第8話

 春山(はるやま)中学校。

 それほど偏差値が高い訳でも無いし、スポーツやら音楽やら、その他芸術の面においても、優れた実績などは何もあげていない、都心の片隅にある、何の取り柄も無い平凡な中学。

 この学校を現すのに、それに相応しい言葉はまず無いだろう。

 そんなこの学校にも、有名な生徒というものは、やはり存在する。

 一人は、空手部主将であり、全国大会にも何度も出場経験のある男子生徒、高坂伸也(こうさかしんや)。

 そしてもう一人。

 その伸也の『親友』である男子生徒、相良勇輝(さがらゆうき)。

 二人が有名なのは、無論、伸也の場合は空手の実力もその一つではあったけれど……

 もう一つ、別な理由がある。

 それは……


 始業の鐘が、校内に鳴り響いていた。

 その甲高い音が響く中を、二人の男子生徒、相良勇輝と高坂伸也の二人は、バタバタと全速力で走っていた。

「君のせいで遅刻じゃないかー!!」

 勇輝は走りながら、激しくがなり立てた。

「何言ってる!? もともとお前がきちんと本当の事を言わないからじゃないか!?」

 伸也も負けじと怒鳴り返す。

「本当の事も何も……サ サイトなんて……」

 勇輝が真っ赤になって言い返す。


 『サイト』。

 伸也が言っていた言葉の意味を、勇輝がようやく理解したのは、あの後しばらくしてからだ、伸也は要するに、勇輝がゲームをしていて寝坊した、というのは嘘だ、と見抜いていたらしい、その代わりに、あまり未成年が見るのに相応しく無いサイトにアクセスしていたのだ、と思った、という訳だ。

 その事に気づいた勇輝は怒って伸也に詰めより、二人はその場で大声で言い争いを始め、もともと遅刻しかけていたのが、今や完全に遅刻となってしまった、という事だ。

 無論、その間も二人はお互いに『相手が悪い』という主張を曲げることは無く、結局校内でもまだ、言い争いながら走っていた。


 やがて二人が在籍する、三年A組の教室が見えて来る。

 ここまで来れば、二人共もう言い争いは止めていた、代わりにお互い、相手より自分が教室に先に入るのだ、と、無言で全速力で走っている。

 そして。

「おらぁっ!!」

 叫びと共に、伸也が教室の引き戸に手をかけ、がらり、と扉を開けた。

 だが……

 勇輝は何も言わないで、伸也の脇を通り抜けて教室に飛び込む。

「あっ!!」

 伸也が声をあげる。

 勇輝は伸也の方を振り返り、にやり、と笑う。

「こういうのはねー」

 勇輝は、自分の頭をすっ、と指差す。

「『ここ』を使った者が勝つのさ」

 勇輝がそう言って、自分の席に走ろうとした時だった。

「確かに……」

 声がする。

 男の声だ。

「っ」

 勇輝は、びくっ、と肩を震わせた。

 そのままぴたり、と足を止める。

 そして……

 ゆっくりと、勇輝は顔を上げた。

 そこに、一人の男が立っていた。

「伸也が引き戸を開けた横を通り抜けて教室に入るとは、汚いけど見事な『作戦』だ、だけどな……」

 男が言う。

 そして。

「教室に先に入れば、その分……」

 男が、ゆっくりと……

 ゆっくりと、手にした黒い革のファイルを振り上げる。

 それは、出席簿だった。

「自分が先にお仕置きされるのだ、という事を考えていないとは、お前の『ここ』も……」

 言いながら男が、自分の頭を指で指し示す。

「まだまだだな、相良」

 そして。

 ぶんっ、と。

 勇輝の頭に、出席簿が振り下ろされる。


 ばしっ!!


 小気味よい音が、教室の中に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る