第4話

 扉を開けた途端。

 ぐらり、と。何かが。

 否。

 誰かが、倒れ込んで来る。

「う うわっ!!」

 組長の男は、大声を上げて後ずさる。

 どう、と音がして、倒れ込んで来たのは……

 組の、若い構成員。

 どろり、と……赤黒い液体が、床の上に広がる。

 倒れた相手が、どんな表情をしていたのか……苦痛に顔を歪ませていたのか、恐怖に目を見開いていたのか……

 だが、それは解らない。確かめる事も出来ない。

 何故なら……

 その男には……

 首から上が……

 無かったからだ。


「ひっ!?」


 組長の男は、喉から絞り出すような声を上げ、その場にぺたん、と尻餅をついた。極道の世界に入って、もう数十年が経つ、若い時には、何度も……

 何度も、修羅場をくぐってきた。だけど……

 だけど……

「……あ……う……」

 だけど……

 その時感じた恐怖。

 その時感じた絶望。

 それらが……

 何もかも……

 何もかも、遊戯の様にすら感じられる恐怖。

 そして……

 絶望が、目の前に広がっていた。


「こんばんは」

「っ!?」

 声が、響いた。

 年若い。

 まだ……

 まだ、あどけなさすら感じる。

 少年の、声が。

「……」

 組長の男は……

 ゆっくり……

 ゆっくりと……

 恐る恐る、顔を上げた。


 立っていたのは、一人の少年。先ほど窓から見た、小柄な少年だ。

 十代の半ば、という程度の年齢だろう。高校生になったばかり、という程度の、まだ……

 まだ、あどけなさすら残る少年。だけど……

 だけど。

 その手には、少年の背丈ほどはあろうかという、大きな日本刀が握られ。

 そして。

 その先端からは、まだ……

 まだ、乾ききっていない誰かの血が、ぽたり、ぽたりと滴り落ちていた。

「……お お前、は……」

 組長の男が、呻く様に言う。

 その視線が、倒れている若い組員に向けられる。首の無い、かつての部下の遺体、首は何処に行ってしまったのか、近くには見当たらないし、探そうという気にもならない。

 この少年は……

 この少年は、一体……

 解らない。

 組長の男は、ぎりり、と歯ぎしりする。解らない。自分は……

 何も、解らない。

 ただ一つ。

 ただ一つだけ、解っている事がある。

 それは……

 それは……

「っ」

 組長は、ばっ、と顔を上げ、ポケットにねじ込んだ拳銃を取り出し、少年に向ける。

 そのまま、躊躇う事無く撃鉄を起こす。

 そう。

 彼が何者で、何故自分達の命を狙うのか。それは解らない。だけど……

 確実に、解っている事。それは……

 こいつを……

 この少年を殺さない限り。自分も……

 自分も、今すぐ側で倒れている者の様になる。という事だ。

 そのまま組長の男は、引き金を引こうとした。だけど。

 ぶんっ、と音がする。

 長い棒の様なものが、空を切る音。

 そして……

 銀色の光が、組長の男の眼前で煌めいた。

 だが、今はそんな事はどうでも良い。この少年に向けて銃を……

 銃を、撃たないと。組長の男は、引き金を引こうとした。

 しかし。

「……え?」

 口から、間の抜けた声が出た。

 銃の引き金が引けない。

 否。

 そればかりか……

 確かに、さっきまで右手の中にあったはずの銃の感触が、全く……

 全く、消えてしまっている。

 一体……

 一体、何処に……? まさか、この少年が手にした刀で、自分の右手から銃を弾いたのか?

 組長の男は、そう思った。

 そう、思っていた。

 そう、思っていたのだ。

 だけど……

 くるくる。

 くるくる、と。

 視界の端を、何か……

 何か、白い物が弧を描きながら飛んで行く。

「……」

 組長の男は、そちらに目をやり……

 そして……

 それを、見た。

 はっきりと、見た。


 それは……

 黒光りする拳銃を、しっかりと握りしめ、引き金に指をかけ、今にも引こうとしているままの形の……

 人間の、手首だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る