第13話 六月二十五日
目が覚めた。夢は見なかったようだ。
昨日僕はどれくらいで寝付けたのか全く覚えていない。
心が重い。
体も重い。
それでも時間は進み日常は躍る。以前と違って時間の感じ方が異なっていて何となく落ち着かず、一秒も長く感じた。どうしようもなく学校には行きたくない。
僕は人に弱っているところを見せるのが苦手だ。それは昨日の僕でもそうで。今日の僕もそうだった。
こうなった時の対処法が分からないまま、僕は制服を着て家を出た。家族には心配をかけたくなかったけれど、会話をしようにも胸が痛くなった。だから、僕は今日からしばらくの間、遅れてきた反抗期になろうと思う。その証拠として、リビングにいた母親からの「寝坊したのね?朝ご飯、おにぎりにまとめて台所に置いておいたから歩きながら食べて行きなさい」と言う問いかけに、昨日の僕なら「え、また目玉焼きをおにぎりに埋め込んだの?」と小気味よく返しただろうけれど、今日は「ん」と一音で返すだけにとどまった。もし僕が親の立場なら突然素っ気無くなった子供は前日に何かあったのかもしれとは思ってもそこまで気にはならず、そういう時期なのだろうと思うことはできても、体調ではなく精神的な理由で学び舎に行かないというのは実に悩みの種となると思う。だから、学校に行くフリをすることにした。これでも僕は高校生なわけで、今更一日登校しなかったぐらいで両親に電話はいかない。
電車を何分か乗り学校の最寄りでも何でもない駅で降りる。
二駅分しかない僕の定期範囲を超えてしまったため、PASMOにチャージをした。
ずる休みをするにはどうすればいいのだろう。
何となく円谷に「今日は体調悪いから学校休むわ」と何の飾り気のないメッセージを送っておく。以前よりも嘘をつくことに罪悪感を抱くように思う。
改めて降りた駅周辺を見渡すと何となく見覚えがある気がした。
いつ来たのだろうか。何が目的だったのだろうか。
肝心のその部分はまったく思い出せなかった。
覚えている建物に沿って散歩でもしていれば思い出せるだろう。そう思って朝から少しさびれた商店街に足を向けた。少しさびれたとはいえまだまだ営業している店が多くそのいくつかは僕の興味を引いた。ただ他のことについて考えていることだけが心に刹那の平穏をもたらした。
ただ足を前に進めることに集中し、見覚えのなくなった道を歩く。すると大きな十字路に差し掛かった。自分の二時の方向に一面ガラスの建物が見えた。中を見ると会社のように受付に女性が三人座っていて来客者を次々に案内していた。表においてある看板でそこが美術館であることを語っていた。遠目で見ていた僕の顔がガラスに映って見えた。それはテレビで見た最新の人型ロボットのように人のようで怖かった。
不気味の谷というやつだろう。
確かに今の僕は人間に近づこうという点においてほとんどロボットと大差ない。
ガラスの方の僕は笑っている。今僕自身は、心は、笑っているのだろうか。
美術館を過ぎた後に目についたのは、病院だった。
あの日、姉と共に来た病院。
そこで僕は人間のように閃いた。
あの先生は自分のことを精神科医であると言っていた。
人生二回目の入院は一度目よりなぜか緊張していた。
それもそのはず。
一度目でさえ付き添いであったのでどのように行動することが正解かわからないのである。
頭上に架かっている看板にはwcマークとともに「総合受付」の文字を発見した。
矢印に導かれた先に受付カウンターがあったので相談してみる。
「すみません、診察を受けたいんですけど」
(精神科の先生と話すことが診察かどうかはわからないけど)
「はい、ご予約はしていますでしょうか。保険証の提示もお願いします」
誤算だ。僕は元々ここを目指してきたわけではないので予約も保険証も持ち合わせていない。
僕は返答に困り、受付の方をも困らせてしまった。
そんな時後ろから
「すみません、こいつ、僕の弟で忘れた弁当を持ってきてくれたみたいで。ハハッ。恥ずかしい限りです」と、先日の精神科医が助船をだしてくれた。これこそ渡りに船ってやつだろう。
そしてそのまま自然な流れで僕をこの前の診察室に案内空いてくれるのだった。
「先生最近大分雰囲気変わったわよね」
「そうね、前のもっさりマッシュルームカットで薄幸そうで清潔感を微塵も感じない目隠れ男子より今のほうが何倍もましよね」
「本当よ。ちょっとタイプなのよねー。アプローチかけちゃおうかしら、うふふ」
「まあ、それは応援するけど少し気がかりなのはどうしてまた急にあんな変身を遂げたのかよね」
「えっ!!男も女も急に外見を気にしだす原因はあれしかないじゃない~」
「「恋愛!」」
「はー、そうなると脈無しかー。早くしないと私売れ残っちゃうわ~」
「まあまあ、先輩、今日は付き合いますから」
「あら楽しそうね、私も混ぜてくれるかしら」
「「看護師長、、、、」」
「まあ、どちらでもいいけど、今は仕事に集中してください」
「「はい、すみませんでした」」
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