第6話
いつものように電車で登校する。今日は運のいいことに車両で赤井に会った。「よっ」と言いながら、肩をたたくと「おお、佐倉、おはよう」と気づいてもらえた。
「今日の1限、体育なのきつくね、いっつも木曜テンション上がんないんだよな~。体育は好きだけど、朝が嫌いだな。それに、早く行って着替えなきゃいけないし」
「いやいや、佐倉、それなら着て来ればいいんだよ」
そういいながら、シャツから微かに透ける体操着を見せてくる。
「お前・・・・・・天才か?」
「だろ?」
そういい合って笑った。
改札を出て、赤井のツレと3人並んで歩く。
何故かそのツレ君は話に入ってこなかったが、一言
「着替えるなら、もう走らないと、間に、合わないと思うよ・・・・・・」
「マジか!?よし、赤井、遅かったほう、飲み物一本奢りな」
そういいながら、スタートダッシュを決める。
「お、おい、ズルいぞ」
そういいながらも、赤井は遅れて駆け出す。そういう奴だ、だからこの世界は、この高校生活は面白い。
昼休みになると僕はいつも通り、同学年の生徒が見た夢を聞いて回った。今日は自分の教室ではなく出張夢蒐集で別クラスの沖矢の元だ。ちょうど話を聞き始めたところで、「ねえ、ちょ、ちょっと、そこ、私の席なんだけど何話してんの?」と怪訝そうでぶっきらぼうに言う女性の声が聞えた。生憎顔を見ても名前は分からない。
「あ、ごめん乃蒼。ちょうど佐倉に話を聞いてもらってたところだったんだ」と沖矢が言う。
姓か名かは不明なものの目の前の女性はノアと言う名前らしい。「ごめんごめん、名前も知らない奴が自分の席を占領してたら嫌だよな」と謝罪しながら、席を立とうとした所、
「いや、あんた佐倉でしょ、佐倉寄」
「あっ、知ってくれてるんだ・・・・・・。ぼ、僕は名前を知られるような目立ったやつではないはずなんだけど」
純粋な驚きと少々の嬉しさがあった。
「それに別にどけって言いたいんじゃないわよ」
「え、じゃあどうして話しかけてくれたの?」
「それは・・・・・・、は、話をしたかったのよ」少し頬を赤く染めながら足を交差させくねくねと体を揺らししながら言った姿で、彼女の目的が分かった。
沖矢だ。
僕が夢の話を聞いていたばっかりに沖矢にアプローチしたい彼女の邪魔をしてしまっていたようだった。
「じゃあなおさら僕はこの辺で」
「いやあんたが帰ったら意味ないじゃない」
「それなら俺が邪魔ものだよな」
「いやあんたもここに居なさい」
彼女は沖矢と二人で喋るにはまだ免疫がないようで、結局僕らが話していた席の誰もいない席から椅子を持って来て一つの机に男二人に女一人という何とも異様な光景が繰り広げられた。
沈黙が始まるのを悟った僕は無理やり
「ノアさんって苗字?それとも名前?」
「は?名前に決まってんじゃん。それ以外なくない?」
「あっ、そうなんだ。野阿っていう苗字を見たことがあったからてっきりそうかと思っちゃった」
「そうなんだ、ふーん」
「う、うん。・・・・・・。」
話が途切れてしまった。これはまずい。聞き上手の夢喰いバクとは僕のことだが今回ばかりは分が悪い。
いつも女性と話していると僕は極端に性能を低下させてしまう。
それは沖矢も同じなのか一言も発しない。いやお前はちゃんと喋ってやれよ、チャンスじゃないか。
「てか、苗字のノアってどんな字書くの?」
とノアさんが聞いた。
「の、野原の野に、安倍晴明は違ってー、網走でもなくて~、えーとどれだっけ、あっ!阿修羅の阿だよ」
だいぶ遠回りしてしまった。しかし、
「いや、それなら阿部寛の阿でよかったじゃん、ウケる」と冗談だと解釈したらしかった。面白い面白くないの原理全くは不明なままだった。
それにしても沖矢は未だ沈黙を貫いている。今すぐにでも会話に参加して僕をこの空間から救出してほしい。お前、なんか正義の味方か悪のカリスマかわからない名前してるくせに。
「あ、そういや私今日夢見たんだよね」
願ってもない話題が目の前に転がってきた。外れかけだったグローブで何とか捕球する。
「本当に?それは興味あるな!」
いつもより興奮気味で変なイントネーションと変なテンションで返事をしてしまったことが僕の羞恥心を掻き立てた。
その反応によってか彼女の小悪魔心をくすぐってしまったらしく
「えーでも、どうしよっかなー。夢の話なんて日常会話では避けたほうがいいしなー」と間延びしたようで白々しく芝居がかったようにいうノアさんに振り回されている。
「そんなことを言わないで聞かせてよ、なあ、沖矢も聞きたいよな?」
頼む、ここは相槌だけでも。
「まあそうだな、聞きたい」
そう、動揺を微塵も感じさせないクールボイスで言う。
いやちゃんと喋れるんかい。
「仕方ない、そこまで言うなら言いましょう」
会話は完全にノアさんペースで続いていく。
「私今日は走ってたの。駅伝だったんだけど誰とも変わらないまま走り続けてて、浮遊したゆるキャラみたいな小さい悪魔みたいなやつがひっついて応援してくれてた」
「それで?」
「それだけよ。それで目が覚めた」
「はあ、なるほど」
もうほとんど手詰まりである。僕に残された手札はなかった。会話のラリーは切断されたようなもので諦めて天を仰いだ。天はてんでも天井だが。そこには経年数相応のシミが数多あった。
「キーンコーンカーンコーン」
午後の始業のチャイムだ。
クロノスは僕の味方らしい。
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