人は本来強い生き物 という話

とある研究者に高見順を専門としている方がいるのですが、その方の言葉を少し引用したいと思います。


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 現代日本では、文学は「弱者のもの」と言うような言説に出会うことが少なくない。弱者に寄り添うように、あるいは自分自身が弱者であるからこそ、その弱さの苦悩をひっそりと訴えるように。しかし私は文学は強者のものであると思う。文学は強者のものでなければならない。自ずからの強さということだ。


(中略)


 そう、現代、充足した人間を書くということは極めて難しい。我々はどうやったら、己を満たすことができるかほとんど知らない。言葉をかえせば、満たされない人間を書くのは楽だと言うことだ。充足を描くことを目指すより、安易だと言うことだ。現代作家としてこの自覚は持つべきであろう。


(中略)


「通俗小説が多数の読者を狙って書くとは、読者が常日頃抱いている現実の小説的要約を狙うという事だ。だから成功した通俗小説に於いてはそこに描かれた偶然性とか感傷性とかいうものには、必ず読者の常識に対して無礼をはたらかない程度の手加減が加えられている。」(小林秀雄)


 簡潔な大衆小説の説明であるが、弱さの「共感」とはこのような事態と不可分である。大衆小説とは何か? すでに読者が知っていることを書くことである。社会問題も現代的課題も、すでに様々なジャーナリズムであらわされたことを書く。よく知る「苦悩」・よく知る「弱さ」。それをくりかえす。

 だから人は大衆小説を安心して楽しむことができる。劇的でも、自分のよく知ることがくりかえされるので安楽なのだ。そこにあらわされた苦悩も、実は読む前から知っていたし、泣いても笑っても、読んだあとで特に考えが変わりはしない。webでも見た。車内吊りでも見た。そして自分の存在も要約する。


(中略)


 小林秀雄は「私小説論」で「社会化された私」ということを言う。一人歩きした感のある言葉だが、小林が言いたいのは、文学をやろうというなら、社会の正体ぐらい見抜いてみせろ、ということだ。文学者なら社会くらいすべて理解し切って見せろ、盲目的に社会の中で震える存在であるな、ということだ。

 社会の正体を見抜いて、社会の中を戦って生き抜いて、その上で社会に絶対に譲り渡せないものがあると気がつくのが、文学の「私」だということだ。かくも我々を拘束する社会というものの全貌を見きわめるところまできても、社会に征服されない「私」がある、そういう感動が文学だということだ。


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自分が知っているエピソードで、「瀕死の床につく人の横で延々その人の著作の批判をする」というのがあるのですが、非常にですよね。もともと親友同士で批評し合う仲だと言ってもここまでできるのはそうそういません。


暇つぶしであるとか承認欲求のために書いたり読んだりしている人にはそんなこととてもできないと思います。「なんで楽しんで書いてる/読んでるものにそんなこと言わ(れ)なくちゃならないんだ」と反感を買うのがオチです。書いている方も読んでいる方も「いま自分が行なっていること」に全身全霊をかけていないと、どうしても相手に遠慮してしまいます。これは現代とは価値観がまるきり違う、大正デモクラシーを経た当時の自立する自由な風が生んだ強さなのかなと思います。(その風もやがて戦争へと突き進む熱狂の嵐に掻き消されてしまいましたが)


人はみんな自分の人生を生きたいと強く願う生き物で、だからこそ様々な夢や理想を掲げて粉骨砕身するのですが、昨今の情勢を見ていると、他者の人生の物語に市井の人々がただの配役として存在するような気がしてなりません。それは他人の人生の物語に振り回されているということだと思います。


例えばロシアではプーチン氏の一声で動員令(徴兵)がされているようですが、ニュースを見ると動員令から逃れようと既に20万人以上ものロシア国民が家などを捨てて脱出しているそうです。そんなの彼が戦争を起こさなければ現実的にはほぼ有り得なかった人だっているでしょう。ロシア国民もウクライナ国民も、「プーチン物語」に振り回されています。


また翻って日本では、安倍氏の生前からの数々の不正や疑惑に職を辞した人や自死した人などがいます。残念ながら日本ではそうした不正や疑惑が多すぎてもはや不正自体を直視できない(見て見ぬふりをする)人が圧倒的多数になってしまいました。そうなるまで積み重なってきたことに、改めて立ち向かおうと再起することのできる人は一部しかいません。


その人がいかにその人らしく生きるかについて、かつて死を恐れずに立ち向かった人が存在していたように、自分もそのような作品が書けるよう頑張りたいと思います。

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