第5話

僕は反抗期を逃してしまった。今ならまだ間に合うかもしれないけれど、意図的に反抗期になるのは難しいし、不自然だ。別に反抗したいわけではないのだが、反抗期という状態を経験してみたくなかったと言えば嘘になる。小学生のころに見て憧れたドラマの主人公たちはみんなこぞって親に反抗し、大人に縛られないように必死だった。時代の流れもあっただろうが、今考えると何の型にもはめられたくないと非行に走っていた彼らは、彼らと言う型を作り出してしまい自己矛盾を生じていたように思える。そう気が付いた時には憧憬は雲散霧消していた。家族の誕生日があれば友達の遊びの誘いはテキトーに理由をつけて断ることもやぶさかではない。土日に買い物に行くと言えば予定もなければ必ず一緒に向かう。言葉にして強制されたわけでも、そういう教育をされたわけでもない。暗黙の了解と言うと少し違和感があって、習性に近い。だから僕は臆することなく「自分の家族が好きだ」と言える。家長である父親は四十七歳のサラリーマンで寡黙ゆえ仕事の話などを語ることはないが、特別なことがなくとも男二人で夕食に連れ出してくれたり、僕の意志を尊重してくれる。通学定期の件は間違いなく父の功績が大きい。

家族の柱である母親はたまに抜けている時があるものの、外ずらにはかなり気を使っていて父兄の皆さんからの評価が高く、実年齢の四十歳にしては身内ながら若く見える。家の中では放任主義をメインに据えながらもなんだかんだ途中にくれるアドバイスで巧妙に僕や姉を操っていたことに最近気付き、母親の本来の実力を垣間見、その上導く方向を全く間違えないことは感服の一言に尽きる。

そして姉。社会人になるまでは何と言うか危なっかしいおてんば娘のような激情で劇上に出てくるタイプの女でありながら、学業はそつなくこなす絶妙なアンバランスさがあった。そこから一転、これまでが演技だったかのように劇的に変身を遂げバリバリのキャリアウーマンを絵に描いた出来になった。不安定さは寿退社をした後、僕を夫昇吾さんとの新居(一軒家でかなり広い二階建てのLDK。なんでも昇吾さんは三十後半でありながら警備会社の若社長と言うやり手らしく、キャッシュ一括で購入したらしい)に呼ぶようになってからまた垣間見えるようになったものの、僕や他の家族の前以外では誰に似たのか、いまだ社会人時代の完璧な姿を維持しているようだった。

家族の年齢を覚えているというと友人から驚かれる。両親の年齢は覚えて置けと論語にも書いたあった。遠い日に受けた授業ではその理由を長寿を喜び、老いに気遣うためだと言っていた。こういった雑学を仕入れる糸口としては案外学校教育も悪くないかもしれない。

 そんな家族が先日(姉が引っ越して以降初めて)一同に会したのであった。

「まひるが話があるって言った割には一番遅いなんてあの子も困った子ね」

「誰に似たんだろうな」

「間違いなく母さんでしょ、外ずらだけはいいところまでそっくりだよ」

「にしてもこんなにちゃんとしたレストランまで予約しておく所までは完璧なのにねー。子育て失敗したかしら」

「そんなことより話のほうが俺は気になるけど。こんな場を設けてまで言わなきゃいけないことなんてある?父さんもそう思うだろ」

「うむ、まあ」

そんな会話を交わしながら姉を待った。予約されていたコース料理の前菜が運ばれ始めた時、やっと主役が登場した。

そして、広いレストランの端からでもわかるほど大きなお腹が見えた。

話す前から内容を見せつけながら入ってきた姉を見て驚きのあまり声も出なかった。父と母は一瞬かなり驚いた表情を見せたもののすぐに納得したように切り替えていた。大人だ。

「ママ、パパ、寄久しぶり。元気にしてた?突然ですがクイズ!私は今日何を伝えに来たでしょう!」

頭隠して尻隠さずということわざを使用例としてがこれ以上ないくらい答えを前面に押し出しながら出された問題に苦笑した。

諦めて答える。

「に、妊娠したこと」

「正解!」

若干食い気味に言った正解がわざとであることを暗に伝えてくる。姉は次の職ではエンターテイナーになるのがいいと思う。

「ま、そういうことなので今日はお祝いして❤」とお祝いされる側がかわい子ぶったような甘ったるい声で不思議と語尾にハートのマークがついているように思える雰囲気で言った。

「おめでとう」と渋い声で言う父親。この父親は堅物の顔をしているものの娘に(もしかしたら世間的にみると僕にも)甘いのである。

母親は「えー、私もうおばあちゃんになっちゃうのー?ちょっとショックー」とおどけて見せた。僕はと言うと「は?は?いや、聞いてないし?え、てかもうだいぶお腹おっきくない?この間も家行った時お腹そんなに出てなかったじゃん。は?」と取り乱した上になぜか動転していた。

「なに~、愛しのお姉ちゃんが夫の次は子供に取られそうで怒っちゃったの~?可愛いね~」と猫なで声で煽ってくる実の姉が滅茶苦茶うざったらしかった。

 その後みんな落ち着いてテーブルを囲み、イタリアンのフルコースを頂いた。僕は好き嫌いもあまりしないが、舌が肥えていないからか一定の(しかもかなり低い)ラインを超えると総じておいしいものと感じてしまうのでおいしさの度合いを名状することができない。とにかくおいしかった。この時点で僕のグルメリポーターと昼の帯番組をやる芸人の道は閉ざされた。デザートが出てきて食べている時母が、

「あんたたち兄弟ってだいぶ仲がいいわよね。外に向けてはしっかりしてるけど、家ではもはやまだまだ子供みたいな姉と思春期の高校生男子じゃ世間ではまだ喧嘩したりするでしょうに」と言った。

「そうなのかな。理由とかはわかんないけど仲は悪くないかな」

「えー、仲良しじゃん、まひるたち」

「こういう怠い絡みは嫌いだけどね」

「えー、寄冷たくなーい?まだ六月なんだから日が暮れてから寒くなるのはまだ早いよ」

「そういう話じゃないんですけどね」

「ふふふ。やっぱりあなたたち、仲いいんじゃない」

自覚はないけれど、悪い気はしない。でも、僕はこれ以上の高みを知っている。

「でもどうせなら父さんと叔父さんみたいに大人になっても最新のゲームとかで遊ぶくらいになりたいな」

そうして見た父の顔は普段の全く崩れない冷静さのあるものではなく、何故か少し汗をかいるようだった。本当は姉の妊娠にショックを受けていたのだろうか。少し反応が遅れ、一拍置いてから「すまない、少し父さんも動揺してるみたいでな。少しお手洗いに行ってくる」と席を立ってしまった。僕もいつか子供が生まれてその子が成長し子供を授かったことを報告に来ると考えると無理もないように思った。間違いなく想像よりも実際に体験したほうが何倍も何千倍も心に来るものがあるだろう。

そんなことを考えている隙に僕用のデザートは母と姉の胃袋に消え、お手洗いから帰ってきた父の「今日はここらへんでお開きにしよう」という言葉で楽しく驚きのディナーが終った。

この次の日、僕は姉の付き添いで病院に駆り出されたのであった。

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