2 復讐のガンマン

 銃声が響いた。

 掘っ建て小屋の壁をつき破り、男が跳びでてきた。泥田のようにぬかるみきった地面に転がる。右肩に穴があいていた。まだ新しい穴だった。血があふれでている。

 壁の穴から女と子どもが顔をだした。女は赤子をおぶっている。

 女が叫ぶ。「あんた!」

 子どもも叫ぶ。「父ちゃん!」

 小屋の戸が開く。赤い側章が走った洋袴ズボンに、黒ずんだ道中合羽、茶色く変色した三度笠──渡世人の小男が出てきた。合羽の右半分を肩の上に撥ねあげる。右手は、コルト・ネイヴィを握っている。

 小男は小屋の角をまがり、男のもとに向かった。男は肩をおさえ、苦悶のうなりをあげて丸くなっていた。身体のほとんどが泥にまみれている。目を閉じたまま、天をあおいだ。

 小男がやって来る。あえぐ男を見下ろす。

「堪忍してくれ」男が呻いた。「俺はもう、足は洗ったんだ」

 小男は何もいわなかった。無感動な目を向けている。

「嫁とガキがいる」男は続けた。「ガキに至っちゃ三人だ。次郎と三郎はまだ仕事もロクにできねえ。三郎に関しちゃまだ赤ん坊だ。たのむ、後生だ、堪忍してくれ」

 小男は首を振った。

「おめえの脛の傷は治ってもな、〈藤岡宿の亀蔵〉」銃口を向け、撃鉄を起こす。「俺の傷は治らねえのさ」

「報いなら受けた!」男が叫んだ。右手で瞼をつかむ。「見ろ! この目を」瞼を開ける。右の瞳が、真っ白に濁っていた。焦点はどこにも合っていない。「もうこっちは使い物になんねえ! じきに左もこうなる! だのに何故、なぜおめえは許そ──」

「うるせえ」

 小男は撃った。鉛玉は男の左目を抉った。身体が跳ね、すこしのあいだ痙攣し、藤岡宿の亀蔵は死んだ。

 小屋の角のほうから、少年のわめき声がした。

「よくも父ちゃんを!」

 十四、五ほどの少年だった。錆びきった長脇差を振りかざし、小男に突っこんでくる。顔じゅうに怒りのしわを刻んでいる。目は赤かった。

 小男は身を翻し、少年を撃った。少年の眉間に穴があく。後頭部が爆ぜ、血や脳髄が飛びでる。断末魔もなく、父親の後を追った。

 女が名状しがたい叫び声をあげた。子どもは息を呑んで黙っていた。赤子は驚いて泣きだした。

 小男は拳銃をおさめると、その場をあとにした。

 雪が降ってきた。

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