第3話

 その夜。

 この街にある暴力団の事務所は、騒然となった。

 もう夜遅い時間になってから、事務所の出入り口付近で、何か揉め事が起き、その次の瞬間。

 見張りに立てていた、若い組員が殺されたのだ。しかも……

 しかも、殺したのは……

 どう見ても、まだ……

 まだ、中学生か、高校生になったばかり、という年齢の……

 年若い、少年であった。


「ぎゃあああ……!!」

 遠くの方から、またしても組員の一人の悲鳴が聞こえてくる。もうこれで何人目なのか、今殺されたのが一体……

 一体、誰なのか。

 既に、組長の男は、考える事を放棄していた。

 今……

 今、自分が最優先で考えるべき事は、ただ一つ。

 即ち。

 ここにいれば、自分は確実に殺される、という事。

 あの少年が、一体何者なのかは知らない、だけど……

 だけど、あの少年は……

 間違い無く、『本物』だ。

 この世界に入って、既に数十年が経過した。

 その間に、色々な修羅場をくぐってきた、敵対するやくざとの抗争、若い頃には鉄砲玉になった事もある、そのたびに……

 そのたびに、何度も死ぬような目を見て来た。

 だからこそ、解る。

 あの少年。窓から、自分の組員の若い奴らを殺す瞬間を見ていたけれど……

 あの少年は、紛れも無く……

 『本物』だ。

「……」

 逃げないと。

 早く、逃げないと。

 ここにいれば……

 確実に……

 確実に、自分は殺される。

 だけど……

「……」

 組長の男は、正面を見る。出入り口はたったの一カ所、正面にある扉だけだ。廊下に出れば、すぐ近くに非常口があるから、そこから逃げられる。だけど……

 部屋を出て、非常口に到着するまでの、僅かな間で……

 もし……狙われたら?

「……」

 組長の男は、ごくり、と唾を飲み込んだ。

 その可能性は、全く無い、とは言い切れない。むしろ奴は、自分がそうして出て来るのを待っているのかも知れない。組員達を殺しているのも……

 悲鳴を、聞かせているのも。

 自分が、耐えきれなくなって出て来るのを……

 じっ、と。

 待っている。

「……」

 そんな……

 そんなバカな。

 そんな事の為に、自分が集めた組員達が……

 殺されている、というのか?

 解らない。

 組長の男には、何も……

 何も、解らないのだ。

 ただ一つ。

 解っている事は……

 ここにいれば、自分は確実に殺される。

 その『事実』のみ。

 組長は、またしても……

 またしても、ごくり、と唾を飲み込んだ。


 どれくらいの間、部屋の机に座り、じっとしていたのか……

 さっきまで、五月蠅く聞こえていた悲鳴は、いつの間にか……

 いつの間にか、聞こえなくなっていた。

「……」

 男は、部屋をゆっくりと見回す。中には誰もいない、全員に、あの少年を……この事務所を襲って来た『襲撃者』を捕らえるか、殺せ、と命じ、外に出したからだ。

 そして……

 事務所全体に、静寂が訪れていた。それが意味するところは……

 もう、二つしか無い。

 一つ目は無論、『襲撃者』が、部下達によって殺害された、という可能性。

 だが……

 それならば、部下の一人が報告を持って来てもおかしくないハズだ。それなのに……

 それなのに、誰一人として自分の所に報告に来る様子が無い。つまり……

 つまり、それは……

 組長の頭に……二つ目の可能性が浮かぶ。

 つまり……

 もう一つの可能性。

 それは……

 既に、この事務所の中にいる者は……

 自分以外……

 全員が……

「……っ」

 組長の男は、息を呑む。そんな……

 そんな、バカな……

 がたっ、と。椅子を鳴らして組長は立ち上がる。

 逃げよう。

 もう、外がどうなっているのか、部下がどうなっているのかなどどうだって良い。

 ここから逃げるのだ。そうしないと……

 そうしないと、確実に……

 確実に、自分に待っているものは……

 『死』だけだ。

 組長の男は、そのまま机の引き出しに手をかける。

 がらり、と開けた机の引き出しの板、その真ん中に手をかけ、ゆっくりと音をたてないように外す。二重底だ。

 その中に、新聞紙にくるまれた拳銃が収められている。あまり強力な武器は、警察の監視が厳しいせいでおいそれと事務所には置いておけない、だからこの程度しか無いのだけれど、男はそれを、初めて憎たらしく思った。

 そのまま銃を包んでいる新聞紙を乱暴に剝がすと、男は銃をズボンのポケットにねじ込んでバタバタと走り出す。

 そして。

 部屋の出入り口の扉に手をかけ……

 がちゃ、と、乱暴に開ける。

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