!!」

 わはははは……!! と伸也がまた笑うのを聞きながら、勇輝はついに大声を上げた。

「いい加減にしろよお前はっ!!」

 そのまま伸也に掴みかかろうとした勇輝の視界の端に、煌びやかな看板が飛び込んで来た。

 ゲームセンターだ。

「おい、伸也!!」

 勇輝は叫ぶ。

「ああ? 何だよ?」

 まだ笑ったままの伸也に、勇輝は近くのゲームセンターをびしっ、と指差す。

「勝負だ!! 僕が勝ったら、いい加減そのバカ笑いを止めろ!!」

「良いぜ」

 伸也はヘラヘラ笑って言う。

「その代わり俺が勝ったら、明日の昼飯はお前の驕りなー?」

「望むところだ!!」

 勇輝は怒鳴り付け、ドスドスと荒々しく不機嫌にゲームセンターに入っていった。


 数十分後。

「……畜生……畜生……畜生……」

 勇輝は呪いの言葉の様に、その言葉を何度も繰り返していた。

「甘いねえ」

 伸也が隣で、もうこれ以上無い、というくらいに満面の笑みを浮かべていた。その手にはクレーンゲームの景品のぬいぐるみが沢山抱えられていた。

「ゲームで俺に勝てるもんか」

 ひっひっひ、と。

 伸也は笑う。

 あの後。

 格闘ゲームをプレイすれば、勇輝は開始数十秒で伸也のキャラに負け、ガンシューティングも、勇輝は伸也の半分も敵を倒せず、クレーンゲームでは、勇輝は一個も取れなかったが、伸也は景品を次々に取り出し口に落としていた。

「……畜生、畜生、畜生……」

 勇輝は呪いの言葉を吐き続けながら、伸也を睨んでいた。

「これで明日の昼飯はゲットだなあ? ついでにこのぬいぐるみをクラスの女子達に配って来よっと、ああ、もちろんお前の派手な負けっぷりに関しても、たーっぷりと語ってやるからな?」

「ふんっ」

 勇輝は鼻を鳴らした。

「君がその女子達と、まったく上手く行かないっていう方に賭ければ、今日のゲームセンター代と、明日のお昼代くらいすぐ帳消しに出来るさ」

 勇輝は負け惜しみ代わりに言いながら、伸也を睨み付ける。

 だが。

 勇輝の悪口にも、伸也は何も言い返さない。

「……?」

 勇輝は怪訝な顔で、伸也を見る。

 伸也は、勇輝の方を見ておらず、通りの奥の方、駅前の交差点へと続く道を、じっと見ていた。

 やや怪訝そうに、眉を潜めながら。

「どうしたんだ?」

 勇輝は問いかける。

「おい、あれ……」

 伸也が、通りの先の方を、顎でしゃくった。

 勇輝も、釣られてそちらを見る。

「……先生?」

 通りの先を歩いていたのは、間違い無く。

 今日、勇輝の頭を『縦』で殴った。

 担任の教師であった。

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